伝説の剣

 木こりの男は、先代である老齢の親父を仕事にいかせて今日も、ぐうたらのんべんだらりと、自室に籠っていた。ネットもテレビもないファンタジー世界だというのに、ただ寝ていた。
 太々しい、三段腹をぼりぼり掻いて、怠惰を体現し、ひたすら天井の木目を観察していた。変わり映えしない木目を、狂いを帯びた眼で。
 そろそろ腹の虫が泣き出し、それに応じ、父親の干し肉を鍋につっこみ汲んであった水を流しいれて火をおこしたところで、老齢の親父が帰ってきた。当然、自身の干し肉を勝手に使用されている事実を確認し、忿懣と焦燥に満ちた顔面で睨みつけた。
「いい加減、仕事へ行け。老い先短いワシの脳髄は爆発しそうだ」
「物騒だな。腹減りなんだから仕方ないだろ」
 次の瞬間、老齢の親父が斧を振り落とす。
 木こりの男の直ぐとなりの床を抉った。
「床、後で直しておけよ、親父」
「度胸だけは一人前だなニート息子よ。次は、脳天かち割ってやるぞ。なんせ、ここはファンタジー世界。警察なんかおらん。モンスターにでもやられたと言えば、それで終わりだぞ!」
 流石に老齢の親父の本気に気圧されたのか、ため息交じりで斧を手にして家をでる木こりの男。
 陰鬱なだけの木洩れ日。
 どうしようもない憂鬱さの獣道をいく。あきらかに毒キノコがぷるぷる生えて、久しぶりの外出をお出迎え。
 木こりの男は森が嫌いだった。ずっと、嫌いだった。
「俺も街の豪商の家に生まれていればな」
 ため息交じりに独り言ちた。ただで帰れば、老齢の親父が何をするか分からないので、仕事場までなんとか歩いていく。
 少し開けた場所に、切りそろえられた丸太があった。親父の仕事だろう。
(もう帰りたいわ、とりあえず休憩だな)
 甲高い鳥の鳴き声が響き渡る。
 その声の方角をみると、青い鳥が、行ったことのない方へ羽ばたいていく。木こりの男は不思議と興味を引かれて、森の奥へと歩みを進めていく。
 運動不足で息が上がり、上着の裾からでっぷり三段腹が見え隠れする。
 つい、膝をついたところで、
 スポットライトのような陽光が、岩に突き刺さった大剣を照らす。
「なんだアレは」
 よく見ると、柄の部分に青く輝く宝石が埋め込まれていた。
(思えば、親父には苦労をかけた。アレを引き抜いて売りさばけば、それなりの金額になるだろう)
 珍しく利他的な動機で、木こりの男はしっかりと両手で握り、渾身の力をこめると、あっさり、引き抜けた。
 無為無臭の日々に思わぬ事件で、喜び小躍りし、剣をかついで森から自宅の山小屋に帰って開口一番。
「親父。街に行ってくるよ。これを見ろよ。いい金になる」
「どこで拾ってきた。まったく。金になったからといって、無駄遣いして、すってんてんになるなよ!」
「分かってるよ」
 木こりの男はそう言って、城下町へ出発する。
 しかし、城下町まで到着すると、
 煙をあげ崩れ去った建造物と、夥しい死体が転がっていた。
 恐れおののいていると、血まみれで足取りの弱りきった騎士が目を輝かせて近づいてくる。
「そ、それは、伝説の剣! 選ばれし勇者のみが、引き抜くこと許される、魔王を滅ぼす強大な力を秘めた、伝説の剣じゃないか! これでもう大丈夫だ。随分、肥えた勇者だが、この際、贅沢は言ってられない! どうか、どうか、王の待つ城まで来てはくれませんか。勇者様! 町を破壊した魔王の討伐お願い致します! 勇者様!」
 木こりの男は、
 自分が糞デブ屑ニートであることを、断然、思い出した。そんな自分が、魔王の討伐だなんて出来るわけがないと、結論に至った。
 脳をフル回転し、
 伝説の剣を騎士に投げつけて、
 走った。
 脂肪が揺れた。
 なんだか面白くなってきた。無駄に長い髪が風になびき、夕間暮れの赤い空にカラスが何羽も羽ばたいて、カー、カー、鳴いていた。
 いつになく走り続けて、後ろを振り返っても、あの騎士は追ってこなかったのだ。
 安心して息も絶え絶えになりながら、自宅に到着すると、玄関扉が吹き飛ばされていた。木こりの男が中にはいると、老齢の親父の脳天が真っ二つになっていた。おそらく、魔王軍の仕業だが、面倒くささのほうが勝利した。
 親父の死体を引きずり出し、庭に適当に穴を掘って埋めた。
 何かが終わった気がしたが、とりあえず、倉庫から玄関扉の予備をもってきて、修理すると鍵を二つ閉めた。
 落ち着こうと、茶を入れて自室に戻った。
 天井の木目の観察を再開。
 きっと、伝説の剣はあの騎士が使うだろうと、思うこととした。
 親父の死は運命であると受け入れ、あまりにも眠く、眠気が木こりの男を襲った。それを受け入れ、落ちることにした。
 が、眠りを妨げる爆音と共に、あの、伝説の剣が壁という壁を突き破って、床に突き刺さった。
 と、同時に、明らかに金属の鎧の足音が大量に近づいてくる。
 屹度、王立軍の連中に違いない。
 木こりの男は、思い切って窓から、ガラスを割って脱出した。
 剣が追ってくることはともかく、王立軍に協力して、魔王討伐などまっぴら御免であった。それだけを心の支えに走るしかなかったのだ。
 黒い雲流れる月下の森を、糞デブ屑ニートはひたすら走り続けた。そのすぐ後ろを、伝説の剣がミサイルのように飛び、追い続ける。
 それはどこまでも続く、果てしない、終わりのない逃走の始まりだった。

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