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関数男物語〜さまよえるやばいフォルダ01〜

9月1日−

 日中の暑さは、まだ続いているが、朝夕の気温はだいぶ下がった。数男は、これまでにないくらい晴々とした気持ちで始業式を迎えていた。夏休みの間に作成した「Excel出席簿」が正式に運用開始されることになった。

 関数を使った仕組み自体は、夏休みの前半にできていた。早速、出来上がったものを提示したところ、教頭、教務主任からは絶賛された。正直、有頂天になっていた数男のシステムにストップをかけたのは、学籍処理を担当している木村さつきだった。


「出席簿は、冊子で提出することになっているのだから、手作業で行うべきだ。」


というのが、彼女の主張だった。頑なに言い張る彼女の主張に、数男は何も言い返すことができなかった。彼女に言い返すための専門的な知識や根拠が圧倒的に不足していた。そもそも、「冊子で提出しなければならない。」という点について、法的な根拠があるのかもわからない。

数男は、これまで学籍の事務処理については、担当者からの指示通りに作業を進めるだけだったからだ。その作業が、どのような目的、どのような法的な根拠によって行うこととされているのかがわからない。

 実は、校務の中には、法的な根拠や自治体からの通知で明確に指示されているものの他に、学校裁量で自由に変更可能な業務もある。また、義務付けられている内容にしても、ICT機器の爆発的普及という時代の進度にそぐわず放置されているものや曖昧になっているものも多数存在している。

出席簿は、まさにその曖昧な状態のものであった。数男の前任校では、校務支援システムを導入していたため、出席簿の処理は、パソコンで行なっていた。しかし、現任の自治体は、アナログの冊子のままだった。

では、その「アナログ冊子で提出せよ」という通知は、どこからきているものなのか。数男には、答えられない。黙り込んでしまった数男を救ったのは、教務主任の高木だった。

「出席簿に関して、市内統一のルールはありません。学校裁量で変えることができる業務です。法的な保存年数の問題に関しては、日々の処理と確認は、関くんの作ったシステムを使って行い、年度末に一斉に印刷したものを保管するということにすれば、クリアできるはずです。」

 理路整然と毅然に伝える高木に対して、木村はそれでも食い下がる。

「Excelなんて、私は、わからないから使えません。毎月、市に提出することになっている統計データを作るためにも、冊子で提出していただいた方が、やりやすいです。」

「出席統計は、自動で出力されます。」

 数男は、ここぞとばかりに発言した。システムの事に関しては、自信をもって発言できる。数男が作ったシステムは、非常にシンプルなものだ。日々の出欠記録を関数を使ってカウントし、出席率を自動で出力できるようにしてある。

 さらに、各学級で自動集計されたデータは、Excelのリンク貼り付け機能により一覧としても集計される。もちろん、この集計データは市に提出する様式にそろえてある。そのことを丁寧に説明したところで、ようやく木村の表情が柔らかくなってきた。

「よくわからないけど、責任は、校長先生がとってくださるのですよね?」

 木村は、校長に念をおした。いきなり話を振られた校長は、少し困惑しながらも、

「いや、私もパソコンのことは、よく分からない。しかし、高木くんが言うように、この件は、学校裁量で何とでもなる。ただし、出席は、個人情報にあたるから、教頭先生と関くんで再度、管理方法について整理しなおして欲しい。」

と力強く断言した。

「わかりました。もう一度、市の情報管理規定を見直してみましょう。関くん、協力してください。システムの件、本当にありがとう。2学期から運用できるように準備していきましょう。」

教頭が数男に労いの言葉をかけた。こうして、数男の作成した出席簿システムの運用が決まった。


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