創作読み物『ぼくはルーンマスター』〜運動苦手で魔術オタクなぼくが召喚しちゃった謎の神様の正体は?!〜
1・魔法の儀式
読みかけの本がちらばったベッド、つくえの上にはゲーム機とランドセル。そこまではごくふつうの小学校五年生の部屋だ。
でも、本だなには、『占星術』『数秘術』『ソロモンの魔法書』『ルーンの書』など、あやしげな本がならび、かべには世界樹{ユグドラシル}のポスター。とだなや、ゆかには、五色のロウソク、かわかしたセージの葉、黒い凹面鏡、針金と水晶のかけらで作った魔法のつえ、のようなもの……などなど、不思議でへんてこなものがあふれている。
この部屋の主、北ノ森来人(きたのもり らいと)は、本で調べた魔法の儀式に、32回チャレンジして、32回失敗していた。
そして今まさに、33回目の魔法の儀式にとりかかったところだ。
まず画用紙に書いた魔方陣を部屋のまん中に置く。その東西南北に紙ネンドで作ったトール神のハンマーをならべる。ちなみに、魔法のどうぐは、来人の手作りだ。
マジックペンでルーン文字をかいた小石を25個入れたふくろを手に持ち、魔方陣の前に立つ。
来人は、心をしずめ、呪文の言葉を口にした。
「アスガルドの神々よ。オーディンとフレイア、バルドルとフレイの名にかけて、わが願いは真実となれり」
ふくろに手を入れたそのとき、部屋のとびらがいきなり開いた。
「お兄ちゃん、ゲーム貸して……」
とびこんできた妹のリナは、北のトール神のハンマーにつまづいた。
けりとばされたトール神のハンマーが、魔方陣の上にとんでいく。かけよった来人は、ふくろのなかみ、ルーンの小石をすべて魔方陣の上にぶちまけてしまった。
33回目も失敗だ!
と思った瞬間、魔方陣が白い光につつまれ、部屋の中に、はげしい雷鳴がとどろいた。
来人は、とっさにリナの手をつかんで引きよせた。
まぶしくて目を開けていられない。
まさか部屋に雷が落ちた?
来人は、そっと目を開けた。
「う、うそだろ?」
魔方陣の上に来人がいた。いや、違う。来人は部屋のすみで、リナと手をつないでいる。
来人は、魔方陣の上の自分とそっくりのそいつにたずねた。
「お前は誰だ」
ジーパンもチェックのシャツも、左だけ寝ぐせではねた髪も、服も中身も顔もぜんぶすっかりいっしょだ。
そいつは、頭をぽりぽりかいて、ぐるりと部屋を見まわした。それから、来人をちらと見て、自分の手足に目をむけ、ほおに手をあて、ぎょっとした顔になった。
「おれ、もしかしてお前とまるきり同じ?」
「同じだよ!」
リナがこたえて、そいつに手鏡を渡した。
「やめろよ」
来人はとめたが、リナはぜんぜん聞いていない。それどころか、目をきらきらさせている。まずい。おもしろがってる目だ。リナはオバケ屋敷もキモだめしも、ちっとも、こわがらない。いきなり兄が二人になっても、おどろきもせず、おもしろがっているのだ。
ありえない。……来人は、はっと気づいた。
もしかしてこれは魔法が成功したから?
急に胸がどきどきしてきた。自分が二人になるなんて、予想もしなかった。これは成功? それともとんでもない失敗?
「お前は誰だ」
もう一度たずねると、そいつは、手鏡から顔を上げた。一瞬、目がおよいだ。
「おれは、……ルーン」
「ルーン? ということは」
来人の言葉の途中で、ルーンが「ちょっと待った」と手を伸ばした。
「お前の言いたいことは分かるよ。こんなかっこうしてると、神さまに見えないだろうけどさ、神さまって、本当の姿を人間に見せちゃいけないわけよ。まぶしすぎて目がつぶれちゃうからさ。だから、よびだしたやつと同じような姿にしてもらうつもりだったんだけど……完ぺきに同じになっちまった。ややこしくて悪いな。文句があったら、オーディンさまに言ってくれよ」
来人は、思わず体を乗りだした。
「オーディンって、アスガルドの神の中の神、オーディンのことだよね?! でも、あれ? ルーンなんていう名前の神がいたかな」
来人のうでを、ルーンがガシッとつかんだ。
「お前が知らないのも無理はない。アスガルドは広いんだ。神さまだっていっぱいいるさ」
「はいっ!」
うなずいた来人は、おなかのそこから、ふつふつと喜びがわきあがってくるのを感じた。
ルーンという神さまの顔が自分と同じなのと、ジェスチャーがやたらと大きいのが気になるが、そんなことは大した問題じゃない。
今までいろんな魔法の儀式にチャレンジしてきた。失敗しても、魔法オタクと言われ変人あつかいされても、いつか必ず成功すると信じてた。
とうとう成功したのだ!
さっそくルーンに願い事をすることにした。背筋をのばし、おごそかに口を開く。
「アスガルドの神々よ。ルーンよ。聖なるハンマーの名のもとに我の願いをかなえたまえ」
ルーンが手でさえぎった。
「普通にしゃべればいいから」
「わかった、じゃあ」来人は、声を低めた。「願いをかなえてほしいんだ」
「だからどんな?」
すぐ横で目をきらきらさせているリナを気にしながら、小声でつたえた。
「とびばこ、五段、とべるようにして」
思ったとおり、リナが口をはさんできた。
「練習すればとべるようになるよ!」
「練習したってできないんだ! お前になんか、わかるもんか。だまってろよ」
リナは、ぷんとほおをふくらませた。この一才下の妹は、来人とぜんぜんにていない。本を読むのが大きらいで、運動が大好きなのだ。
そして来人はその正反対、本を読んだり部屋で調べ物をしたりするのが大好きで、運動は大のニガテ。来週、とびばこのテストがあるというのに、いまだに一段もとべない。
ルーンが、手のひらをさしだした。
小石が一つのっていた。さっき、来人がぶちまけたルーンの石だ。マジックペンでアルファベットのMににた形が書いてある。
「このルーンが答だ。このルーンの意味がわかったら、お前はルーンマスターとして認められて、願いもかなう」
「なるほど、そうきたか」
来人はうん、うんとうなずいた。願いをかなえるためには、テストをクリアしなければならないのだ。けれどこんな問題、魔法オタクの来人にとって、目をつぶっても答えられるくらい簡単だ。
「これは、『マン』。人間を表すルーンだ。オーディンとヴィリ、ヴェーの三人の神が、トネリコとニレの木で人間を作り、二人の人間が肩をよせあった姿を形にしたのが、マンというルーンになったんだ。アルファベットのM、英語のマンと共通のつながりをもっている。マンの呪文は、マナーズ」
自信を持って、これ以上ないくらい完ぺきに答えたが、ルーンはだまったままだ。
「まちがって……る?」
ルーンは、自信なさそうに首をかしげた。
「ルーンマスターとして認められたら、願いがかなうはずなんだけど、そうじゃないってことは、あってないんだろうな」
「なんだよ、それ!」
来人がつめよると、ルーンは、さっとよけた。
「しかたないじゃん。それより、おれ。腹へったんだけど。オーディンさまの情報によると日本ってタコ焼きとかおいしいものがいっぱいあるらしいじゃん。楽しみにしてきたんだ」
来人とリナは、顔を見あわせた。
「あたしがないしょで持ってくるよ!」
リナの言葉に、ルーンはにやりと笑った。
「大丈夫。どうしておれがこういう姿になってるんだと思う? おれはさ、来人の兄弟ってことになってるんだぜ。オーディンさまがちゃんと手配してくれてるから。ほら」
ルーンに言われて部屋を見まわした来人は、うわっとさけんだ。
いつのまにか、ベッドが二つ、つくえもランドセルも二つになっている。リナもさすがにおどろいて、目を丸くしている。
ルーンは、なれなれしく来人の肩に手を回した。
「そういうことで、おれら、生まれたときから双子ってことで、よろしく!」
「ちょっとまった!」
「大丈夫。心配ないって。マンの答はゆっくり考えればいいから」
来人は、ルーンの手をほどいて、たずねた。
「そうじゃなくて、ぼくが弟、それとも兄?」
「そうだな。お前が兄ちゃんでいいや」
あきらかに適当に答えて、ルーンは、来人の部屋のとびらをあけて、ダイニングにむかってさけんだ。
「かーちゃん、腹へったよ! 食べるものある?」
「はいはい。あら、ルーン、帰ってたの? めずらしく早いわね。来人もいるんでしょ。二人ともタコ焼きあるわよ」
お母さんの声だ。
「あたしもタコ焼きー!」
リナがルーンのあとを追った。
来人は一人、部屋のまん中で口をあんぐりあけたまま、立ちつくしていた。
神々の国アスガルドからきた客は、いったい、いつまでいすわるつもりなんだろう?
そして、来週のとびばこのテスト、……まじでやばい。
2・双子の弟
ベッドの中でめざめた来人は、へんな夢を見ちゃった、と思った。双子になった夢だなんて。同じ顔の弟が、夕食のカレーを三ばいもおかわりしたところなんて、みょうにリアルだった。
ぐるっと寝返りを打ったところで、となりのベッドで寝ているルーンが目に入った。ひどいねぞうだ。
「夢じゃなかったのか……」
つい大きなためいきが出た。今日もとびばこの練習がある。考えているうちにおなかがずーんと痛くなってきた。
結局、学校を休むことにしてしまった。
おなかが痛い来人の分まで、ルーンが朝ごはんをたいらげた。
「なっとうごはんと焼きそば、コーンスープの朝メシ、うまかった!」
「教室はわかる? 学校は?」
来人がベッドの中から声をかけると、ルーンはランドセルを、かたほうの肩にしょいながら答えた。
「大丈夫だって。心配ないよ。リナと一緒に行くから」
確かにお母さんもお父さんもまったく問題なかったし、おちゃわんもハブラシも、ずっと前から双子だったみたいに、ルーンの分も用意してあった。このぶんだと、学校の教室にもルーンのつくえとイスがあるんだろう。
「じゃ、行ってくるわ!」
ルーンは「今日の給食なんだろなあ」と、鼻歌を歌いながら部屋をでていった。
来人は一人、ふとんの中で丸くなって、足をかかえた。
せっかく、ルーンの魔法が成功したと思ったのに。
どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
「そうだ。こんなことしてる場合じゃない」
来人は、がばっとおきあがった。
マンの意味を調べなくちゃならない。
ベッドからでて、本だなにかけよろうとして、落ちていた本につまづいた。ルーンがきのう読んでいた本だ。
「かたづけとけよ。まったく」
読みながらやたらとさわいでいたから、こわい話かと思ったら、ピーターラビットシリーズの一冊『リスのナトキンのおはなし』だった。神さまが読む本とは思えない。
「なんだよ、リナの絵本じゃないか。ルーンのやつ、幼稚園児かよ」
絵本をベッドに置き、本だなから、『ルーンの秘密』『神々の本』『エッダ 予言の書』などの本や辞書、辞典をひっぱりだした。こちらもルーンとはぎゃくの意味で、小学校五年生が読む本には見えない。
つくえに、どさりとつみあげ、ノートを開く。
ノートには、ルーン文字の意味や、魔法の儀式のやりかたが書いてある。自分なりに完ぺきに調べたと思っていたけれど、まだまだたりなかった。
ルーン文字とは、北欧に伝わる魔法の文字だ。
オーディンという神さまが世界樹に、さかさづりにされて手に入れたのだとされている。
世界樹は、この世界の中心に、天にそびえて立つ、とてつもなく大きなトネリコの木だ。木の下には悪い龍のニドヘグ、てっぺんの枝にはオオワシがいて、リスが行ったり来たりしている。神々の国アスガルドは世界樹の根元にある。
オーディンが、神の中の神になれたのは、ルーンの魔法のおかげだ。
ルーン文字には、それほどの力がある。
ルーン文字のひみつを知る者だけが、ルーンマスターになれる。
調べているうちにおもしろくなってきて、お母さんが作ってくれたおかゆをお昼に食べたほかは、夕方までずっと調べ物をしていた。
だけど一番大事な、マンの本当の意味だけは、見つからなかった。
うでをぐっとのばし、時計を見たら、もう五時すぎていた。
「あいつ、おそいなあ。今日は月曜日だから、もうとっくに終わってるはずなのに」
急に心配になってきた。学校でへまをして、大変なことになっているんじゃないだろうか。そもそも、神さまにしては、どうもがさつでいいかげんだ。
来人はふと思いついて、もう一度つくえにむきなおった。
ルーンという神さまは、いったいどんな神さまなんだろう。
本とインターネットで、アスガルドの神々のすみからすみまで調べた。
ところが、ルーンという神さまはいなかった。ぞくりと背中が冷たくなった。
「あいつ……いったい、何者なんだ?」
そのとき、階段をどかどかあがってくる足音がした。来人はあわててパソコンを閉じた。
「たっだいまー!」
ルーンが、きげんよく部屋にもどってきた。ランドセルをゆかにほうりだし、ベッドにこしかける。
「ルーン、大丈夫だった?」
「よゆう、よゆう! 学校ってさ、楽しいなあ! 今日の給食はチキンタツタあげと、ひじきサラダ、豆ごはんだったよ。うまかったあ! ああでも、腹へった! 今日の夕食は何かな。今、かーちゃんがリナといっしょに買い物に行ってるからさ」
明るいようすを見ながら来人は、ルーンという神さまについて調べたことはまだ言わないでおくことにした。
ベッドにすわって足をぶらつかせていたルーンは、世界樹のポスターに目をむけた。
「あれ、世界樹じゃん」
そういえばルーンは、本物を見たことがあるのだ。
「ねえ、ルーン。神々の国、アスガルドって世界樹の下にあるんだよね。世界樹ってどのくらい大きいの?」
「と・て・つ・も・な・く。でかい。おれは、てっぺんと根っこと何度も行ったり来たりさせられてたからよく分かるよ。まあ、おれは身軽だから平気だったけどな」
来人は、あらためてルーンを見直した。自分と同じ顔かたちだから忘れそうになるが、ここにいるのはやっぱり、アスガルドに住む神さまなのだ。
「オーディンは世界樹の枝に、九日九夜、さかさづりになって、ルーン文字を手に入れたんだよね。そんなにでかい木につるされて、こわくなかったのかな?」
さっそく今日しいれた知識をかたってみたが、反応がにぶい。
「へえ、そうなんだ」
「なんだ、知らなかったの? だから首つりにされた王って呼ばれてるんじゃないか」
「あ、ああ。そうだった」
来人は、ルーンのとなりにすわった。
「世界樹ってトネリコの木なんだよね。イチイの木とカバの木のルーン文字はあるのに、トネリコの木のルーン文字がないのはどうして?」
ルーンは横をむいて、まくらを指でつんつんつついている。
「聞いてる?」
来人がつめよると、ルーンは口をとがらせた。
「知らねえよ。知ってたらテストだって、合格してたし」
「テスト?」
ルーンが、しまった、という顔をした。
「何のこと? 神さまにもテストがあるの?」
ルーンは、しぶしぶ口をひらいた。
「あるんだよ。でもおれ勉強きらいだからさ」
絵本を読んでおもしろがってるのを見れば、言われなくてもわかる。
「ふうん。神さまも大変なんだね」
いきなりルーンが、ぱっと手をたたいた。
「そうだ! お前、そんなにくわしいんなら、おれのかわりにルーン文字のテスト受けてくれよ! おんなじ顔なんだからさ」
来人は、はあっ?っと聞き返した。
「なに言ってんだよ? 神さまの本当の姿はちがうんだろ? ぼくと同じ姿でもなんの意味もないじゃん……あっ!」
それならかわりにルーンがとびばこのテストを……と思ったけど、やっぱりだめだ。双子だってことは、先生もクラスのみんなも知ってる。
とにかく、マンの意味を調べるしかない。
ルーンは夕食もおなかいっぱい食べ、デザートのアイスも来人の分もたいらげた。
お母さんが、無理しなくていいと言ってくれたので、来人は、うどんをわざと少し残した。この分だったら、三日後のとびばこのテストの日までお休みできるかもしれない。
ベッドに入った来人は、ルーンに聞こえるようにつぶやいた。
「ぼく、明日もお休みするかもしれない」
ルーンが、ああ、とこたえて、そういえば、とつづけた。
「お前。本当の本当に、運動オンチなんだな」
来人は、むかっときて言いかえした。
「言われなくたって、ぼくだってわかってるよ!」
「ああ、おれもやっとわかった。おれたちってさ、顔だけじゃなくて、運動能力も一緒なのな」
くっくっと笑うルーンがにくたらしい。
「だったら今すぐ、とびばことべるようにしてくれよ!」
「ルーンの答えがわかったら」
やっぱりそれだ。
「もういいよ」
顔やすがた、運動能力が同じでも、ルーンと来人はぜんぜんちがう。アスガルドの神さまのテストを来人がかわりに受けられるならきっと全問正解で合格できただろう。
ルーンがもうちょっと素直でかわいいやつだったら、テスト勉強を教えてやってもいいんだけど……。と考えた来人はすぐに思い直した。運動オンチをばかにするやつを助けてなんかやるもんか。絵本でも読んでいればいいんだ。
3・ルーン文字のひみつ
学校を休んだ来人がベッドで横になって本を読んでいると、部屋のとびらが開いた。
「お兄ちゃん、ばんごはん食べられるかって、お母さんが」
「ノックしてから開けろって言ってるだろ」
リナはすこしも気にしていない顔で、手に持ったポカリスェットをさしだした。
「はいこれ」
のばした来人の手は空をつかんだ。リナがポカリをひっこめたのだ。
リナがまゆを寄せて、じーっと見つめてきた。まゆがぴくりと動いた。
「お兄ちゃん、本当はおなか痛くないんでしょう」
「い、痛いよ! 今だって痛いんだ。いいからあっちいってろよ」
リナはぜんぜん信じていない顔で、部屋を出て行った。あぶなかった。リナはみょうにカンがするどい。きっとお母さんに言いつけるだろう。
来人は本を閉じて置いた。明日のとびばこのテストも、この調子で休めるかと思ったけど、むりかもしれない。
学校がきらいなわけじゃない。別に勉強が好きなわけじゃないけど、友達と遊びたいし、給食だって食べたい。
「すべてとびばこのせいだ」
にっくきとびばこ。あんなものがなければ、学校を休まなくてよかったのに。
「好きなことだけしてすごせたらいいのになあ」
来人は体をおこして、部屋を見まわした。
魔法や星うらないや神話の本。針金で作った魔法のつえ。魔法の道具は手作りが一番効果があると本で読んでからは、いろんなものを作った。最初はむずかしかったけど、トール神のハンマーは特に、自分でも、かなりよくできたと思う。
紙ネンドのハンマーは、リナがけったので割れてしまっていた。
「直しておこう」
中に針金を通してから、ボンドでくっつけた。われてへこんだところは、紙ネンドをたした。色もぬりなおして、ニスでしあげた。
こんなふうに毎日、好きなことだけしてすごせたら最高だ。
自分がルーンだったら、魔法のテストが楽しみなのに。世の中って、うまくいかない。
どこで遊びほうけていたのか、ルーンは夕食ぎりぎりに帰ってきた。
今日の夕食は来人の好きなハンバーグだ。一日集中して作業したから、おなかがすいた。
お母さんが来人のさらに目をむけた。
「今日は大丈夫そうね。これなら明日は学校に行けるわね」
来人はリナをじろっとにらんだ。
ルーンはいつものとおり、すごいいきおいで食べて、からのおちゃわんをさしだした。
「もういっぱい、おかわり!」
それにしてもルーンの食べ方はひどい。ごはんつぶをぼろぼろこぼしている。はしをうまくつかえないのかもしれない。
来人とルーンは、デザートのリンゴを食べてから部屋にもどった。ルーンのあとからリナまでついてきた。
「リナは部屋にもどれよ」
「ルーンとトランプして遊ぶんだもん」
リナはルーンとならんでベッドにすわった。トランプをシャッフルしようとしたルーンが、足もとにばらばらと落とした。来人はカードをひろってルーンにわたした。
「ひどい不器用だ。はしだって、使えてないし」
「お前に言われたかねえよ。なんだよあのトール神のハンマー。ジャガイモだかオカリナだかわかんねえじゃねえか」
「見ればすぐわかるだろ!」
来人は、ルーンの肩をゆびさきでつついた。
「いたっ!」
おおげさに痛がるので、来人はむかっときて、立ち上がった。
「そんなに強くおしてないだろ」
リナが来人の前に立って、かばうように手を広げた。
「ルーンはいっぱい、ころんで、痛いんだよ!」
ころんだ?
リナは心配そうにルーンに声をかけている。ばかばかしい。来人はくるりと背中をむけた。
「ルーンはとびばこの練習をしてるんだから!」
来人がふりむくと、ルーンが「しぃっ」と指を口に当てていた。リナがはっと口を手でおおった。
「とびばこの練習?」
ルーンが「あーあ」と肩をすくめた。
「はずかしいから、ないしょにしておこうと思ったのにさ。世界樹をマッハスピードでかけあがってたこのおれが、とびばこ五段ごときとべないなんて、ありえねえだろ」
「とても神様とは思えないね」
ルーンは見るからにいやそうな顔をした。
「本当のおれはちがうよ。だけど今は、おまえとおんなじ体だから、オンチになっちまったんだよ。お前の体、ばきぼきにかたいし、動きはにぶいし、ころぶときだって、受け身すらとれねえから、このざまだ。とにかくひどいスペックだよ」
「悪かったな!」
来人が手をふりあげると、ルーンはさっとよけて、にこっと笑った。
「でもさ、おれ、今日四段とべるようになったんだぜ。何回も落っこちてさ。うでだの足だの、青あざだらけになっちまったけどさ。お前の体でも、やればできるってな」
「だから言ったじゃない」リナが背中をそらせた。「練習すればできるって」
「その通り! 明日のテスト、一足先に合格するけど、お前もがんばれよ」
来人は、首をふった。
「むりだよ!」
「むりじゃねえぜ? だから、なあ来人。にげるなよ」
ルーンもリナも、もう五段とんだつもりでいるのだ。
「ルーンは体を動かすことが好きだから、ころんでもぶつけても平気なんだろ。だけどぼくは」
来人は、ぐっとこぶしをにぎりしめた。思い出したくなかった記憶がよみがえってくる。
「ぼくだって、とべたらとびたいよ。だけど、とぼうとすると思い出しちゃうんだ。三年生のときにとびばこから落ちたときのこと。手がすべって頭から落ちて……」
思い出すだけで、ぶるっとふるえがくる。来人は、うでをおさえて、つづけた。
「四段とべたって、五段はむりだよ。ぼくはそういう体なんだ。むりなんだよ! むりだってわかってて、あんなこわい思い二度とするもんか!」
ルーンとリナが顔を見あわせた。
「もし」とルーンが口をひらいた。
「ルーンがとべたら?」とリナがつづけた。
来人はこぶしをぎゅっとにぎりしめた。
「そしたら、ぼくだってとんでやるよ!」
その瞬間、二人がにやっとわらったような気がした。
次の日、とびばこのテストは五時間目だ。
昼休みに、給食をマッハで食べた来人とルーンは、体育館へむかった。テスト前なので休み時間も練習していいことになっている。
五段のとびばこは、たかくそびえているように見える。
「行くぜ!」
ルーンが、とびばこにむかってかけだした。
ふみきりをとんだ瞬間、来人は思わず顔をそむけそうになった。
ルーンは、五段のとびばこの上に、ちょこんとすわっていた。
「だはは。あとちょっとだったな」
すぐにおりて、またかけていく。
ふみきって、とぶ。今度もおしりをついてしまった。
「ルーン! 手をつく位置が近すぎるんだ。もうすこし遠くに!」
来人の声に、ルーンがうなずいた。
走ってふみきって、とぶ。
ついた手がななめだった。
体がななめにながれる。
ルーンはとびばこの横からするっとおりた。
「あぶなかったあ」
来人は、止めていた息をはきだした。心臓がとまるかと思った。
四度目も、五度目も失敗。
「もういいよ」
来人の言葉に、ルーンは首をふった。
「おれは体を動かすのが好きだけどさ。楽だから、楽しいから好きってだけじゃないんだぜ。できないことができるようになるのが、おもしろいんだ」
六度目、七度目、手をつく位置が少しずつ前になり、ふみきる足が少しずつ力強く、高くとべるようになってきた。
つぎの瞬間、ルーンが、ふわりととびばこをこえた。
「と、とべた……」
ふりむいたルーンは、「あたりまえだろ!」とピースした。
思わず、来人はルーンにかけよっていた。
心臓がはれつしそうだ。
「やったな!」
まわりをかこんでいた男子や女子から、はくしゅがおきた。いつのまにいたのか、リナがルーンにまとわりついている。
ルーンはとくいげに鼻をこすった。
「ほらな。できただろ? だからお前もできるよ」
「ぼくも、とべる……」
その瞬間、来人の中に何かがひらめいた。
練習すればできる。来人と同じ運動能力しかないルーンでも。
「ルーン、今はぼくと同じ力しかないってことだよね?」
まわりに聞こえないように、耳元でささやいた。
「え、あ、まあ、そういうことになるかな」
今のルーンは、神さまじゃない。人間の力でとびばこをとんで見せた。人間の!
「そうだ! マンは人間! 人の力でとびばこをとべる、っていうのがマンの本当の答だったんだ!」
ルーンが目をぱちくりした。来人は、もう一言つけたした。
「ルーンのおかげだよ。マンは、二人の人間がむかいあって立っている姿をあらわしているんだ。ぼくと同じきみがとびばこをとべたんだから、ぼくだってとべるはずだろ」
しゃべりながら、来人は、自分のズボンのポケットが熱くなってきたことに気づいた。
ポケットに手を入れると、マンのルーンを書いた小石が入っていた。マジックで書いたマンの文字が、あわく光っているように見える。
来人とルーンは顔を見あわせた。
「家に置いてきたはずなのに」
背中がぞくぞくとする感覚があった。体のおくから、力があふれてくる。
「これが答だ!」
思わずルーンと手をにぎりあって、やったーとさけびながらぐるぐると回った。
「北ノ森来人君、ルーン君。チャイムなってるわよ。整列してちょうだい」
担任のマミ先生が、腕をくんで立っている。来人とルーンはあわてて列にならんだ。
「さて、今日は楽しいとびばこのテストよ!」
マミ先生が、にやりと笑った。
ルーンは、五段をとんで合格した。もちろん、来人は、四段のとびばこもとべなかった。三回とも、とびばこの上にすわってしまって失格。それでも今まではふみきってとぶこともできなかったのとくらべれば、かなりの進歩といえる。
「それじゃあ、来人君は、来週、もう一回テストするからね。よろしく!」
来人は、しぶしぶながら、うなずいた。でももう、ぜったいにとべないとは思わなかった。
ルーン文字の秘密はとけたのだ。
そしてもうひとつの秘密、ルーンが何者なのか? それにもひとつの答がでたような気がする。
4・ルーンマスター
「で、こうなるわけー?」
放課後、来人は、ルーンととびばこ特訓をすることになった。
ルーンがうなずく。
「そうなるわけ」
「そうなるわけー」
リナがそっくりまねてくりかえした。練習をおうえんするだけならいいが、リナはときどきひょいと、五段のとびばこをとんでみせるから、頭にくる。
来人は口をとがらせた。
「問題がとけたら、願いがかなうはずなのに」
「願いはかなうじゃないか」
「そうじゃなくて、もっとかっこよくずばっと魔法でさ」
文句を言う来人の背中をルーンがおした。
「ぶつぶつ言わない。そら、とべ!」
来人はゆっくり走り出した。運動ぐつで体育館のゆかをける。
タイミングを合わせてふみきり台でとぶ!
手をついて、体を前にはこぶ。
また上にすわってしまった。
見ているのと自分でやってみるのとは、やっぱりちがう。
でも、『自分と同じ力のルーン』がとんでいるのを見ているから、もうできないとは言えない。
それにやってみたら、とびばこから落ちたこわさもなくなっていた。三年生のときはずいぶん高く感じたけど、とびばこの上に座っても、それほど高いと感じない。
背がのびたのだ。
ルーンがあんなにあざを作るほど転んだのは、むりしてかっこつけようとしたからにちがいない。しっかりねらいをさだめてとべば、落ちたりしない。
「ところでさ」
とびばこから、おりた来人は、ルーンにさりげなくたずねた。
「ルーンはぼくと同じ力しかないって言ったよね?」
ルーンはほおをぴくっと、ひきつらせた。
来人は、ルーンに顔を近づけた。
「それってさ。体力がって意味だけじゃなく、もちろん人間の世界にいるからってわけでもなく。ルーン。きみ、さいしょから魔法もつかえないんじゃない? っていうか、本当は神さまじゃないでしょ」
ルーンは、ひきつれた笑いをうかべた。
「えと、神さまっていうか、神さま修行中っていうか」
来人はうでをくんでうなずいた。
「そうだよね。きみの仕事は、伝言をもって世界樹を行ったりきたりすることだもんね」
ルーンのほおに、たらりと汗がながれた。
「うんそう」とうなずきかけて、目をむいた。「なんでそれを?」
「やっぱり……」
来人は、推理が正しかったことを知った。
「きみ、ラタトスクだろ」
その名前を聞いたとたん、ルーンはしゅんと肩を落とした。
ラタトスクは、世界樹に住むリスだ。世界樹の根っこにいる龍のニドヘクと、木のてっぺんにいるオオワシに、メッセージを運んでいる。もちろん、神さまじゃないし、龍とオオワシの使いっ走りをさせられている、ちょっとかわいそうな存在だ。
ルーンの本当の姿は、リスだった。そういえば、リナにかりたリスの絵本をよんでさわいでいたっけ。あれは確か、バカでナマイキなリスが、ひどい目にあう話だった。思いだしたら急におかしくなってきて、来人は思わずぷっとふきだした。
「笑うなよ!」
言われるとよけいに笑いが止まらない。
ルーンはむきになって、手をふりまわした。
「おれのせいじゃないぞ。日本にルーンマスターがいるみたいだから、さがしてこいって言ったのはオーディンさまなんだ。あのくそジジィ。言うこときけば、テストを受けなくてもいいって言うからさ」
神さまの中の神さま、オーディンをくそジジィよばわりするのはどうかと思うが、それよりも、テストを受けなくてもいいから、という一言がひっかかった。
「なんだよ! ルーンもテストから、にげてたんじゃないか。とびばこのテストからにげるなって、ぼくに言ったくせに」
来人は、ルーンの鼻先に指をつきつけた。ルーンは口をへの字にまげた。
「ち、違うよ! おれはテストよりもっと大変な、ルーンマスター探しをえらんだんだ。オーディンさまはすっごく大変な仕事だけど、でも日本にはおいしいものがいっぱいあるからがんばれって。オーディンさまの言ったとおりだった。うまい食べ物がいっぱいあった! からあげだろ、それから」
リナがいきおいよく手をあげた。
「タコ焼きおいしいよ!」
「ああ。なっとうごはんも、ハンバーグもうまいよな」
「スパゲッティも、イチゴも!」
「給食のプリン最高!」
「最高!」
もりあがっているリナとルーンの横で、来人は、あれ?とくびをかしげた。
「っていうことは、ぼくがルーンマスターとして認められたってこと?」
ルーンがくるっとふりむいた。
「あ、そのことだけど。オーディンさまから伝言。練習すればいいって最初に言ったの、リナちゃんだったこと、おぼえてる?」
来人は、いちおううなずいた。たしかにそうだった。
リナが、にたっと笑って、間に入ってきた。
「だから、リナもルーンマスターなの!」
「何言ってんだよ」
にらみあう来人とリナの間に、ルーンが手をはさんだ。
「だーかーら。ケンカしない。来人とリナと二人でルーンマスターってことになったから」
「何だよ、それ」
ルーンは、へへっと笑った。
「だから、そういうこと。あとついでにさ、おれももう少しこっちにいることになったから。お前ら二人じゃ、たよりないからって」
「まじで?」
ルーンの秘密がとけたら、ルーンは帰るものだと思ってたのに。
ルーンはにんまり笑って、片手を上げた。
「オーディンさまのいいつけには、さからえないからさ。だから、これからもよろしく! おにーさま!」
肩をつつかれて、来人は思わずよろけた。
魔法もつかえなければ神さまでもなんでもない、アスガルドの使いっ走りのリスが、なんで……。
深く考えると、どつぼにはまりそうなので、それ以上考えるのはやめにした。
「それより……待てよ」
ルーンマスターとして認められたってことは、ルーン文字の魔法が使えるようになるってことかもしれない。リナと二人でというのが気に入らないが、それでもいちおう、ルーンマスターにはちがいない。
「ま、いいか」
それに、もうすこしいっしょにいられるなら、ルーンのテスト勉強の手つだいをしてあげてもいい。アスガルドの歴史も、ルーン文字のことも、いくらでも教えてあげられる。本だっていっぱいある。
にげるより、たちむかうほうがいい。
好きなことだけしてたら、きっとつまらない。できないことができるようになるのが、おもしろいんだ。
それがわかったから。
だけどまずは……。
「よし、いくぞ」
来人は、足をふみしめて、とびばこにむかって走り出した。
「おにーちゃん、がんばって!」
「おにーさま、がんばれ!」
リナとルーンが声を合わせてさけぶ声がきこえた。
おわり
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