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トイは口ほどにものを言う

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トイシリーズ2作目、『トイは口ほどにものを言う』の置き場所になります。 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
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トイは口ほどにものを言う 1話(全10話)

トイは口ほどにものを言う 1話(全10話)

あらすじ

 トイという自分の分身のような小さく不思議な生き物のいる世界。喫茶店で働く美弥子は店長を密かに慕っている。冗談めかして誘っても、10以上も上のおっさんをからかうんじゃないと体よくあしらわれてしまうが諦められない。新しくやってきたバイトの子がお客さんとくっついた事で、羨ましく思う心が出てきて、美弥子はまた店長へ声をかけようか迷い出す。そんな折、店長がずっと一緒にいるトイをポケットや箱の中

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【連載小説】2話 トイは口ほどにものを言う

【連載小説】2話 トイは口ほどにものを言う

 美弥子は、ここ喫茶『ひといき』で働いて、もう5年目になる。
 大学3年の時にバイト募集の張り紙を見て、キャンパスからの近さや条件の良さで応募した。
 最初は全くひといきの事を知らなかったけれど、二週間もすればある程度慣れてくる。
 ご近所の常連さんが多い事。そこまで駅近という訳ではないのに、ランチの時間は程々に混みあう事。メニュー数も多くはないけど、ボリュームがあるのでそれ目当てに来てくれるお客

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【連載小説】3話 トイは口ほどにものを言う

【連載小説】3話 トイは口ほどにものを言う

 バイト一年目、始めたばかりの頃は美弥子にも彼氏がいた。その時の相手はもう顔も覚えていない。イマイチ趣味が合わなくて、二年目に入る前に別れたんだったか。
 そもそも美弥子のトイもあんまり彼のトイといて楽しそうにしてなかったし、解り切った結末というやつだろう。
 それ以来、ずっと恋人の座は空いたままだ。
 恋人が欲しいと思わない訳じゃなかった。いい人がいれば気になるものだし、あ、あのお客さんイケメン

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【連載小説】4話 トイは口ほどにものを言う

【連載小説】4話 トイは口ほどにものを言う

「いらっしゃいませ!」
 カランカラン、というお馴染みのドアベルの音がしてすぐに、彩矢の気持ちの良い挨拶がかけられる。
「お一人様ですか?カウンターでもよろしいでしょうか?」
「ああ。それでいいよ」
「ではこちらへどうぞ」
 奥のテーブルへランチのセットを運んでいた美弥子は、後方から聞こえる彩矢の声に耳をそばだてつつも目の前のお客への礼は欠かさない。これくらいは接客を生業としていれば慣れてくるもの

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【連載小説】5話 トイは口ほどにものを言う

【連載小説】5話 トイは口ほどにものを言う

 木曜のランチタイムを過ぎた後、昼休憩を終えた美弥子が店内へ戻ると、店長がバックヤードへ籠って作業しているらしく店にいなかった。ただいま、と彩矢に声をかけるとホッとしたように笑顔になり、美弥子はつられて微笑む。ついで何事もなさそうかな、とすぅっと店内を見まわしたタイミングで、ふと思い立って彩矢に質問してみた。
「ねぇ、最近店長がトイをしまっちゃうの何だと思う?」
「え?なんですか?それ」
「なにっ

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【連載小説】6話 トイは口ほどにものを言う

【連載小説】6話 トイは口ほどにものを言う

「……それで、可愛い店員さんを時間のかかる駅向こうまでお使いに行かせた理由はなぁに?」
 カラン、とドアベルが鳴り響いた後の店内、カウンターに座っている立花と悟に呼ばれた女性は、店にいる他の客には聞こえぬよう密やかに口を開いた。
 その口調は、お使いに出た美弥子がいた時とは大分違い、砕けている。
「あー……まぁ、大体わかってんでしょう。こいつの事ですよ」
 同じく声をひそめて苦笑を返す悟は手のひら

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【連載小説】7話 トイは口ほどにものを言う

【連載小説】7話 トイは口ほどにものを言う

7話

 何もなくとも時は無情に過ぎ去ってゆく。
 店長の知り合いらしき人たちが来店してから…正確には立花と呼ばれた女性が来店してから三日が経っていた。
 日曜日の今日は雨降りで、窓の外にはしとしとという雨音が聞こえてくるかのよう。店長も雨を意識してか、BGMに雨の曲を流していた。ピアノ曲のそれは優雅で雨の物悲しさをあまり感じさせない。蒸し暑い中さめざめと降る雨から逃げて、屋根の下で珈琲とともにの

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【連載小説】8話 トイは口ほどにものを言う

【連載小説】8話 トイは口ほどにものを言う

8話

 まだまだ暑い8月の後半、店の外ではジーワジーワとセミが鳴く声が聞こえるし、涼しい店の中にいても、暑いという言葉がつい口をついて出てしまう。
 今日のひといきの店内では、悟のトイがいつものカウンターの隅の定位置に座っていた。
 大人しく、以前と同じようにお客様をニコニコと見渡す様は、いたって普通だ。美弥子がいたらこうはしていられなかっただろう。
 今日は美弥子はお休みだ。
 彩矢がひといき

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【連載小説】9話 トイは口ほどにものを言う

【連載小説】9話 トイは口ほどにものを言う

「店長、明日は休みでしたっけ?」
 美弥子は店内外に貼られた、火曜臨時休業という張り紙を見ながら悟に聞いた。
「んー?そうそう。配管工事が来るって前々から聞いてたから、折角なら明日と明後日で連休にしようと思ってさ」
「連休、ありがとうございます」
「いえいえ、ブラック企業から抜け出せてこっちもホッとしてます」
 あはは、と二人並んだカウンターの中で備品の片付けをしながら笑いあった。
 あと幾日かで

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【連載小説】完結 10話 トイは口ほどにものを言う

【連載小説】完結 10話 トイは口ほどにものを言う

 はっ、はぁ…っ、と普段あまり動かない体を叱咤して、悟は走っていた。暗い中、一人飛び出してしまった美弥子を探して。
 どこに行ったのだろう。駅とは反対の方向へ向かったのはわかったから、それを追いかけるようにして出てきたけれど、なかなか見つからない。
 それもそうだろう、悟が出るまでにはそれなりに時間がかかってしまっていた。
 美弥子がパニックになり出ていってしまう事になった一連の流れは、悟をも少な

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