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あの人を思う

商いの業は美しいものである――そう謳った男がいました。商業界草創期の指導者、岡田徹です。彼の思想は『岡田徹詩集』という一冊にまとめられ、今も多くの商業者に愛読されています。


その一篇に「今日の仕事は」があります。


あなたの今日の仕事は、
タッタ一人でよい
この店へ買いにきてよかったと
満足して下さるお客さまを
作ることです。
あなたの店があるおかげで
一人のお客さまが
人生は愉しいと
知って下さることです。


商人なら、誰でも売りたい。だか、店の都合でものは売れるものではありません。店の前を通り過ぎる人を恨めしく思い、たまに入ってきたお客様が何も買わずに出ていくと、「次こそは!」と肩に力が入ることはありませんか。売り込もうとすればするほど、お客様は慎重になり、買う気を失っていきます。そして、その店には二度と足を運ばないでしょう。


お客様が買わなければ商いは成り立ちません。だから、値引きをしてでも売上げを取りに行く商売が横行しています。そこには、自分の都合しかありません。


お客様は商人の都合でものを買いません。どうしても売りたいなら、自分の都合ばかりを押しつけるのではなく、お客様の側に立って考えてみることです。どんなお客様の、どんな場合の、どんなお役に立とうとしたいのか――こうしたお客様の都合に立ってこそ、自分の都合も生きるのです。


売るということは、お客と心を通わせることです。思いやりを根本に置いた人と人の付き合いです。人からすべてが始まるのです。


“あの人”の顔を心に浮かべ、その暮らしぶりを思い描き、“あの人”ために仕入れ、さりげなく店に置けば、“あの人”がやって来て、「そうそう、こういうのが欲しかったの!」と笑みをたたえて買っていく――。


見送るあなたも笑みになり、そっと心で「喜んでもらえてよかった」と思うことでしょう。「ああ、販売って素晴らしい」と。


販売とはそういうものです。あなたに“あの人”と思い浮かぶ人はいますか?

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