薔薇(詩)

 友人の妻は私と肩を組みながら、春の夜道を2人きりで歩く。「肩組んで歩こうよ!」「おしいいぞ!」、こうして肩を組んでみるととても歩きにくい。
「君身長何センチ?」
「150cmだけど」
「かー、ちっちぇえー」
 どうりで歩きにくい。あまりに肩の位置が違いすぎて私はほぼ中腰である。
「まー、でも〇〇はさ、良い女だから。あたしの中ではあなたと〇〇のカップリングは推しカップリングだから頑張ってよ」
「うん、ありがとう」
 彼女のエールを素直に受け取る。先ほどまで彼女は双極性障害の症状なのか、薬の作用なのか、妙なテンションで演説をしていたのである。宇宙がうんぬんかんぬん、ハイデガーは良いヤツでどうたらこうたら。そして今、うってかわって私に真摯に語りかける。いや、彼女はどちらの状態でもいたって真面目なのだ。旦那に赤ちゃんのお守りを任せて、私を駅まで送ると飛び出したとき、彼女は家まで1人で帰れるのだろうかと心配になったのだが、それこそ私は人間というものを知らなすぎるのではないか。彼女にまったく不完全なところなどなく、心配や杞憂は私の認知の脆弱さから生まれているのだ。
 「あんた花でも買ってきなさいよ。私がチューリップあげた時あの娘すごい喜んでたよ」
「それはいいね、買ってあげたい!」
ちょうど道の突き当たりに小さな花屋を見つけ、中に入る。30代半ばぐらいの人の良さそうな男がレジでせっせと作業をしている。
「すいません、薔薇を一輪ください!」
「母の日用ですか?」
「いえ、恋人に贈る用に!めっちゃ愛してますって感じでお願いします!」
 ありがとうございましたと言う声を背に店を出る。
「えー、薔薇買ったんだー!いいねー!」
「渡すなら薔薇でしょ!はじめて買ったけど立派なもんだね、作り物みたい」
「えーちょっともたせてー」
薔薇の花をまじまじと眺める友人の妻。
「はたから見ると私がもらったみたいに見えるね!」
そう言って笑いながら私に薔薇の花を返す。もう駅の前まで来ている。京王線の改札で私は慣れない薔薇をトートバッグから覗かせ、彼女に手を振る。
「じゃあ、旦那公認の彼氏とやらによろしくー!」
「今度見せるよー!そっちも〇〇をよろしくねー!」
そう言ってすぐに彼女は無表情に歩き去っていく。はじめてまじかで見る薔薇は見たこともないような真紅で、質感はまるで上等なシルクのようである。私たち2人はまるではじめて、愛というものを目撃した怪物のように不思議そうにそれを眺めていたのであった。
 

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