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言語とアイデンティティ Buchholz and Hall 2005 ②



前回の記事ではアイデンティティ、言語アイデンティティとは何かについて書いたのですが、今回はBuchholzとHallが定義したアイデンティティの広義的な意味について彼らの記事の要点をまとめていきたいと思います。




5つの原則

BuchholzとHallは、アイデンティティというとても定義するのが難しいこの言葉を、5つの原則に分けて説明しています。

彼らが今回まとめた5つの原則は以下の通りです。

①The emergence principle
②The positionality principle
③The indexicality principle
④The relationality principle
⑤The partialness principle

以降、この5つの原則をそれぞれ個後に分けて説明していきたいと思います。



①The emergence principle

この1つ目の原則では、アイデンティティは言語や他の意味的活動(身振り、手振り、表情などといった言語を介さないがその行動には意味があるもの)を通して生まれる物であると説いています。

従ってアイデンティティというのは社会的、文化的現象であるということ、また、それは社会活動を通して生まれるものだと述べています。


文献では例として、インドのHijraが取り上げられています。

Hijraは、インドで生活をしている第三の性を自認するグループの人々のことを指します。彼らは現在の社会に既存する生物学的カテゴリである、男性、女性という二つの性のどちらにも属さない、第三の性を持つ人々です。(2014年にインドではHijraが第三の性として最高裁で認められました。)



彼らは、本来生物学的上は“男性”として生まれてきている人たちです。性転換手術などを行い見た目を女性らしくし、またインドの伝統的なサリーを身につけています。

彼らはヒンディー語で話をする際、ヒンディー語の動詞に必要な性を使い分け、自身を“男性”というものから遠ざけようとします。

既存社会の中では、男性は男性の動詞の変化を用い話すところを、Hijraは女性の動詞の変化を用い会話するのです。そうすることで、自身を“男性”というものから離そうとしているのです。


既存社会に存在しない社会カテゴリが生まれる、既存社会に存在していなかったからこそ出現するアイデンティティという意味で、The emergence principleと一つ目の原則は名づけられているのです。




②The positionality principle

2つ目の原則はPositionality principleです。

この原則では、アイデンティティというものは、聞き手や話し手が会話の中で自分をどう位置付けするのか、会話の中で一時的に自身をどう位置づけするかによってアイデンティティの創造が垣間見れると説明しています。


文献の例を参考に説明をしていきたいと思います。


筆者はカルフォルニア州に住む同じ中流階級出身の、同じ地域で生まれ育った、同じ学校にずっと一緒に通っている2人の17歳の女子高校生の会話、言語的特徴から、彼女たちがそれぞれどんなアイデンティティをもって生活をしているかを観察しました。

ここでは、Be likeの使い分けによって女子高生のアイデンティティが異なることが証明されています。

1人の女子高生は、Be like を会話の中でたくさん用いることでトレンディな女子高生を演じ、もう1人の女子高生は、Be like を一切使わないことで他のBe like を好んで使う女子高生とは私は違うという位置づけをしたのです。

(I was like yesterday with my boy friend とか、I was like “What?”の時のBe likeです。)

この例のように、同じ社会カテゴリに属し、また同じ地域で育っていても、それぞれ《自分》の演じ方は異なるのです。この研究から、ある特定の言語的特徴を使って自身の社会的位置づけを人間はしている。ということが証明されました。

(Be like を用いる女子高生は自身をトレンディな女子高生と位置付ける為にその言語的特徴を会話の中で使い、《流行に乗っている自分》というアイデンティティを会話の中で形成しているということです。)




③The indexicality principle

3つめの原則はアイデンティティがどう構成されるか、そのメカニズムに着目しています。

自分の社会的ポジションをどう言語を介して確立するかについて焦点が置かれているということです。

例として、トンガの人が現地で英語を用い自分をコスモポリタンな人間だと主張していることが言及されています。

(トンガでは、英語と現地語を使いこなす人が多数います。お店で現地語を使うのではなく英語でお客さんとコミュニケーションを取ることで、現地に染まりきってない、英語をも話せる自分というアイデンティティを主張しているという見方です。)



④ The relationality principle

4つめの原則は、3つのカテゴリから形成されています。

1つ目は Adequation and distinction です。

Adequation (適応)とは、他者との違いに差をつけず、類似点を強調するということです。

Distinction (区別)とは、他者との違いにより差をつけ、類似点をなくす。ということです。

これらは国のイデオロギーとして使われることもあります。例えばこのテキストの中に例として挙げられていたのが、アメリカの9.11のできごとについてです。9.11が起きた後、Bush大統領がサダムフセインとアルカイダを同一のもの(類似点を強調)とみなしイラクを攻撃した事実があります。

この場合、サダムフセインとアルカイダは同一のものではないにも関わらず、イラクを攻撃するのを口実に二つのものをより似たものと認識させることで、攻撃の正当性を促したということです。

Distinctionの例としては、社会的に差別されているある言語的特徴を使わないことで自分はその言語的特徴を話すグループとは違う人間だと、強調することです。


アメリカやイギリスでは階級によって英語の発音が異なりますが、例えば中流階級の人が労働者階級の人達によって使われる発音をなるべく使わないようにして、自分は労働者階級じゃない、と言語的特徴を用い主張することなどが例としてあります。(自分は労働者階級じゃない。と直接主張するわけではなく、その発音を使わないことで、自分はそのカテゴリに属していないと主張するということです。)


2つ目は Authentication and denaturalisation です。

Authenticationについては、【本物】や【Real】を主張するために用いられます。

イギリスのミュージシャンが華麗さや華やかさをそのイメージから遠ざけるためにイギリスの地方方言を多用する。そうすることで、ミュージシャンというイメージに自分をぴったりあてはめようとするということが例として挙げられています。

ミュージシャンとはこういうものだ!というイメージを、地方の方言を用いて形成しているということです。

(日本のお笑い芸人などが大阪弁を多用し、私はほんまのお笑い界の人間なんやと、大阪弁を用いて主張しているということなどが日本だと例に挙げられるでしょうか。。。)


Denaturalisation

アイデンティティが偽物であり、演出されているものだと示唆するのがこのDenaturalisationの現象です。

ドミニカ共和国にルーツをもつアメリカ人が、黒人やヒスパニックという概念に自分たちも当てはまると主張していることなどが例としてあげられます。



3つ目はAuthorisationIllegitimationです。

この3つ目のカテゴリは、国の機関が国民のアイデンティティを形成させるために用いられることがあります。

Authorisation
このAuthorisationとは、権威という意味が指すように、ある力のある位置からアイデンティティを構築させるということです。

Bush大統領がイラク戦争を始める際行ったスピーチで、“WE”という単語がよく使われていたことが分析されています。これは、Bush大統領とアメリカ国民は同一グループであると強調するために用いられていたと考えられています。何回も“We”という主語を使うことで、国民と大統領のポジションを、同じアメリカ国民だと認識させるというイデオロギーと構築させているということです。


Illegitimation

こちらはAuthorisationとは逆に、力のある位置から構築させられようとしているアイデンティティに対し、抗うという考えです。

アメリカに住むアフリカにルーツを持つ人達が、彼らのアフリカ英語(通African American Vernacular English)を現代でも使っていることが例として挙げられるでしょう。

白人が構築したアメリカ社会で、アメリカ英語が用いられることが当然とされていますが、(現に歴史上AAVEを用いる子供は学力が足りていないというレッテルを貼られることもあった。)その環境に抗い、AAVEを用い彼らのアイデンティティを主張しているという見方です。



⑤ The partialness principle

5つ目の原則は、①~④のそれぞれの現象、プロセスやメカニズムというものは、アイデンティティ形成においてそれらのうち1つだけ当てはまるというわけでなく、部分的にそれらが個人のアイデンティティ形成に影響を与えているということがまとめられています。

アイデンティティとは無意識に、また部分的に自分が選択したものが習慣となり【自分という人間】を演出するものだと筆者は述べています。もちろん、アイデンティティには流動性があるため年齢や時期、また場所によっても変化するもので固定されたものではありません。



個人が自分で選んだものが、自身のアイデンティティになり、それは変化するものだと筆者は述べています。



まとめ

いかがでしたでしょうか?

アイデンティティとは目に見えないもので流動性があるものです。しかし、個人が選択できる場合もあれば国や組織からの影響を受けるものでもあります。

自分という人間を形成するには様々な側面が絡み合っていること、またアイデンティティとは流動性のあるもので常に変化し続けるものだという事実を知れば、自身の悩みから解放されることもあるかもしれません。

自分は一体どんな言語的特徴を使って自身を演出しているのか、一度この機会に考えてみるとおもしろいかもしれませんね。





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