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SS【おと】#青ブラ文学部

山根あきらさんの企画「暗々裏(あんあんり)」に参加させていただきます☆

お題「暗々裏(あんあんり)」

【おと】(1755文字)


 日曜日のあさ、パパはぼくに言った。
「準備は暗々裏に進めるんだぞ」

 パパは高校の先生で、小学生のぼくにも時々むずかしいことを言う。
 でもぼくが「それってどういう意味?」って聞くと、「すぐに人に聞くのはよくないな、自分で調べなさい」と言う。パパは調べたり考えたりするのが大好きなのだ。
 だから今回も『あんあんり』ってなんだろ?って思ったけど、ぼくは聞き返さなかった。でも、その音は湯たんぽを抱っこした時みたいに、ぬくぬく温かい感じがして、ぼくの気に入った。

 ぼくとパパは神妙な顔でうなずき合うと、それぞれの日曜日に向かった。ぼくは『あんあんり』を調べようと、机の上の国語辞典に手を伸ばしかけた…けど…やめた。知らないままにしておくのもいいような気がしたんだ。だって意味がわかるとステキさが消えちゃうこともあるよね。

 ぼくは目を閉じてゆっくりと『あんあんり』をめぐらせた。『あんあんり』は、ちいさなお日さまみたいにぼくの中をくるくると回った。大きくなったり小さくなったり、丸くなったり細くなったり…。
 そうしているうちに、ぼくはひらめいたんだ。

 その日の夕方、ぼくはパパに言った。
「パパ、ぼく準備できたよ」
 パパはにやっと笑った。
「私もできたよ。さて、ママが帰って来る頃だな」
 その時、「ただいま」という声がして、ちょうどママが帰って来た。
 今日はママの誕生日だから、ママはママのママ(要するに、ぼくのおばあちゃん)の所へありがとうを伝えに行ってたんだ。生まれた日に感謝を伝えるのは大事だってパパは言う。

「おかえり、ママ」
 パパとぼくは声をそろえてママを出迎えた。ママは淡いピンクのワンピースを着て、とてもきれいだ。きれいなママはにっこりと微笑んだ。
「お義母さんは元気だったかい?」
 と、パパが聞いた。
「ええ、あなたたちによろしくって」
「お腹は空いてるかい?」
「実はぺこぺこなの」
 それを聞いてぼくは心の中でうれしくて飛びあがった。
「ママ!ぼくね、プレゼントがあるんだ…」
「あらまぁ、なぁに?でもちょっと待っててね」
 ママは、着替えて手を洗ってテーブルについた。ママは、ぼくにそうしなさいって言うことは、自分でもちゃんとする。

 ぼくは、隠しておいた紙包みをママにチラリと見せてから言った。
「ちょっと待ってて」
 ぼくはソレをトースターで温めた。台所中にソレの匂いが広がる。パパが鼻をヒクヒクさせて低い声でつぶやく。
「これは…あれかな」
 チン!
 ぼくはトースターからソレを取り出してお皿にのせ、ママの前に置いた。

「誕生日おめでとう、ママ。これね、特製あんあんり」
「あんあんり?」
 ママが可笑しそうに聞き返す。
「たべてみて」
 ママはソレをひと口かじった。目を閉じてもぐもぐしてる。
「おいしい?」
「ええ、とってもおいしいわ」
 ママはにこにこしながら残りも全部食べてしまうと、満足気にため息をついて、ぼくに聞いた。
「ねぇ、コレがどうしてあんあんりなの?わたしには、太っちょのたい焼きに見えたけど」
「太っちょなのは、特別にあんこを増やしてもらったからさ。それに『り』ってしっぽみたいでしょ」
「なるほどね。あんが『り』からはみ出しちゃって、びっくりしたわ」
 ママがパパを見てくすくす笑う。今日のママは女の子みたいで、とってもかわいい。

 パパがぼくに言った。
「おまえ、言葉の意味を調べなかったのか?」
「調べようと思ったけどやめたんだ。音がステキだったから」
 ふぅむ、とパパはうなった。
「暗々裏にっていうのは、ママに知られないようにって意味だったんだが」
「ふうん、そうだったの。やっぱりぼくの『あんあんり』の方がステキだな。ところでパパはなにを準備したのさ?」


 その後、パパがこっそり準備した大きなバースデーケーキは、ぼくのお腹もおおいに喜ばせた。
「ふたりとも、私を太っちょにさせるつもりなのね」
 ってママは笑ってた。

 
 でもね、ママはぼくが寝る時に枕元でこう言ったんだよ。
「ママは、おまえの『あんあんり』が最高だったわ」
 パパが聞いたら悔しがるだろうな。そして、ママの声で聞く『あんあんり』も、なんてステキなんだろう。ほんとに湯たんぽみたい…。

 眠りに落ちそうになりながら、ぼくは思った。
 今度パパにおしえてあげよう…。
「すぐに意味を調べるのはよくないよ、まずは自分で感じてみなくちゃ」
 ってね。


おわり


© 2024/3/20 ikue.m


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