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木原事件 「事件性なし」の殺人事件(2)

この物語はフィクションであり登場人物は全て架空の人物です。

週刊ブンブンが鬼原事件としてこの事件を報道し始めると警視庁内部は微妙な空気に覆われました。2018年の再捜査に関わった刑事達はよしよしと心の中で呟きますが、幹部達は週刊ブンブンを前になんでこんな詳しい捜査情報が漏れているのだと苦虫を噛み潰したような顔をしています。官邸では再捜査を中止させた当時の警察庁長官、栗山がこの事態にいち早く反応しました。栗山は鬼原官房副長官の強力な推薦で官房副長官の座にすわった男で、今捜査が再開されれば鬼原家への疑惑は強まるし、再捜査を止めた自分の地位さえ危うくなりそうな状況です。栗山はかつての部下で今は警察庁長官となっている露本に電話をすると「この話がこれ以上広がってはいけない。早めに警視庁として手を打つべきではないのか!」と伝えます。露本は躊躇なく警視庁刑事局長に電話をかけ、捜査一課長を使ってこの件は自死事案だとメディアに伝えるように指示を出しました。

7月13日週刊ブンブンの記者は警視庁で捜査一課長のレクを聞くとその足で国家公安委員長の定例記者会見場に向かい、代理で会見をしていた露本警察庁長官にこの件を質問します。露本は「本件は警視庁により法と正義に基づき適正に捜査され、証拠上事件性は認められないと聞いている」として個別事案であることを忘れ、前向きに事件性を否定しました。「この事件性なし」発言こそ、のちに致命的な失言になるのですが、この時はブンブン記者の直撃質問に瞬間的に反応してしまったのでした。

1年前に警視庁を退職した斉藤警部補は、暇潰しに見始めたユーチューブで鬼原事件を取り上げる人の話を聞いているうちに当時のことが蘇り、普段は買わない週刊ブンブンを求めて近くのコンビニへ出かけました。記事を読んでみると実際に捜査した人でないとわからないことが色々と書いてあります。そして露本警察庁長官の「事件性なし」という発言を聞くと心の底から怒りが沸いて来ました。「何だと!あれはどう見たって事件だろう!俺たちがやったことを無かったものにする気か!」そして斉藤は何度か取材を断わっていた週刊ブンブンに連絡を取りました。斉藤の実名暴露記事が出るとそれまではたかが週刊誌とたかをくくっていた栗山も露本も事態の深刻さを感じ始めます。栗山は露本に電話をすると「君はなんて馬鹿なことを言ったのかね〜。部下も困っているみたいだから助けてやれよ」と、まるで俺には何の責任もないと言わんばかりです。この数日後には斉藤元警部補は記者会見まで開くことになっているので、警察としては、とにかく斉藤の会見内容を否定しなければなりません。露本長官から火消しを命じられた警視庁刑事部長は自分の部屋に参事官と捜査一課長を呼び夜遅くまであれこれと対応策を検討します。捜査一課長を経験している参事官は「いくら何でも自殺にするのは無理だろう」と反対しますが、結局、斉藤の記者会見にぶつけるように捜査一課長が本件は事件性なしと会見する方針が決定しました。そして会見当日には更に一歩踏み込んで「自殺で矛盾はない。従い探すべき犯人もいない」とまで言い切ってしまいました。

警視庁では各課長や各警察署長に対し「社外からの問い合わせには一切答えてはならない」と言う通達が出され、ご丁寧に「報道されたタクシーのドライブレコーダーは画像が悪く使い物にならないらしい」と言う噂まで庁内に流されました。またキャリア出身の捜査二課長には斉藤元警部補の身辺捜査を命じ、さらなる口を封じさせようと画策します。吉田民雄遺族は捜査の再開を求めて大塚署に上述書を提出しますが、戻って来た回答は「本件はすでに自殺で処理されている」と言うつれないものでした。そして遺族が疑問視した血のついていないナイフについては民雄がナイフを抜いた時に筋肉が拭い取ったと言う呆れた説明をするのでした。さらに廊下の血痕についても遺体を持ち出す際に付いたのだとありえない説明に終始するのでした。

週刊ブンブンの記事は政界でもいろいろと話題を呼んでいました。三階幹事長が側近に「そう言えば俺はあの時、あいつにはすぐに別れろと言ったんだよな」と思い出話をします。「そうそうナイフが怪しいとか何とか言っていたな」と続けると三階派議員の間では「疑惑のナイフ」と言う言葉が一人歩きして行きました。日頃から岸本総理に溺愛され、優遇されている鬼原は徐々に横柄な態度を取るようになっていて他派の議員からは疎まれる存在になっていたのです。そして党の総務会長まで「早く辞めさせた方がいい」幹事長も「しっかりと説明責任を果たすべき」だと党内でも厳しい意見が飛び交うようになっていました。
(続く)

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