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サンマの満卓請負人 はるさん

三人麻雀のリーグ戦を行っている「ザンリーグ」という競技団体がある。その「ザンリーグ」の立ち上げから関わり、第1回ザンリーグで見事優勝した、はるさんという女性の人気が急上昇中。地元の関西だけでなく、関東の雀荘でもお客さんを呼べるゲストとして活躍している。はるさんに竹書房に来ていただいて、お話を伺った。


じつは、キンマに出るのは2回目

今回の取材は、はるさんがザンリーグの対局と雀荘でのゲスト活動のために1週間ほど関東に来ているタイミングで、竹書房に来ていただいておこなった。取材の前日も、当日も、翌日も、予定はぎっしり。それほどの売れっ子なのだ。
竹書房の会議室で、「初めまして」と挨拶をした後、少しずつお話を聞き始めると、はるさんが女性特有のやわらかな、かわいい関西弁でこう言った。
「私、かなり前に『近代麻雀』に出たことあるんですよ。カラーページで」
それを聞いた金本編集長は、すぐにバックナンバーを探しに中座。
そして見つけたのは、2016年の9月15日号。カラーグラビアの「雀荘の看板娘が彼氏募集中」というコーナーで、大阪の雀荘「ピース」の看板娘として登場していた。

8年前の近代麻雀

当時のことをはるさんは、こう振り返る。
「看板娘というよりも、もう、ピースはほとんど私の店という感じでしたね。ずっとそこにいて、お客様も私に会いに来てくれる人がたくさんいました。大阪では有名やったと思いますし、他の地方から『出張のついでに来た』とか言って会いに来てくれる人がたくさんいました」

麻雀との出会いは学生時代

はるさんは神奈川県出身。小学校4年生のときにお父さんの転勤で大阪に引っ越して以来、大阪に住んでいる。言葉も小学生の時に大阪弁に直して、現在に至る。
麻雀に初めて触れたのは高校生の時だ。実際に打ったのではなく、同級生の男の子たちが友人宅で手積みで三麻をやっているのをなんとなく見ていて、麻雀についての基本的なことはだいたい覚えた。
実際に打つようになったのは阪南大学に入ってから。

「高校の同級生が梅田の『ピーチ牌(ぴーちぱい)』というサンマの店で働き始めて、『女の子で麻雀打てる人を紹介してほしい』と言われたので行ってみました。当時、コンビニのアルバイトの時給が780円くらいやったんですけど、ピーチ牌は1100円くれたんです(笑)」

ここではるさんは、三麻の基礎をしっかり身につけることになる。

「時給が発生する勤務時間内に、女の子にはしっかり麻雀を教えてくれる雀荘やったんです。ある程度覚えて本走に入ったら、マスター(ザンリーグ所属)が後ろで見ていて、勤務時間が終わった後で別室の事務所に呼ばれて指導を受けました。店内にカメラがあったかもしれません。とにかくスパルタで、しっかり教えてもらえたと思います」

その内容は?

「まずは所作ですね。『いらんことをしない、無駄話をしない』。これはすごく言われました。トラブルのモトを断ち切るためです。
自分の番でもないのに河を触ったり、よけいな動きをしたりとか、そういうのは絶対ダメですね。私はしないです。
無駄話は、ピーチ牌では禁止でしたけど、最近はかなりしてます。ゲストのときはお客さんとお話しながら打ちますよ。私、ずっとしゃべりながらでもちゃんと打てるし(笑)」

こうしてピーチ牌で働きながら、大学にもきちんと通っていた。

「私が受けてたのが女性経営者育成を目的とした授業やったんです。週4回くらい行ったら単位を取れたんで、夜番のときは朝まで打ってから大学に行ってました。その頃ちょうどお父さんが単身赴任でバレなかったんですけど、バレたときに『あかん』って言われて昼番にしてもらいました」

やがて就職活動をする時期に。その時、はるさんの中では「麻雀プロになる」という選択肢もあった。

「でも、お父さんに言ったら『やめなさい』と反対されました。とりあえず就職して3年働いて、その後でもまだ麻雀がやりたかったら、働きながらプロになるとかしなさい、って言われました」

はるさんが「就職活動するからピーチ牌のアルバイトやめます」と話すと、それを耳にした塚本(大阪市西淀川区・JRで大阪から1駅)にある『ピース』のオーナーが、新卒採用したいと言ってくれた。

「ピースのオーナーは不動産業を経営してたので、その会社に就職しました。週4日くらいは不動産の事務の仕事をやって、他の時間帯はピースで働いてました。26歳くらいまで続けたと思います。
キンマのグラビアに出たのもその頃です」

この「彼氏募集」の企画は、当初は関東地方限定だったのだが、キンマの読者は全国にいるので「関西にも誰かいないか?」ということになり、「じゃあ、いい人がいます」という流れではるさんに白羽の矢が立った。

「実質、ピースは私が運営していたと思います。ピースを拠点としながら、他の大阪の雀荘のゲストに入ったり、関西の配信対局の実況に参加したり、もう麻雀プロになる必要はないなと思いました。女流プロになったらずっとかわいくおらなあかんし、女の子どうしで戦って比べられたりするのがイヤやったんで、誘われてもならない、アマチュアのままでやっていくって周りにも言ってました」

宅建を取って独立し高田氏とザンリーグ発足

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