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フレンチ前に読んでほしい本「美味礼讃」

フレンチなんてお高く留まって、まあそうおっしゃらず聞いてください。

日本ではイタリア料理もフランス料理も、スペイン料理もアメリカ料理も、何もかも一緒の「西洋料理」だった時代がありました。どれもこれも、西洋から来た料理、でおしまいだったわけです。

この本が何かと言うと、伝記小説。
すなわち、とある一人の人間の生涯を綴ったもの、ということです。

そのとある一人は「辻静雄」、辻調、と聞けば、聞き覚えのある人もいるかもしれません。海老沢泰久という方が書かれました。

かつて「西洋料理」という概念しかなかった日本において、「フランス料理」というものをきっかりはっきりと伝えた料理研究家。

9週間という時間の中で、フランスの料理店に100件以上足を運んだ努力家。

ほんもののフランス料理を日本にもたらした男。

そうも絶賛される人です。

彼はしがない人間で、しかし「素直さ」だけは人一倍素晴らしく、結婚をきっかけにそれまでとは違う世界に触れざるを得なくなり、しかしたくさんの助言者に助けられました。それは彼が「素直」であったから。

万人がまねできるような「素直」ではなかったでしょう。

「料理をつくる人間のつとめは、お客さんにつねにささやかなうれしい驚きをさしあげることだって。
だからわたしもそうしているの」  マダム・ポワン

フランスの名店で覚えた味を、全て、辻調理師専門学校の先生たちへ余すことなく教え、伝え、そして先生らが生徒へフランス料理の味を教える。

そして日本全国に、フランス料理のほんもの、が伝わることになるのです。

日本で置き換えれば、日本の味をおぼえこんだ人が、日本料理の特徴を余すことなく変えずに母国へ伝えるようなもの。それが生半可なことではなく、また人々に受け入れられる形に出来る技量を持った人を育てることが、どれほど難しいのか。

当時、日本にはフランス料理のほんものは無かったのです。

ほんものを、誰も知らないほんものを知るには、どうしたらよいのか。

進み続けるその姿は、驚くほど鮮烈で、1994年という本の発行年数など当てにはならないのだと、深く考えさせられました。

読んで食べての、お楽しみ。

内容についてネタバレしては、伝記の味も下がりましょう。

ただ一つ言えるのは、この本を読んだらどこかへ食べに出かけてほしいということです。フランス料理ならなおよし、イタリア料理でも、いっそ日本料理でも、何でもよいのです。

そこでようやく、本は閉じられます。

それがほんものかどうか、ではなく「ささやかなうれしい驚き」が、たとえ外食産業のチェーン店であっても、どこかに秘められていることを感じられるのです。

美味しいものすべてへの、礼を尽くした讃美歌を称えるこの本を、私の推薦図書といたします。

それでは。


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