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「美しい人」


学生時代、父親の経営する会社が割と上手く起動に乗り
家を都内の平屋から、お台場のタワマンに移り住んだ時期があった。
湾岸道路が見え、芝生のガーデンがあり可愛い子犬たちを抱えたハイソな
奥様方が東京湾を観ながら談笑してる姿は理想郷のようにも思えたものだ。
うちにも犬が居たが、その中の高級な服を着た犬種とは違い雑種の捨て犬だったけれど、家族全員とても可愛がっていたし引け目を感じる事はなかった。
タワマンに住んでいるご近所さん達も、うちの雑種のこの犬を可愛い子ね!
と言ってくれたり撫ででくれたりした。
小学生の頃から飼っていたため、うちの犬は老犬だった。
ある日、あまりに身体を掻きむしる様になったので、動物病院に連れて行くと、アカラス症という皮膚病だと言う事が解った。
薬をつけると、痒みで震えが止まらなくなるし、毛穴につく寄生虫のため、
中々駆除出来ないままにどんどん脱毛してしまった。
最後にはつるつるの皮膚だけになってしまい、冬などは寒そうにして瘡蓋を掻いていた。
それでも、散歩は大好きだったので外に連れて行くことは辞めなかった。
ハイソな方々のうちの子を見る目が変わり、急いで逃げて行く人さえいた。
その沢山の目が言葉に出さなくても
「汚いわ」「うちの子にうつったら大変」
そんな感情が仕草やしかめた表情からも観てとれた。
あまり人目につかない夜間に散歩に連れ出した。
犬は散歩が大好きだし、自分の姿がそんなだなんて解らないものだ。
実際、自分もそんなに酷い状態にも思えず、15年飼って来た犬を病気だからとか毛が無くなったからとか、瘡蓋だらけだからとは意識せずつぶらな瞳の健気に生きる犬を変わらずに愛していた。
たまたま、夜の8時頃だったろうか。
帰宅ラッシュの時間に犬を散歩に連れ出してしまい、沢山の高価な服を着た
人たちとかち合って、色眼鏡でじろじろ私たちは観られることとなった。
そんな時、前からホームレスらしい男性がふらふらと歩いて来た。
いったい、何を言われるだろう。蹴飛ばされたりしないだろうか。
恐怖に震えながら、毛のない我が犬と歩いた。
彼は優しい笑顔で言葉を発した。
「頑張れよ!」

                           fin

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