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「日本人の平均寿命と幼児の事故」

みなさん、こんにちは!こんばんは!すくナビ編集長の和田紀久です。
 
今回は“教えて!近大先生”ではなく、久しぶりに会った友人との会話で出た質問に答えてみました。
会社務めの友人が質問してきました。

「日本人の平均寿命が世界一長いのは小児科医のおかげだって言っている人がいたけど、そんなわけないよね?」 早速ですが、小児科医である筆者がドヤ顔で返した答を言います!

「日本の子どもの死亡率が低いことが、日本人の平均寿命を押し上げているのは事実だ」

こう答えた理由を3つに分けて説明します。

 1.  平均寿命は0歳児の平均余命のことです。

2.  日本は新生児死亡率、乳児死亡率がとても低いために平均寿命が上がっています。

3.  幼児の事故による死亡がさらに減れば、平均寿命はまだ伸びる余地があります。

 1.  平均寿命は0歳児の平均余命

2022年の日本人の平均寿命は84.3歳で、世界一です。こういう記事がお元気そうなおじいちゃん、おばあちゃんのイラストを添えて紹介されていると、日本の高齢者医療はすごいな〜と感じますよね。でも、小児科医の立場から言わせて頂くなら、この話にはちょっとトリックがあります。それは平均寿命というものが0歳児の平均余命のことだからです。平均寿命と聞くと、人が旅立った年齢の平均と考えがちですが、実はそうではありません。ある年の日本人の平均寿命が84歳だったとすると、その年に0歳の乳児は84年くらい生きるだろうという予測値を意味します。 

2.  日本は新生児死亡率、乳児死亡率がとても低いために平均寿命が上がっている

日本の2021年の新生児死亡0.8/1000出生、乳児死亡1.7/1000出生はOECD加盟国=先進国の中でそれぞれ1位、2位の少なさです。もちろん、人口の中で65歳以上の人が占める割合は日本が世界で一番高く、日本が高齢化社会であることは間違いありませんが、日本人の平均寿命が長いのは日本で亡くなる子どもの数が少ないことが最大の要因であると厚生労働省も認めています。
江戸時代のある地域では平均寿命が30歳代であったとする推計がありますが、徳川の将軍たちの多くは60歳近くまで、あるいは葛飾北斎のように80代まで生きた人もいたとされ、当時の人々が皆30代で旅立っていたわけではありません。当時は新生児や乳児の死亡率が現代のおよそ100倍だったと推計されるために、平均寿命が著しく低かったのです。現代の日本人の平均寿命が世界一長いのは「小児科医のおかげ」は言い過ぎですが、小児医療が少なからず貢献していることはお分かりいただけたでしょうか。

3.幼児の事故による死亡がさらに減れば、平均寿命はまだ伸びる

一方、日本の5歳未満児の死亡率は、低い順では世界20位?いや、先進国の中でワースト2?などと推定され、かつてはあまり芳しくありませんでした。
幼児期、1-4歳の死因の1位は先天性疾患で、新生児期、乳児期をなんとか乗り切った重い先天性疾患を持つ子どもが幼児期に力尽きた結果と思われます。しかし、2位は不慮の事故です。今から10年以上前の調査で、急変した幼児の多くが設備や人員が十分でない「町の病院」に運び込まれ、高度な医療を受けることのないまま短時間で死亡し、死因の診断すらなされていないという現状が明らかになりました。その後、国や学会は病院の集約化、すなわち規模の大きな病院に医師を集める方針を打ち出し、小児の救命救急センターの病床確保が進んできました。2021年のユニセフのデータでは、1000出生に対する日本の5歳未満児死亡率は2で、欧米先進国なみにまで下がっています。
 
よかったですねと、安心できない話もあります。
子どもの不慮の事故による死亡は確かに減ったのですが、事故の発生率は下がっていないのです。つまり、医療の進歩、医療体制の改善で命を落とすお子さんは減りましたが、後遺症を残したり、長期の入院を要したりするお子さんはあまり減っていないと考えられます。
死亡の原因となる事故にはどのようなものが多いのでしょうか。表をご覧ください。最も多いのは交通事故ですが、2番目に多いのは溺水や窒息、4歳では転落となります。

これらの事故の70 %以上は家庭内で発生しています。交通事故が多いのに家庭内?と思われたかも知れませんが、交通事故は全体の25 %に過ぎないので、他の事故のほとんどは家庭内で起こっていることになります。幼児は浴槽で溺れ、リビングで食べ物や異物を詰めて窒息し、ベランダや窓から落ちて命を落としているのです。
このような事故を減らすためには家庭での注意はもちろんですが、行政機関、医療機関による保護者教育、自動車や家庭で使われる製品を作る事業者が安全な商品を送り出すなど、社会全体が子どもに安全を届けられるようにしていかなければなりません。子どもの事故を減らして幼児の死亡率が新生児、乳児並みに下がれば、日本の平均寿命はさらに伸びることは間違いありませんが、そんなことよりも、防ぐことができる事故で子どもたちが命を奪われることがない社会にしなければなりませんね。

ここまでの話で「日本人の平均寿命が世界一長いのは小児科医のおかげだって言っている人がいたけど、そんなわけないよね?」に対する回答が「日本の子どもの死亡率が低いことが、日本人の平均寿命を押し上げているのは事実だ」となった理由をお分かり頂けたでしょうか。
 
近畿大学病院小児科では「健康について知ってもらうことで、こどもたちの幸せと明るい未来を守れる社会を目指して」をコンセプトに、こどもの健康に関する情報を発信しています。これからもよろしくお願いします。

和田紀久

参考文献:
1)  厚生労働省2022年人口動態統計https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai22/dl/gaikyouR4.pdf
2)  厚生白書 https://www.mhlw.go.jp/toukei_hakusho/hakusho/kousei/1978/dl/04.pdf
3)  松本健太郎.“長寿大国日本” 今年も延びた平均寿命の本当の意味.日経ビジネス 2020年. https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00067/073100034/?P=3
4)  小林和正. 江戸時代農村住民の寿命. https://www.jstage.jst.go.jp/article/ase1911/65/1/65_1_32/_pdf
5)  中村安秀. 5歳未満児死亡率をきちんと公表しようWeb医事新報2022年https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=18917 
6)  阪井裕一. 1-4歳児死亡小票全国調査からみた原因不明で死亡した児の特徴
https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2010/103011/201018010A/201018010A0017.pdf
7)  原田 正文 先進国の中でも多い、日本の子どもの事故と事故死 『こころの子育てインターねっと関西』第26巻 第2号(2021年3月号) https://www.kosodatekki.com/kaihou/kaihou_202103_harada.pdf
8)  子供の事故防止に関する関係府省庁連絡会議 令和5年3月29日 消費者庁消費者安全課 子どもの不慮の事故の発生傾向 https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/27467e16-c442-413b-9cf2-07f6edb24e26/38926ebb/councilschild-safety-actions-review-meetings2023_03.pdf



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