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触れると危険

ガラスの手で物に触れてはいけない、と教わった。
ガシャガシャと響く鼓動が、僕を一層おかしくさせた。

掟を破って外に出る。
呼吸が軽いのは空気が違うから?
それとも壁がないから?

――わからない。
わからないんだ。

足裏がビタッとくっついては離れていく。
これが「歩く」ってやつなのか。

はじめての感覚。
動くたびに聞こえる鼓動が今日は小さくなる代わりに。
グシャ……グシャ……
新たな鼓動が聞こえてきた。

2つのヒトが遠くに見えた。
僕は急いでその身を隠した。
隙間からヒトたちを見る。
ものすごく大きな声。
低い声と高い声。
大きいヒトと小さいヒト。
逆三角な目と直線な目。
掴んではすぐに離す大きいヒト。
何もできない小さいヒト。

大きいヒトは、怒っている。
小さいヒトは、泣いている。
大きいヒトは、叩いている。
小さいヒトは、怯えている。

大きいヒトは小さいヒトを傷つけている。
ただ泣いているだけの小さいヒト。
対して笑っている大きいヒト。

なんで?
なんで僕は、ヒトに触れちゃいけないの?

身体の鼓動が激しく響く。
僕は隠すのをやめた。

大きいヒトは赤くなって倒れている。
小さいヒトは水で顔を濡らしている。

もう大丈夫だよ。
僕は手を出した。
小さいヒトは首を横に振る。
そして、走り出してしまった。

待って。
待ってよ。

僕は良いことをしたはずなのに、どうして君は逃げるの?
なんで声をあげているの?

ねぇ。
待ってよ。
待って。
お願い。

僕はただ、君を助けたかっただけなんだ。

小さいヒトの腕を掴んだ。
手のひらから赤い水がつたってきた。

僕が物に触れてはいけない理由。
生き物を傷つけてしまうから。

小さいヒトは震えている。
呼吸の仕方がいつもの僕と同じになった。

高い声で僕に言う。

「助けて」

何をすれば良いかわからない。
だから僕は、小さいヒトを抱きしめた。

大きいヒトより赤く染まる小さいヒト。
そのおかげで、僕の身体も赤く染まった。

この小説は小牧幸助さん主宰企画「#シロクマ文芸部」参加作品です。

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