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掌編小説【雛祭り】

お題「桜餅」

【雛祭り】

「この桜餅、関東風やん」
「たまにはええかなー、って。デパートで見つけた」
「へえ」
言いながらサユリは桜餅をそっと指でふれる。
「やらかいなぁ」
しかし、ふれただけで手をひっこめる。
「食べたくない?」
「食べたいんやけど、もうちょっと後にするわ」
「そか」
多くは聞かず、私は箱の蓋を閉める。
「もう春なんやねぇ」
サユリが細い腕を伸ばして窓を細く開ける。まぶしそうに目を細める横顔が白い。少し冷たい風が吹き込み、私は気になるがそのままにしておく。春といっても少し冷える。今日はまだ雛祭りだ。

「エリコは子どもの頃、お雛様飾っとった?」
サユリがそんな事を聞いてくる。
「お母さんが飾っとったなぁ。私はあんまり興味なくて」
「うちもそうやったわ。そんで四日には律儀に片付けんの。いき遅れるからって」
「そうそう」
「でも、いき遅れるどころか結婚せんかったからなぁ。親不孝やったかな…」
親の望むようにしなかったら親不孝なんだろうか。私はすぐには何も言えずに考え込む。
「エリコはこういう時、適当なこと答えんと、きちっと考えるなぁ」
そういうとこがええんやけどな、とサユリが小声で付け足す。私はさらに何も言えずに黙ってしまう。きっと何か言った方がいいのに。

サユリが窓を閉めたので私はホッとする。風邪をひかせたくない。少し寝るわというので、横になったサユリの首元までしっかり布団をかけて、首筋の隙間を塞ぐように両手で布団を押さえる。サユリが私の目を見ている。体重をかけないように気をつけながら、サユリの頬に、そっと頬を寄せる。
「…エリコのほっぺは、桜餅みたいにやらかいなぁ」
サユリが耳元でつぶやく。サユリの頬は冷たく、随分とこけて皺も増えた。以前の柔らかな頬を思い出す。まだ五十にもならないのに…おばあさんみたいだ。そう感じてしまった自分を恥じて、あえて明るい声で私は言う。
「起きたら一緒に桜餅たべよな」
私はそっとサユリのベッドを離れる。

サユリの部屋のドアを閉めて、台所に行く。桜餅の小さな箱をテーブルに置いて蓋を開ける。桜餅が二つ並んでいる。サユリとエリコ。私たちみたい…。一緒に暮らしてもう四半世紀だ。
いい年して、いつまで友達と暮らしてるのと、昔は親も怒っていたが、いつからかあきらめたようだ。あるいは察したのか。
私たちは親不孝だろうか。好きな相手と静かに暮らしてきただけなのに。
よく見ると、箱の中の二つの桜餅がくっ付いている。離そうとしても、くっ付きすぎて離れない。
私はそのまま蓋を閉め、顔を覆って泣いた。声を押し殺して。

関東風の桜餅は別名『長命寺』と言う。サユリは関西風の方がよかったかもしれない。でも名前に魅かれてしまったのだ。
もう少しだけ、ながく。生きて。
来年の雛祭り、私はきっと桜餅を食べない。

おわり

(2023/3/2 作)


後日談も書いております…


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