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おやすみ短編『からあげの卵』

 大学生の頃の話。初めての一人暮らしをする場所に私が選んだのは、ひなびた商店街の一角に建てられたアパートだった。

 かつては建築会社のビルだったものの、時代の流れで業績は悪化。会社は移転し、不動産会社の手に渡った。そして私のような学生向けのアパートに生まれ変わったそうだ。

 窓の外には商店街が見える。ただ、商店街といっても人がたくさん行き交う場所ではない。あちこちの店にはシャッターが下り、道を歩くのは老人か、近くの小中学校に通う生徒くらいのもの。しかしいくつかの店は、細々と、したたかに、商売を続けていた。

 私が一番気になったのは、大学へ向かうバス停のそばにある一軒の肉屋だ。

じゅわー。

 肉屋の店先から、油が跳ねる音が聞こえてくる。肉屋は少し前から、からあげ屋も兼ねてやっていた。

「こんばんは」
「いらっしゃい」 
「お醤油のと、あと、ごまをいっこずつ」

 たくさんの味付き唐揚げが、毎日のように並んでいる。カリカリのごま付き。青のりを混ぜたもの。醤油、にんにく、ピリッと唐辛子。

「ところで、こんなにたくさん揚げるの毎日大変じゃない?」
「そうでもないよ」

 店長が卵を取り出した。大きな卵だ。

「これね、鶏の、からあげの卵」
「はぁ」
「みててごらん」

 ぱか、と開けると唐揚げが中に詰まっている。しかも揚げたてだ。

「どうして?」
「同族を殺して食われるくらいなら、その末路を産むようにしたんだと」

 店長の店の奥では、大きな鶏が先程から卵を生み続けている。虚無を抱いた目ではあるが、使命に忠実なようにも思えた。

 私は受け取った唐揚げを頬張る。

 熱々、さくっ! じゅわー! で美味しかった。

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