クレナリアと本の魔法(1)

「王妃、また、書籍に関する法律ですか」

呆れた声で、大臣の1人が問いかけた。しかしクレナリア王妃は美しく微笑み、その美声で言う。

「もちろん。これは国民にとって今ではかけがえのない書物を、より安価で、より多くの国民が、それこそ毎日でも新しいものが読めるようにするための法律です。皆さま書面をご覧になってくださいまし」

皆が目を落としたところで、クレナリア王妃は畳みかける。

「これは毎日、国の細やかな情報やちょっとした小説、意見投書、小説などを取りまとめ、数枚の紙をまとめたものを1部ごと売るものです。紙は粗悪ですが、回収業者がすでに国内に行き届いていますから、再利用が可能です。さらにこの印刷が可能になれば、もっと安価に本が出回りますし、なにより……」
「なるほど、我々貴族、いえ、国側からの情報を国民へ広く発表できますな」
「そうです。地域性も富ませることが可能ですし、これを商売とする新たな人も現れましょう。そして国が情報をある程度統制するのにも、ヒトの口に蓋をするより確実ですわ」

満場一致で受け入れられたこの新たな「本」は、また別の名前で呼ばれることとなる。さて、それはさておき。
クレナリア王妃は『本の王妃』と呼ばれる。
かつては青薔薇のクレナリアと称賛されるような、アイスブルーの目と金色の髪、目の覚めるような美貌。そして圧倒的な知性を秘めた彼女は、5歳で今の王であるシニルとの婚姻を決定づけられた。そして多くの男性の目を集め、女性のあこがれとなり、国において「本」を流通させるのに大きな役目を果たした。
クレナリア王妃の蒔いた種は芽吹き、彼女が即位してから10年も経過した今となっては、国の識字率は爆発的に上昇した。他国との交渉の場にも強い商人が現れ、安価かつ大量に生産可能となった書物は貿易品として国を富ませた。

一方で、口悪く言うものもいる。

女が何を偉そうに、何故書物などに金を投じる、投じるべきは国防だろう。そんなことを言う者もいたが、そのたびにクレナリア王妃は彼らを諭し、場合によっては断じた。

議会を終えたクレナリア王妃は、次の議会のために集めた情報の精査に向かう。しかしその傍らに、すぐに茶と菓子が用意された。菓子はべたつかず、粉やクズが落ちないような飴菓子だ。

「クレナリア様、どうか、食事を召し上がってください。朝から何も食べていらっしゃいませんもの」
「ありがとう」

クレナリア王妃は書類へ目を通しそして、見ると思わなかった名前に、ハッと息をのんだ。

「レヴェーナ?」

書類は、最大の貿易国である隣国とこの国の国境、そんな遠方よりやってきたものだった。そこに記された名前に、クレナリア王妃は信じられないとばかりに目を見開く。

「レヴェーナ、レヴィ、コッヘル……ああ、そんな、レヴェーナ、どうしてあなたの名前が?」

動揺するクレナリア王妃の脳裏によぎるのは、レヴェーナという女性の笑顔。もう、10年以上は会っていない、クレナリア王妃にとっての唯一の友人『だった』少女の、可憐な笑みだった。


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