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眞人が涙した箇所は?『君たちはどう生きるか』

今年の夏、ジブリ映画『君たちはどう生きるか』が全国公開されました。
1937年に出された同名小説、吉野源三郎さんの『君たちはどう生きるか』とは全く異なる内容だったので、小説を読んでなくても十分に楽しめる物語になっていました。

私は、以前よりその小説を知っていましたし、有名であることも承知でした。しかし、私の悪い癖です、天邪鬼を発揮して、その道徳性の強いタイトルゆえ読むのを避けていました。

今回、それでも読もうと思ったのは、映画の中にこの小説が登場していたからです。

主人公の眞人がおそらく弓矢を作っている場面だったでしょうか。机上に積まれていた書物を倒してしまったかで、偶然亡き母が『眞人に』と宛てたメッセージが書かれた本を見つけます。眞人は早速本を開くと、シーンは飛んで、ぼろぼろと涙を流して読む眞人の顔がアップされます。

私はなぜ眞人はこうも心を打たれているのか知りたくなりました。

Amazonで文庫版の『君たちはどう生きるか』を購入して、通勤とnoteの合間にちょこちょこ読み進めていきました。

あらかじめ小説を読んだ方なら、一瞬本のページに涙が落ちるシーンがあったので、どの文章でそう眞人が涙を流すのかわかったかもしれませんね。ですが、私はそのシーンにどんな文章が映ったかも記憶できませんでした。『眞人が泣いていたところはどこだろう?』と考えながら読むしかありませんでした。

小説の内容は、父を亡くした中学生のコペル君の身の回りの出来事や、彼とその叔父さんとの哲学的なやりとりを通して、人間として大切なことを読者に伝えようとするものでした。読んだ後、心がジーンと熱を持って、私も強く優しい人間になりたいと思いました。

はじめに『ここが眞人が泣いたところではないか?』と思ったのが、コペル君が親友たちとの誓いを破ったシーンです。
上級生がコペル君の友達に突っ掛かり、

「仲間は出てこい!」

と周囲に呼びかけるのです。
コペル君はさっきまで友達と一緒にはしゃいで遊んでいたのに、名乗りを上げませんでした。

その事件の前、コペル君たちは『友達が上級生に言いがかりをつけられた時、友達を守るために自分たちも一緒に出よう、そういう覚悟を持とう』と、仲間同士で確認し、結束を固くしていたのです。

最後まで表に立てなかったのはコペル君一人だけでした。ほかの友達はより結束を固くして、友達は自分達だけだったかのように支え合って去っていきました。

不甲斐ない自分、情けない自分、仲間を裏切った自分。コペル君は以降自分の過ちに苦しんで寝込んでしまいます。

映画の眞人は、それを読んだ時、自分で自分を傷つけ、体調を崩して床に就いた後でした。
ですから私は、眞人は自分の卑怯な行いと、コペル君の罪の意識にさいなまれる気持ちに強く共感して泣いたのかしらと思いました。

しかし、読み進めていくと、もっと『ここではないか?』と思うシーンが出てきました。
コペル君のお母さんが、自身の体験を優しく語り聞かせるシーンです。

その場面の前に、寝込んだコペル君は事件の顛末をはじめて叔父さんに話していました。『許してくれないなら、謝らなくってもいいや』と不貞腐れるコペル君に、優しい叔父さんが珍しく叱責します。以下は要約しました。

『そもそも約束を破ったのはコペル君だ。仲間たちからどう言われたって文句は言えないはずだ。許してもらえる・もらえないではなく、勇気を出して、今すべきこと(心からの謝罪)をするしかないんじゃないかい?』

コペル君は謝罪の手紙を書いて送りました。お母さんは、コペル君が首を長くしてその手紙の返事を待つ間に『叔父さんから聞いた』とは言わずに、自分のある出来事を話し出します。

『当時女学生だった私は、神社の長い石階段で、先を歩くおばあさんにいつ手を貸そうか、今か今かと勇気を出しあぐねていたのね。ついには、おばあさんに追いついてしまって、手を貸せないまま二人一緒に頂上まで来てしまったの。おばあさんは特に何も思っていない様子だったけど、お母さんはこの時の事をいろんな感情とともに思い出すの』

こんな内容だったかと思います。お母さんの話を聞く中で、私にも同様な経験があることに気が付きました。
その話はまたの機会にしまして、ここで眞人にとって重要なのは内容ではなく、コペル君に優しく語って寄り添うお母さんの姿だと感じました。

もし、お母さんが生きていたら、自分の今の出来事に対してどう言ってくれるだろう。お母さんがいたら今の自分をどう受け止めてくれるだろう。
眞人はそんなことを想像してしまって、涙が止まらなくなってしまったんじゃないかと思いました。

果たして眞人は小説のどこで涙したのでしょう?

ここにきて小説の内容ではない気がしてきました。

『君たちはどう生きるか』を自分にと送ってくれたお母さんの想いに感動したのでしょうか。
自分が強く生きていけるように、本に託したお母さんの想いに胸を打たれたのでしょうか。

ヒミとして異世界で会った記憶が消えてしまったとしても、お母さんは自らの死を予感していたのかもしれませんね。

次に映画を観る機会があったら確かめてみたいと思います。


著者のあとがきや、著者の友人が著書に寄せた文章が秀逸で、私がこの本の何が素晴らしいかを語らずともよいかと思います。

小説は第二次世界大戦に突入していく、ピリついた日本で書かれたようです。そのことが信じられないくらい先進的な考えが多かったです。著者は、未来のある子どもに、この混乱と格差の大きい社会で何を大事にして生きればいいのか、そのヒントを至るところに散りばめていました。

軍国主義の最中、人としてどうあるべきかという普遍的なテーマをどんなに気を付けて執筆されたか、想像に難くありません。
令和でも差別の問題は消えていません。また、持つ者と持たざる者の隔たりは相変わらず存在します。『君たちはどう生きるか』はそういったトピックを見つめ直す時にも、忘れてはいけない視座を思い出させてくれるでしょう。

小学生には難しい表現が見られますが、話はわかりやすく書かれています。子どもから大人まで読める良作だと感じたので、まだ読んでいらっしゃらない方がいたらぜひ! 一読してみてください。

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