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「後藤正文を巡るアーティスト相関図」を制作しながら学んだこと

Gotchこと後藤正文さんによるニューアルバム『Lives By The Sea』が、3月3日にLP/CDでリリースされました。

両方に封入される「後藤正文を巡るアーティスト相関図」を、わたくし小熊が制作させていただきました。監修は柳樂光隆さんでライナーノーツも執筆。デザインは川井田好應さん

おかげさまで好評らしくてよかったです。アルバムの内容が素晴らしいのは言うまでもありません。なにせ抜群に音がいい! 曲もいい!

Gotch:気持ちのいいシーンの流れを作りたいとは思っています。ともすれば自分たちのファンを獲得して終わりみたいな流れがあるじゃないですか。それって棒倒しみたいに誰が一番砂を取ったのかみたいな感じで、ヘルシーじゃないよなって。(中略)音楽を好きな人が増えないと、俺たちがやる場所がなくなってしまう。そういう思いで活動しているし、最後に実現した社会とかシーンを若い人たちにパスして去っていけたら最高。そんなイメージですね。
※Rolling Stone Japan掲載、「Gotchが語るシーンの越境から手に入れたもの、音楽を未来につなぐためのトライアル」より引用。柳樂光隆によるインタビュー(編集は小熊)

後藤さんはこの記事でも語られているように、よりよい未来を切り拓くためにトライ&エラーを重ね、そこから得た「学び」を積極的にシェアしてきた方です。そんな後藤さんのスタンスに倣い、いつか誰かの役に立つかもしれないので、今回の仕事で培ったアレコレをまとめておくことにしました。

携わるまでの経緯

アジカンを知ったのは2003年、めざましテレビでの特集がきっかけでした。当時17歳だった僕は、“君という名の花”を聴きながら「へー、かっこいいー」とか思ったものです。このことをなぜかよく覚えているのは、同曲の風変わりなミュージックビデオのせいでしょうか。ときどきカラオケで歌ったりもします。

それはさておき、昔の自分は典型的な「洋楽しか聴かない洋楽好き」で、編集/ライターの仕事でも最近までずっと洋楽をメインにしてきました。そんな僕が、日本のロックを牽引してきた後藤さんの作品に携わるのは(過去にトークショーでご一緒したり何度か取材に立ち会ったりしてきたとはいえ)不思議な感じがしますが、実は洋楽ファンの立場から、洋楽ファンとしての後藤さんにかねてからシンパシーを抱いていました。

特に2014年、〈NANO- MUGEN FES.〉を通じて、Tegan and Saraを日本に呼んでくださったことには今も大変感謝しています。「なんで来ないの! だったら自分で呼ぶ!」というスタンスには尊敬の念を禁じ得ません。“The Con”は名曲!

後藤はシーンを越境しながら人を繋げ、その光景をリスナーに届けてきた。そう考えると、邦楽と洋楽のリスナーを繋ぐNANO-MUGEN FES.を開催してきたのも、アジカンのツアーで若いミュージシャンと積極的に対バンしてきたのも、後進ミュージシャンを育成するために『APPLE VINEGAR - Music Award』を立ち上げたのも“場づくり”であり、それは本作(『Lives By The Sea』)にも通底する思想と地続きなものだろう。後藤がここで“ソウルメイト”たちと良い音を追求しているのも、すべては未来への視線という意味で繋がっている。
※『Lives By The Sea』柳樂光隆のライナーノーツより引用

柳樂さんを介して、相関図を作ってほしいとオファーをいただいたときも、後藤さんが国や世代、ジャンルを横断しながら「場づくり」してきたことを思えば大いに納得。かねてから後藤さんのアクションはもっと評価されるべきだと考えていたので、絶対にいいものを作ろうと決心しました。

それにリスナーを繋ぐこと、音楽シーンを耕すことは柳樂さんも『Jazz The New Chapter』を通じて実践してきたことだし、僕自身も(JTNCの編集を含めて)微力ながら挑んできたつもりです。そういう意味では、道は違えど志は同じ。今回のミッションも自分たちがやってきたことの延長線上にある。そんなふうに解釈することにしました。

ちなみに、柳樂・川井田・小熊のチームで相関図を作るのは、ロバート・グラスパー率いるR+R=NOWの相関図、UKジャズ・シーン相関図に続いて今回が3回目。後藤さんもそれらを見て、我々に声をかけてくださったそうです(本当にいろいろチェックしてますね!)。

過去の2つも大変な作業でしたが、Gotch相関図は比較にならないレベルで大変でした(笑)。校了間際まで細かい修正を繰り返すことになり、辛抱強く付き合って下さったスタッフの皆さんには頭が上がりません。この場を借りて、改めて感謝申し上げます。

相関図のつくりかた

念のため言っておくと、僕自身は相関図を作るエキスパートでもなんでもありません。作らざるをえなくなったので必死に調べ、冷や汗まみれに乗り切ってきただけ。いつだって綱渡りの人生です。

制作の話も少しさせてもらうと、これまで相関図のラフは、〈PeoplePlotr〉という海外のWebサービスで作ってきました。ただ悪くはないけど、テキストの入れ方、矢印の繋ぎ方などが不便だったのも正直なところ。しかもFlashで動いていたらしく、2021年に使うのは限界を感じていました。

↓〈PeoplePlotr〉で作ったUKジャズ・シーン相関図の初期ラフ。完成形と配置が全然違います。ここの調整作業が一番の肝。マジで難しい! 

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そこで今回は、もう少し自由度の高いツールを探すことに。いくつか試してみたところ〈Lucidchart〉に辿り着きました。

使い方は下記のリンク先を参照……なんて言いつつ、実際のところはマニュアルを読むことなくラフを完成させました。直感的に操作しやすいので、少し触ってみれば使い方が飲み込めるかと思います。今回は扱う情報量が多いので、有料のプロ版を導入しました。

※もっと便利なツールがあったら教えてください! 切実に!

↓〈Lucidchart〉の操作画面。こんな感じで作れるみたいです(この画像は下記リンク先より引用)

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あとは事前準備としてデータを調べ上げ、どう配置するべきか試行錯誤を重ね、矢印でつないでいき、テキストを用意して、さらに事実確認……。どこかで迷いが生じたら柳樂さんにLINEで相談しました(前例がないものを作っているので不安なのです。そのための監修ポジション)。

なんとかラフを仕上げたら、あとは川井田さんに素敵なデザインを施してもらって大枠は完成。こういった流れは本を作るプロセスとも似ている気がして、編集者としての経験が役立っていると思います。もちろんリスナーや音楽ライターとしての見識も。

↓制作途中のラフより一部抜粋。完成形とのギャップに驚くことでしょう。編集者にとってデザイナーさんは神のような存在です。

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↓川井田さんはベルリン滞在を経て、現在はnote株式会社のデザイナー。TAMTAMやJ・ラモッタ・すずめなど音楽関係のアートワークも手掛けています。ご自身も音楽好きなので話が早い! センスもチャーミング!

今回の相関図について補足すると、一番こだわったのは各アーティストの配置をどうするか。結果的に約60組ほど掲載することになりましたが、ただランダムに並べるのでは意味がないわけです。シーンを越境してきた後藤さんや、後藤さんを取り囲むアーティストの立ち位置がどうやったら見えやすくなるのかを意識して、色校が上がったあとも微調整を加えました。

それともう一つ。最初にデザインの方向性として、川井田さんから挙がった案は「回路図」です。サンプルとして送られてきた↓は、以前バズってたので僕も見覚えがありました。「こんな緻密になったら作るの大変そう!」と内心思いましたが(笑)、各々の繋がりを矢印でつないでいくうちに、なかなか近いレベルに到達した気がします。

制作から得られた「気づき」

相関図を作るのは手間がかかります。でも公式/非公式を問わず、もっと気軽に作られるようになったら楽しそうだと思います。ある意味、最高のファンアートとも言えるのではないでしょうか。なぜなら、見る人に(ひょっとしたらアーティスト本人も含めて)発見を与えられるから。それに作ってる自分自身にも学びがあるから。制作過程で「そうだったんだ!」「そういうことだったのか!」と気づくことが山ほどあるわけです。

ここで正直に申し上げると、後藤さんが2013年の時点で、PUNPEEさんにリミックスを依頼していたことは今回はじめて知りました。それでもっと調べてみるうちに、2010年の時点で「日本人の若いアーティストを呼びたいって考えるとヒップホップの人たちの名前が多く出てきちゃう」とか、「いまいちばん好きなのはS.L.A.C.K.ですね。彼がいるPSGももちろんおもしろい」とか話していたことも知っていくわけです。

アジカンの“新世紀のラブソング”で、後藤さんがラップ調の歌を披露したのが2009年のこと。『Lives By The Sea』におけるボーカル表現や、ラッパーが何人か参加していることも当時の延長線上にあるものだと思います。ヒップホップを長年リスペクトしてきた後藤さんは、自分の音楽に影響を取り入れるため、何年も前からインプットと試行錯誤を重ねてきた。そのことは上述のエピソードからも明らかです。

柳樂さんの表現を借りれば、すべては未来への視線という意味で繋がっている。Gotch名義でソロ活動を始める前から今日まで、後藤さんのアティテュードが一貫していることを、ひとつの発見から再認識させられたのでした。

Gotch:自分たちはロキノン系の最たるものだと思われているのかもしれないけど、その文脈だけで語られることに違和感があって、語ってもらえる場所がないなっていう気持ちもあった。だから鳴らす場所を自分たちで積極的に作っていかなきゃいけなかった。
「Gotchが語るシーンの越境から手に入れたもの、音楽を未来につなぐためのトライアル」より引用。

今回の『Lives By The Sea』で、後藤さんの興味はゴスペルやR&B、ジャズなどさらに広がっています。そして、盟友たちと音づくりの研究を重ね、様々なジャンルからゲストを迎えながら、ますます自由に音楽を作り上げている。J-ROCKのガラパゴス化が囁かれた時代に、メジャーの第一線で20年近く活躍しながら、ここまで越境的なセンスを備え、活発にコラボしてきたアーティストはそうそういない気がします。

相関図を作り進めることで、そのような「イメージ」が「事実」として可視化されたのはスリリングな体験でした。無数に入り組んだ矢印は、そのまま後藤さんの人柄や好奇心、もしくは今日の音楽シーンにおける豊かな連帯を表しており、それらの「繋がり」がもたらした収穫がこの一枚に詰まっている。アルバムに耳を傾けながらピープルツリーを目で追ってみれば、きっと新たな気づきが得られるはずです。

柳樂さんのライナーノーツもいいことたくさん書いてあります。実際にそのような感想も見かけましたが、これを読んだらアルバムの聴き方も変わってくると思います。そうやって視野が広がると、音楽を聴くのがもっと楽しくなるもので、CDを書いまくり、ライナーを読み漁ったあの頃を思い出す仕事でもありました。フィジカルっていいものだね。

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↓こちらのインタビューも併せてぜひ。

※相関図やライナーノーツのBGM(?)として、後藤さんが選曲したプレイリスト『Around The Lives By The Sea』が大変オススメです。

近況報告をするようにソロまわりの仲間たちに声をかけて、デモ音源から広げていったのが『Lives By The Sea』です。集まってくれた仲間たちの楽曲を集めて、『Around The Lives By The Sea』というプレイリストを作りました。音楽的な共通項や相違点が感じられて面白いと思います。アルバムの曲を挟むように配置したので、もう少し大きなアルバムとして楽しめるはずです。ぜひ、聴いてみてください。そこに新しい音楽との出会いがあったら、とてもうれしいです。
※「Around The Lives By The Sea #1」より引用

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