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求めた向こうから

   北海道に遅い春がやって来た。
木々に新芽が宿り、街路樹達は冬を乗り越えた自信にみなぎっていた。
   あちらこちらの桜達が、薄ピンク色や濃いピンク色に染まり美人選手権をささやかに競い合っているようだった。
   空は幾分の灰色を混ぜたような水色を主としながらも、太陽の周りに水性の太筆で伸ばしたような白い雲たちがゆっくり行き交っていた。

   私は途方に暮れる寂しさの時間の中を過ごしていた。恋人が去り"当ての外れた"ひとりの時間を持て余していたが、ひたすらに感傷に浸っていた。
   先日、元恋人の家の近くまで行く機会があったのだが、もはやとうの昔の出来事のように「そんな事もあったよね」と、もうひとりの私は言えるのに、現実の私は涙を堪えていた。
   暇な心はろくな事を思考するようだ。
   「本当に理解をしていない」と、もうひとりの私は言っている。分かっていないようだ。
   私は必要とされたかったから不要となった今を
「そんな事もあったよね」と言えないで逃げているだけなんだろう。

   隣で運転する人はあくびを繰り返している。単純にセフレが欲しい人ではあるが、私が彼の求める関係には当てはまらない事をそれこそ理解している。
   前の恋人にしても愛などなかったかもしれない。私を享受するに容易いだけの話だったのかも知れない。ただそんなことより夕飯を共にし2人でシャワーを浴び、抱き合って眠れる関係であったからだ。寝ている人の本心が垣間見れる瞬間が幾度もあったから、愛の代わりを充分に与えて貰えただけの事だ。

   手を伸ばした先に永遠に続くものを望むとするならば、きっとそれは死なのだろう。
   その死をひとりでは迎えたくない。これが相当な自己中心的な願望だとしても、私はひとりで過ごしたくはない。
   
   私はこれから先も愛を求める。
   儚い夢で終わるかも知れないし、私自身脳みそがおかしくなって愛を履き違えるのかも知れない。
   
   買い物帰りに通る道すがら、ゴミ屋敷化している一軒家がある。家中の窓となる所に段ボールやら何なら高く積まれており太陽の光をこれでもかと避けているようだ。庭先には花や雑草ではなくあらゆる不用品で埋め尽くされている。
   そんな庭から大きな桜が歩道と車道に枝を伸ばし薄桃色の花を見事なほど咲かせている。
   見上げるとちょっとした桜のトンネルである。
   
   寂しさは、どのように受け入れて生きていけば良いのだろうか。
   その家のように傍目から見れば酷い惨状でも、目を見張る美しさもある。
    私を愛してくれる人を求め、老いるその向こう側でも傍にいてくれると切望しながら、足掻くのもまた、美しいのかも知れない。

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