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【ショート・ショート】「丸ハゲの白鳥」

 故郷の町が『新しいゆるキャラ』のコンペティションを開催すると知ったのは、締め切り日の3日前だった。
 いつかは、故郷で仕事をしたい。そう願っていた私には、渡りに船のイベントだったのに。見逃していた自分が、情けなくて仕方がなかった。

「クソーッ! もっと早く気が付いていたら!」

 頭を掻きまわしながら、机に突っ伏す。
 何枚書いても、ゆるキャラのデザインは出てこない。
 それも、そうかもしれない。普段の私が手掛けるデザインは『グロ可愛いキャラクター』だ。
 グロ可愛いゆるキャラなんて……受けそうにない。

 すべてを諦めかけた、その時だった。

「ちょっと待った!」

 部屋の窓をこじ開けて、初老と思われる女性が顔を出す。

「だ、誰ですかあなた!? 警察を呼びますよ!」
「手身近に言うわね。コンペで採用されるのは、町に冬近くなると飛来する白鳥をイメージしたゆるキャラよ! グロ可愛いデザインを封印することなくぶちまけ、あえて丸禿の白鳥を提案したあなたのセンスは、町の若者に大いに評価されたの!」
「は、はい?」
「その後、町は白鳥のゆる可愛くてグロいところも押し出しながら町おこしに大成功したわ! まだあきらめちゃダメよ!」
「いや、そんなことあります?」
「あるから来たのよ! いい、絶対よ? この成功であなたは、大人気デザイナーになるの!! いいわね!!」

 ばたん!
 窓が閉じた。恐る恐る窓に近づいたけど、あのおばさんはどこにもいない。

「……丸ハゲの白鳥」

 私はテーブルを見た。確かに、丸ハゲの白鳥を、真っ先に描いた。最初に描いただけあって、とても気合が入った作品で……。
 でもこんなの、採用されるわけがない。そう思って、真っ先に外したの に。

 どうしよう。悩んだ私は……思いついた。

「そうだ! これ、次の会社の会議に出そうっと」

 無事に丸ハゲの白鳥は会社で商品化に漕ぎつけ、私はそれなりにデザイナーとして成功することになったのだった。



違う未来

 悩んだ私はあの日の夜、丸ハゲの白鳥を提出しなかった。
 今の私はスーパーで働く独りぼっちのアルバイターだ。あの丸ハゲの白鳥をもし出していたら、未来が変わっていたのかもしれない。何度そう思っていたか知れない。

 嘘でもいい。タイムマシンができたら、きっと過去の私に伝えに行くのだ。
 丸ハゲの白鳥を提出しよう、と。

 今日もスーパーでレジを打つ私は知らなかった。
 あの丸ハゲの白鳥を提出した未来で『こんなゆるキャラなんて恥ずかしい!』と泣いた娘のために、丸ハゲの白鳥提出を阻む父親がいたことを。
 反対に、面白みのないゆるキャラばかりの未来を憂いて、丸ハゲの白鳥をどうにか通そうとする若手議員もいることを。

 

 そして。私がもう少し先で、過去の私にアドバイスをした結果、それなりのデザイナーとなってレジ打ちをしない日々を得ることを。

 すべては、まだ、未来の中だ。



入力単語は「丸ハゲの白鳥」だけです。禿。

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