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八杉将司さんの思い出

訃報を知ってから、足元がゆらゆらして現実感がない。
いまだに信じられない。

わたしは書く人だから、心を落ち着けるために書く。
八杉さんへの追悼のために、書く。

八杉さんとはもう何年も会っていなかった。ここ数年はメールのやりとりもなく、年賀状だけだったから、それほど親しい友人ではないのかもしれない。
でも、八杉さんは、わたしの本当に数少ない、一緒に旅行をした友達なのだ。
2008年から2012年までの5年間、毎年10月、2泊3日の岩手合宿で新幹線でお弁当を食べて、観光地を回って、夜おそくまで創作について語り合った作家仲間なのだ。
追悼のために八杉さんたちとの旅行の思い出を書く。

毎年10月に行われる、角川春樹事務所の創立記念パーティには、歴代の小松左京賞と角川春樹小説賞の受賞者、そしてSF関係者が集まる。

「岩手飯しませんか」と自宅に誘ってくれたのは、第1回小松左京賞大賞の作家、平谷美樹さんだ。同じく第1回努力賞のわたしと第3回大賞の機本伸司さん、そして日本SF新人賞「夢見る猫は宇宙に眠る」でデビューした八杉さんとで、2008年、合宿「岩手飯」がスタートした。

「新幹線で友達の家に泊まりに行く」って、普通によくあることなんだろうか?
少なくともわたしにとっては、親戚の家以外の人の家に泊まりに行くのは初めてだった。
小松左京賞授賞式は東京なので、機本さんと八杉さんは関西から泊まりでの参加だ。翌日平谷さんご夫妻と一緒に、東京駅でお弁当と飲み物を買い、東北行きの新幹線に乗り込む。新幹線の車中で、お弁当を食べながらおしゃべりしていたら3時間はあっというまだ。

岩手では、平谷さんが車でいろいろな場所を案内してくれた。一ノ関や遠野、願いが必ず叶うという神社にも。そういえばあの神社で八杉さんは何を祈ったのだろう。年齢は機本さんが一番上なのだが、第1回小松左京賞の平谷さんがなんとなくみんなのリーダー的存在なのだ。機本さんは、口数は少ないけれど、ぼそぼそっとダジャレを言って笑わせてくれる。八杉さんはいつもカメラを手に目をかがやかせて楽しそうにあちこち写真に撮っていた。

夕食は、平谷さんの自宅でのバーベキューだ。庭にしつらえられたバーベキュー台で、平谷さんが火起こしして肉や魚を焼いてくれる。機本さんと八杉さんとわたしは、座って、お酒を飲みながら待っている。漆黒の空には星がまたたいている。
食べながら飲みながらだんだんと夜が更けていく。
バーベキューがおしまいになると、平谷さんの書斎に場所を移して2次会となる。平谷さん宅の愛犬が眠っているのを、起こさないようにそっと家に入り、書斎のソファに座る。平谷さんの吸うパイプの紫煙が立ちこめる中、どんどんディープな話になっていく。

平谷さんの新作のアイデアの話や映像化の話。機本さんが取材に行った話。SF業界の話。ボツになった作品の話、家族の話。メールや電話ではできない話。
「書いても本を出してもらえない」という八杉さんの愚痴や泣き言も聞いた。八杉さんは頭が良くて真面目で優しくて、どこか少女のように繊細でリリカルで傷つきやすいところがあった。機本さんも少年のようにピュアでナイーブだけれど、作品が映画化されていて勢いがあった。落ちこむ八杉さんを、わたしと平谷さんと機本さんで慰めたときもあった。同じ関西の機本さんが、八杉さんのことを一番わかっていたのかもしれない。

楽しくて濃い岩手合宿は、2008年から2012年までの5年間。

わたしはそもそもSF作家クラブには入っていなかったし、やがて平谷さんはSFよりも時代物、歴史物の作品を書くことが多くなった。
SF新人賞でデビューして、根っからのSF者だった八杉さんは、SF作家クラブ公式マガジン、SF Prologue Wave(SFPW)の初代編集長となった。わたしも八杉さんに声を掛けてもらって、何度か短編を寄稿した。

東京での八杉さんのイベントにも参加した。大阪で機本さんと八杉さんとランチしたこともあった。
八杉さんとは毎年1回、小松左京賞のパーティで……コロナが終わればまた会えると信じていた。

SF関係の知り合いと会う機会もなく、八杉さんの訃報をまったく知らないまま、久しぶりに見たSFPWに八杉さんの名前を見て、新作が出たのだと思ってページを開いた。
「追悼……」
意味が分からなかった。まだ40代……。病気とも聞いていないのに。
胸の鼓動が激しくなってきた。
八杉さんの名前で検索して、……初めて知った。
2021年12月12日。

頭が良くて優しくて繊細で、ロマンチックな作品を書いていた八杉さん。

生物には、生きようとする本能がある。
みずから命を手放したように見えるときも、身体はぎりぎりのその間際まで、細胞の一つ一つまで生きようとしている。
身体の病気で亡くなる人も。心が力尽きてしまった人も。
生きたかったけれど生きられなかったのだ……とわたしは思う。

友人との永遠の別れがただただ悲しい。
もう二度と会えないことが今も信じられない。

お父様を介護され看取られた八杉さんが書かれたショートショート「追想」をあらためて読んで、この文章を書いている。書くことがわたしの追悼です……。

八杉さん。
どうか安らかに。
いつかわたしもそっちに行きます。
そしたら、また一緒にバーベキューしましょう。
はにかんだ笑顔、忘れません。

【八杉将司さんの小説】
「八杉将司短編集ハルシネーション」(「追想」も収録されています)

LOGーWORLD」(遺作長編SF)
精緻でリアルでリリカルな八杉さんの作品、ぜひ、たくさんの人に読んで欲しい。

遺作となった長編SF
2012年最後の岩手飯で
盛岡の八幡宮で。高橋桐矢と平谷美樹さんと八杉将司さん

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