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ひとりぼっちショートリレー小説「管理新卒」

 桜が舞い散る。おぞましい獣の唸り声は、全く似つかわしくない。河川敷に川の流れは静かで、そのすぐそばに立つ職業案内所の窓にびっしりと「唖然」という顔をした人々が鈴なりになっていた。
 獣が唸る。
 私は眼前に立つ黒く、大きく、背の高い。獣と言うが相応しい存在を前に、スマートフォンを握りしめた。

「残念だけど、ここは現代日本なんだよね……」

 笑う。自分がそんなことを言っていられるのがおかしかった。黒いものに対し、私は最初、ツキノワグマを思い浮かべた。だが次第に、違う、と分かってくる。青ざめた血を垂れ流し、その生き物は悠然とこちらに向かってきた。
 ―― 四脚ではなく、六つの脚で。
 ちょうど、クマで言えば両前足の後ろあたりから、大きな足がもう一本ずつ左右に生えている。その足には鋭いかぎ爪があった。動物園で見たクマの脚とは似ても似つかない、まるで大型のネコ科の猛獣のような爪だ。

 どうする。私は考える。
 右足、左足。それぞれに意識を向ける。足は動く。
 左手、右て。どちらも動く。何なら、スマートフォンはギリギリ、握りしめられる。
 奴が何に興味を示すのか、探るべきだろうか。

「っ、く、る…………!」

 そいつは強く地面をたたき、こちらにとびかかってきた。強烈な振りぬきを、私は顔面で受け止めた。

「あ…………――――――」

 美しい桜の群れが躍る。しかし地面に落ちた桜の花びらは、さほどきれいではない。
 私はハッとして振り返る。そこはいつもの道路だった。人気のない、ごくありふれた通学路だった。
 道の反対側には職業案内の建物があり、ときおり人が出入りするだけで、それ以外は川の流れと春の木漏れ日が織りなす心地よさが周囲を彩るばかりだった。
 私は先ほどの光景を思い出そうとする。クマのような、何かが、私めがけて足を振りぬいた。あれは右の二番目の前足だった。ネコ科の猛獣のような動きをする手が、鋭利な爪もろとも、私の顔面を撃ち抜こうとしたのだ。

私は笑う。獣は咆哮し、地を強くける。
私はスマートフォンを握りしめた両手に力を込める。獣が私をめがけて襲い掛かってくるのを横目で見ながら、その足を注視する。
スマートフォンを握る手で、左から二番目の足を叩く。狙い通り、獣は悲鳴にも似た声を上げると勢いを失ってその場に突っ伏した。だが倒れきらないうちに、獣は再び唸り声をあげて私にとびかかってくる。
私は、叫ぶ。

「うわあああ!」

また気が付くと、私は河川敷に立っていた。
目を開けていたのか、それとも閉じていたのか。今の獣をたたいた手は想像だったのか、現実だったのか。分からないままに私は、いまだにこの河川敷に立ち尽くしている。

ふたたび、目を開ける感覚があった。私はさっきまで河川敷を目にしていたはずなのに、瞼を上下させる感覚が確かにあった。
目の前に獣はいない。ただ、違ったのは、河川敷に横たわり、私は呆然と空を見上げていたということだ。
風が吹いた。桜の花びらが私の周囲に舞い落ちてくる。
身を起こして周囲を見回すと、そこは何の変哲もない日常の光景だった。

職業案内の前には、私と同い年くらいの男女がひしめき合っていた。あの黒い獣と対峙する私に驚いていたのは、彼らだろう。
彼らは順番待ちの権利を得るのに必死で河川敷で寝そべる私を見向きもしない。
そんな中で一人、黒いスーツ姿の女性だけが、私をまっすぐに見つめていた。彼女は私のほうへと素早く近づいてきて、静かに、こう述べた。

「大丈夫ですか。第二新卒、番号35番のBさん」

私は急に、思い出した。

「……今の面接対策はどうでしたか?」
「かなり良かったです。ループする現状にも冷静に、視点を変えて対応していましたね。ただ、少し錯乱状態だったのが気にかかります……最初で頭に一撃入れられた点には同情しますが、社会にはあの獣よりもすさまじい生き物がたくさんいます。人の視線にも慣れておかなくてはなりません」
「お恥ずかしいです……精進いたします」

そうだ。今日は面接対策だった。

「詳しいアドバイスを行います。中へどうぞ」
「ありがとうございます」

私は彼女の後を追い、何時か、彼女の様に黒いスーツを身にまとう日が来るように今日も頑張ろうと誓うのだった。

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ひとりぼっちショートリレーをやった方法

  1. リレーする回数を決める

  2. いろはエディタ(https://proto-iroha.underxheaven.com/)さんにアクセス

  3. 「音楽」の設定をシャッフルにする

  4. 書き出しを書く

  5. 音楽が切り替わったら、その音楽に合わせて書く

  6. 決めた回数に到達したらとりあえずまとめる

  7. 完成

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