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カウンセリング23回目、役割放棄

今月、1人のnoterさんと会う。
(許可なく記事にはしないので安心してね!)

それと、先日初めて大学の学友(女性)と連絡先を交換した。
12月の授業で一緒になる時
飲みに行くことにした。
これまで女性と繋がることに抵抗があった私にしてはかなり珍しいことだ。
連絡先の交換は毎回断っていたから。


カウンセラーとの話のなかで
どうしてそれぞれと2人で会ってみようと思ったのか?
と言う話になった。(本質的な理由というより、これまでとの変化について答えた。)

お会いするそれぞれお二人は、
私の仕事の顔やnoteで明かしていない顔の部分に
一切の期待をしていないと思われ、そこが楽だなと思ったのが大きい。
だから会えるし会ってみようと思った。

なんだろう、私がちゃんとしてようがしてまいが
受け入れてもらえそうだし、
役割を期待されなさそうだから。




実家の両親や親族、
推しくんと一緒だったかつての職場は
権威あるあるなんだろうけど
褒めあいと謙遜の文化が根深く、私はそれがいつも嫌いだった。
褒めて謙遜するまでがセットって、なんだその茶番、みたいな。
それもあるし、褒められること=立場としての役割、役回りを期待されているみたいでイヤだなって。


あと私が褒めを受け止めきれない。
嬉しいけど、「調子に乗っちゃダメだな」とか
「なわけないよな」と思っちゃう。
だからいつも褒めてくれる(職場の違う)親友にも頼りきっちゃいけないよな、とか。



カウンセラーはまとまりのない
私の話にこう返した。

カウンセラー
「私にもまだよくわからないけど、
うみさんのその「褒めるを受け取れない」のは、
うみさんができていないと思うところと関係があるのかもしれないですね。」


できてないこと。
できることの方が多いのに、そう思っちゃう。
でもまずは、言語化して振り返ってるだけえらいとする。
周りからの役割や賞賛の前に、私が私を受け止めてあげれるようになれれば。




全く関係ないけど、
昨日呪術廻戦の最新刊を買った。

話の展開にショックを受けつつ、
「あぁでも五条先生さえ来てくれれば!」と話す私に、週刊ジャンプを愛読している友人が数話先の展開を話した。
(どうしても話したそうだったので聞いてやった)


友人はそれはそれは楽しそうにネタばらしをして
私のリアクションに2人でひとしきり笑った。

和むぅ。。



久々のどうでもいい和みよ。
いろいろな場で役割を手放そうとしているのか、私。


そのくだりもカウンセリングが終わってから
気づいたけど、まあそれもオッケーということで。

カレーヌードルの蓋にも和み。

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