音楽とエッセイ「できっこないを やらなくちゃ」

打ち合わせを一件終えてバスで帰宅していた。
うだるような夏の暑さから一転、バスの冷えすぎている冷房が急激に体から熱を奪い去っていく。
先ほど赤坂にある書店ブックスキューブリックで購入した文芸誌のスピンを読むか、匿名ラジオを聞くか、僅かに迷いつつYouTubeを手癖で開く。
更新されたホームに並ぶサムネイルの中で、私の目は一点に留まった。
THE FIRST TAKEにてサンボマスターが登場し「できっこないを やらなくちゃ」を歌っているらしいサムネイルだった。
サンボマスターが大好きでたまらない期間が私にはあり、郷愁的な感情が足元から私を満たしていく。

それは16年前、私が10歳の頃の記憶だ。
『劇場版BLEACH The DiamondDust Rebellion もう一つの氷輪丸』というアニメーション映画が冬に公開され、母にねだって連れて行ってもらった。
私が好きだった日番谷冬獅郎に焦点を当てられた物語で、もちろん大満足の内容だったのだが、私は主題歌のサンボマスターが歌う「光のロック」という曲に心を完全に持っていかれてしまった。
それからというもの、母の折りたたみ式携帯で月額300円程度で曲が聴けるサービスを使わせてもらい、光のロックをダウンロードし、自分で歌詞を書き起こしながら何度も何度も繰り返して聴いた。
特に曲中にある「少年少女 青春爆走 君のことだけ考えさせておくれ」の部分の熱唱感が10歳の私の心に深く突き刺さっていた。

そういう記憶をなぞりながら、私はTHE FIRST TAKEのサムネイルをタップした。
初っ端からの熱。歌う前の口上で私の冷えた体温が内側から再度温められ始める。
聴き流すことができなくなる感覚。言葉が体に染み込んでくる感覚。私も「全員優勝」と心で口ずさむ。
一瞬の静寂ののち、タイトルである「できっこないを やらなくちゃ」をボーカルの山口が叫ぶ。
私の体はバスの振動に紛れるように音楽に合わせて揺れていく。
イントロから歌い出しにかけて、どれだけ時間が経っても変わらない、変わっていないというサンボマスターの良さが私の全身を駆け巡る。
そして、歌詞が意地でも私の心を明るくしていく。
心がじんじんとしていると、歌詞の隙間で「笑ってっか?」とボーカルの山口が叫んだ。
ダメだ、と思った瞬間私は顔を伏せた。涙が我慢できなくなってしまう。
あの日、10歳の私が聴いたサンボマスターは16年後の私のことも照らしてくれるのか。
先ほどまで冷えていた体はすでに火照り切っていた。
一度だけ、夏フェスでサンボマスターを聴いたことがある。
そのステージは猛暑の熱気より熱く、陽炎が揺らいでいた。
慣れたパフォーマンスではなく、サンボマスターの内から湧いてくるエネルギーが観客を熱狂させていた。
そして、私の魂も存分に揺らしてくれた。飛んだり跳ねたりできず、ただ立ち尽くし、彼らのエネルギーをひたすらに享受するしかできなかった。
きっと、私の大事な通過地点でサンボマスターは現れて、これでもかというほど私のことを応援してくれるのだ。

夜、実家へ用事があった。
その帰路で「できっこないを やらなくちゃ」を聴きながら歩いていた。
ふと空を見上げるとちょうど大きすぎる月が雲の隙間から顔を出し、夜の闇にいる私を照らしはじめる。
時刻は23時を過ぎていて、月明かりで照らされているのは私だけだった。
拳を握り込んで、「心を少しでも不安にさせちゃだめさ 灯りをともそう」とちいさく口ずさみながら、家へ帰った。

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