エルムSと野球部出身で眉毛爪楊枝だったあいつとの思い出。

｢やっぱり松井秀喜からいく｣

そうお前は言った。
もう十年も前になるのか。もっと昔だったような気もするし、指を数えたら思い出せるほど最近だった気もするが、時の流れってやつは曖昧なもんだよな。

アベノミクスだっけか？
物価がどうのこうのとか、金融緩和がどうのとか色々あったんだよな。

株だの為替だのって、そういうのはお勉強して生きてきたやつに任せておけばいいのに、隣の芝生ってやつが青く見えすぎたのか、あいつは覚え立ての横文字をたくさん使って俺たちに力説していた。

それが春先からゴールデンウィークまでくらいの頃だったか。

馬鹿のくせによ、俺たちみたいに頑張って中学校を卒業できましたみたいなのは、一発逆転はたしかに夢見がちだけど、それでも取り返しのつかねえ勝負なんかしないほうがいいのにな。

もちろん、それが納得できるくらいにてめえが突き詰めたもんだったら別に止める筋合いもないんだけどよ。

よしわかった、そんなに言うなら当たって砕けろとも言えないだろうが。だってお前、ビックカメラでパソコン買って、株だの為替だのって言い出したの去年の夏が終わった頃だろ？

海で神奈川のツレのジェット壊しただなんだのって小競り合いしたちょっと後だったから、夏の終わりかけだったんじゃねえかな。８月の終わりとかそれくらいだったか。

それから一年も経たないのに伊達メガネなんかかけちまってさ、投資で飯食ってますみたいなツラしてんだなこれが。

ハマりやすいところもあるやつだったなたっちゃんは。

中学、高校って真面目に野球していたやつなのに、大学生になったらいきなりイベントサークルだっけか？よくわからねえ事を頑張りだしてさ、ノルマがどうこうで、つまらなそうなパー券を握ってやった事もあった。

真っ青な顔してたからよ、いくらかゼニ渡してそいつをもらって、そのままセントラルのマックのゴミ箱に捨てたっけ。

不思議なもので、スポーツ頑張って、真面目に世間からしたら三流とはいえ大学まで行ったお前と、いい年こいて馬鹿繰り返している俺たちの差はどんどん広がっちまってさ、お前が俺たちから借り換えして自転車してたのなんかみんなわかってたよ。

まあ俺たちもほとんど集まったりしなくなっていたけど。それでも、たっちゃんがまたゼニ借りに来たぞって、そんな話だけは回るんだから世の中世知辛いよな。

久しぶりに呼び出されたのは池袋の伯爵という喫茶店だ。北口の、営業妨害になりかねない言い方をするなら詐欺師と不良と水商売のやつが多い店だな。

ゼニ貸してくれって話になるのはわかってたんだけど、たっちゃんにはデカい借りがあったから。

中学の頃にさ、そうとは知らずにたっちゃんちの親父のスクーターをキーボコかまして盗んじまった夜。コンビニに停めてたら速攻で親父さんに見つかってサツに突き出されそうになった時に登場したのが練習帰りのたっちゃんよ。

丸刈りのくせに、眉毛だけは色気づいて爪楊枝みてえに細くてさ。

｢僕が貸したんだ！｣

そう言って親父さんと押し問答をして、結局キーボコかまされたアドレスの100ccを二人で押して帰っていった。

俺はその間、ずっと下を向いていて。
たっちゃんが帰りがけに振り向いて、消えかけた眉毛でしてくれたウインクを今でも忘れていない。

ああでもないこうでもないって、色々聞いた。

買ってる株の業績だのなんだのは聞き流せたけど、本尊がどうの、大口がどうの、そんな話が出始めてからは俺は目の前のコーヒーゼリーとだけ向き合っていた。

聞いても無駄だからな、そういうのは。

それこそたっちゃんと遊んでいたガキの頃にさ、チャリンコ停めてたら六角盗まれたくらいに当たり前の話な訳よ。

ハメ筋の株屋がよくくっちゃべってくるキーワード、そういうやつをたっちゃんはコンプリートしてたんだ。

まあ、半分わかって来てるからなこっちも。
そんな事はなんとも思わない。
そういう、怪しい話だけはこっちも詳しいぜとも言わない。

｢でもよ、悪いけどそんなには貸せないな｣

それだけ言った。

｢貸すんじゃなくて、これ置いていくから勝負でもしてどうにかしてくれよ。ほら、明日日曜日だぜ？｣

それは、正しかったのか間違いなのか。

この事を思い返すと、真っ先に考えるのが自分の汚さだな。

この時に俺は、達也と向き合う事を放棄して、なおかつあいつの現状を打破する金を渡して助ける事からも逃げて、捨て銭を渡して自分でどうにかしろって、そういう回避をしただけだから。

｢夏競馬だからなあ｣

そう言ったあいつの目は左右に泳いでいた記憶はある。それでも俺はこう言った。

｢予想は付き合うよ｣

味のしないミルクとゼリーのカスをすすりながら。

散々考えたたっちゃんから出てきたのが冒頭のセリフって訳。

5枠、トップハンデ58kgエーシンモアオバーから手広く流せば当たったのに、枠連5ｰ5は無理があるって。

もう一頭のトーセンアレスが沈んでたっちゃんの九回裏は終わった。

それから十年、もう借金はとっくに返し終わって、親父さんの内装屋を一緒にやっていて、それなりに調子がいいらしい。

先週も、｢ツイッター見てるよ！｣とショートメールが来た。

馬鹿だなお前は。今はXって言うんだよ。

それにもうそういうのをお前は見るな。
またインチキ株情報に引っかりそうだしよ。

でもあれだな。
今年は松井秀喜、あるかもしれない。
しかしそれは、エルムSではなくレパードSでの話だ。こっちは5枠あるかもしれないな。
エルムSの方は、結局マリーンS組が決めて松井秀喜の背番号にはかすりもしないと思う。
つまりはやるなら新潟だ、そうだろ達也。

◎ミスティックロア

5枠の片方選ぶなら一番人気のこっちかな。
逃げるエクロジャイトあたりを、早めに捕まえて抜け出せたらあるはずだよ。

Mystic Lore＝神秘的な言い伝え
俺たちには恥ずかしい話しかないけどな。

いまだに闇金やって伯爵でミーティングしてるやつに捧ぐ。