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After7 夏桜

〇〇「お疲れ様」
遥香「…お疲れ様でした」

涙の跡を残したまま、遥香は笑う。
その表情は、この日のライブがどんなものだったかを表すのにぴったりだと思う。

山下美月卒業コンサート。
備えに備えて、満を持して、
ついに迎えた2days。
あっという間だった。
本当に。

〇〇「言えてよかったね」
遥香「…うん。2人にあれだけ言っておいて、自分が後悔してたらダメだから」

一月ほど前、配信番組の企画として行われた遥香と山さんの卒業旅行に同行した。
その際、遥香は素直にお互いに本音を語れなかった俺と山さんに、ちゃんと言葉にしでおけば…という後悔をしないでほしいと言った。
それはきっと、遥香自身が卒業を決めた山さんに言えなかった言葉があったから。そして、今日ステージでそれを言葉にする決意を、あの日すでに決めていたから。
俺が思うより、ずっとずっとこの子は備えてた。
この日、この時のために。
そして準備不足の俺に、あの旅行への同行を頼んでくれたんだろうなって。今になって分かる。

山下「なーにしてんの?」
〇〇「…月から帰ってきたにしては早かったですね」

本日の主役。
そしてつい先ほど、
アイドルという看板を下ろした人。

山下「意外に交通の便良かったよ笑」
〇〇「文明の進歩だなぁ笑」
賀喜「……」

遥香はただ静かに山さんを見つめてて、

山下「……」

それに気づいた山さんは両手を広げて、遥香を迎え入れた。何も言わず、遥香も山さんを抱きしめる。

言葉は尽くした。
沢山沢山、話した。
それでも足りない何かを埋めるみたいに、
2人はただ抱き合っていた。

山下「…正直、もっとボロ泣きしてるかと思った」

視線だけ、こちらに向けて、山さんが言う。

〇〇「そうですね…。期別のスピーチの時には結構めそめそしちゃいましたけど」

5期からは美空、4期からは遥香、3期からはりりさんが。それぞれ期を代表してスピーチを行った。
俺達だけじゃない、ここにいる皆がそれぞれの想いを持って、この日を迎えて。だからこそ溢れ出たものもあるけど、

〇〇「伝わって来ちゃうんですよ。リストから、構成から、言葉から。皆に楽しんでほしいって気持ちとか、乃木坂って素敵でしょ?って想いとか、ファンへの感謝とか」

卒業というイベントが、ただ寂しいことにならないように。最後の瞬間まで、アイドルとして、乃木坂46として、ファンを魅了し続けた。これから先も、ファンが乃木坂の未来を夢見れるように。これから先の山下美月に夢を見れるように。

〇〇「笑っていてほしいって。そんな貴女らしさが伝わるから。そう思うと、不思議と笑顔でいられました」
山下「そっか…」
賀喜「…美月さん」

スッと、離れた2人。遥香は山さんに頷く。
それを見て山さんは笑う。

山下「〇〇」

山さんは先程と同じ様に、今度は俺に向かって両手を広げた。
甘えてもいいのかもしれない。
けど、沢山、甘えてきたと思ってる。
助けられてきたと思ってる。

〇〇「よし!」

俺は山さんを抱き上げる。

山下「わっ笑」

高い高いの要領で持ち上げたまま、くるくる回る。なんの意味もない。
けど、何かを思って。
それこそ、言葉では足りない何かを思って。

目が回らない内にゆっくりと、山さんを下ろす。

〇〇「…ホント、華奢軽いんだから」
山下「いやー、流石にちょっとここ最近は痩せちゃったね」

そう言って笑う。
最後の最後までこの人の頑張り過ぎにはヒヤリとさせられる。

〇〇「月ではゆっくり過ごしてください。月の重力は地球の6分の1らしいので、負担も軽く済むでしょうし」
山下「そうなんだ笑」

そんないい加減な、テキトーな会話が、我々らしいかなって。そんな風に思う。

〇〇「さぁ、行きましょう。最近総括に遅れること多くて怒られるんでね」
山下「はいはい笑」

先頭をいく山さんに着いていこうと歩きだすと、後ろから袖を掴まれる。振り向くと、今にも泣き出しそうな遥香。もう殆ど反射的に俺は彼女を抱きしめる。あの日、セラミュの舞台で和が咲月へ感情を爆発させたみたいに、俺も感情が溢れてしまったんだと思う。

一瞬だけ、ぐっと力を込めて抱きしめ返してくる遥香。そしてすぐ、頷きと共に離れる。

遥香「…ありがとう」
〇〇「どういたしまして」

俺は遥香の手を引いて歩き出す。

山下「あ〜、ずるいんだ」

山さんは遥香の反対側に立って、俺の手を取る。

山下「かっきー、急ぐよ!」
賀喜「はい!笑」

2人は足早に俺を引っ張って歩き出す。その笑顔を見て、ここに来て良かったって改めて思う。

送り出せること。
見守れること。

そこに立ち会えること。
それを淋しく思うこと。

全部、良かった。
ありがとう。
次の季節には、貴女はここじゃない場所で咲いているんだろう。

〜〜〜〜〜〜

ライブ終了後、スタッフとメンバーで行う恒例の5本締め。ここしばらくは飛鳥ちゃんからその役目を引き継いだ山さんが行ってきた。
今日、この日から、その役を遥香が引き継いだ。
そうやって受け継がれてく。
想いや、願いや、夢や、希望。
乃木坂46という魂の系譜が。

〜〜〜〜〜〜

山下「今日のかっきーのスピーチから、〇〇の存在をひしひしと感じたよ」

5本締めを引き継いだ遥香に、皆が集まり声を掛ける中、山さんが隣にやってきて言う。

山下「卒業を伝えた日、かっきーはほんとに落ち込んじゃって…」

その時期の遥香は、周りから見てもはっきりと分かるくらい沈んでた。今日ステージで話したように、山さんに心配をかけてしまうくらいに。

山下「すぐ、時間作って話したんでしょ?」
〇〇「…はい。和がのぎのののMCやってる時に遥香がゲストに来てくれることになって。送迎させてくださいって頼みました」

顔を見るなり泣かれてしまって。
それだけ、追い詰められていたんだろな。

〇〇「何も返せてないっていう遥香に、任せて大丈夫。そう思われたんじゃないかって話しました」
山下「さすが、わかってるじゃん。…唯一無二のところとか、私にしかない良いところとかを持って自分なりにこれからもっと頑張る。だってよ」
〇〇「…絶対に誰も山下美月そのものにはなれないから、その真似できない部分を、自分なりに補う方法を考えなさい。そうすればそこから滲み出るものが、はみ出てくるものが、貴方がアイドルとして戦うための個性になる」
山下「…〇〇は私がアイドル賀喜遥香のきっかけとか、原点とか言ってくれるけど。〇〇も十分、アイドル賀喜遥香を構成する1人だよ」
〇〇「…こんなに嬉しいことはないですね」

そう言うと山さんは満面の笑みを浮かべる。

梅澤「山!主役がいつまで端っこいんの!?」
山下「はーい!じゃあ、行ってくるよ」
〇〇「はい、いってらっしゃい」

約3年ぶりに。
また一つ、3番目の風が乃木坂を吹き抜けていった。
青々とした夏の葉桜を舞い上げながら、広い広い世界へ、吹き抜けていった。



夏桜 END…



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ライナーノーツ

今回は避けて通れぬ山さん卒業コンサート。
楽曲は勿論夏桜。

不思議と、というか、らしいというか、晴れ晴れとした卒コンでしたね。めそめそと別れを惜しむより、笑ってまたねと言い合おうよとでも言うように。今までを名残惜しむだけじゃなくて、これからに期待してて。そんな風な声が聞こえてきます。

以前書いたことが現実とリンクすると、嬉しい気持ちになるのがこの手のジャンルと長編、連編のいい所でして、山さんに託されていくかっきーに感無量です。

良ければ山さんとかっきーメインの回だけでも、過去作をどうぞ。

卒業を発表した直後の山さんとのお話。



山さんの卒業の知らせを受けて葛藤するかっきー。
主人公の〇〇視点。


かっきー視点。


12thバスラを終えた舞台裏。


卒業旅行前後編。



4.55 moonlightで、もしあの時の冗談に乗ったいたら…なIFを少し妄想中。
どうしようかな。
そんな感じです。
よろしくお願いします。


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