障害者とアート

昔は、事故や薬害で腕のない人が、筆をくわえて描いた絵葉書の販売、地域や学校で回ってきたもんだが、見なくなったねぇ。

発達障害の人が、集中力や記憶力を活かして細密画を描くケースもあるな。鉄道画家の人とか、山下清画伯とか。

精神障害だと、まずはゴッホかな。
うちの元嫁もゴッホ一門なので、智恵子姐さん、彌生姐さんと呼ぶよう指導しているw
極彩色のひまわりを定紋にせなあかんな。
(これこれ噺家やないねんから)

障害者アートについての問題点。
「障害者でもこれだけ能力があるんだ」とPRする効果。障害者が人間あつかいされてない時代には必要だった(足で描いた花の絵の時代だね)。
今では「障害者はけっこうな御身分ですな」「障害者のせいで健常者芸術家が発表の場を失う」といった反発も考慮せねばならなくなった。
そして再び「障害者でも能力があるんだ」PRが必要になってきたようだw

障害者の作品の商業化も難しい。
むかし流行った頃は、同情こみで値段が高くなっていき、そして廃れた。
今は、作業所の制度が確立しているので、施設に公費さえ入れば「余計なことはしてくれるな」だろう。障害者に創作させたり、機能向上を図るモチベーションはない。
同情こみでボッタクる、見下してタダ同然で売る、いずれにしても支援者がアレだねぇ。

元嫁の場合、障害種別がゴッホ一門というのもあり、世間の反発が怖い。
あくまでも黙って、健常者に交じって、コンペに応募している。
「障害者アート」という区分に入るか、一般の「アート」に紛れ込むかが、難しい問題だ。

埼玉県Y市の写真コンで準優勝した時。表彰式でまごつかないよう、私が付き添う旨を申告したら………当日、会場入口で「今日は市長がお越しになるので、障害者は困るんです」と表彰式入場を阻止された。
写真コンはその年で廃止されたw

で、後年、表彰状と作品ぐらい残ってないか?と問い合わせたら………w
市の文化部門じゃなく、福祉課が公的支援の打ち切りを匂わせて口封じしてきた。
市外在住者だと言ったはずだがwww。
「口封じしたい」「障害者なら脅せる」に執着して、市民じゃなかった件を忘れてしまっていた。
ダサい、ダサすぎる。

障害者だと明かすと、市役所からこういう目に遭う。
障害者アートだと持ち上げられるのは通常、後天性の身体障害者止まり。車椅子じゃなきゃ同情できないんだろう。
記者やってた時、先天性の身障者のアートを取材し、写真が醜いと上司に叱責されてボツになった。取材に行けと言ったのあんただよw
よっぽど運が良くても知的障害だな。精神なんかムリぽ。

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