あ、

 時計を見ると、夜9時11分。 
 駅前のロータリーには、バスとタクシー、帰りを急ぐ人が行きかう。
 背広を着た青年は何か、低い轟音を感じとった。空を見上げると、雲一つなく輪郭がくっきりとした満月が光り輝いていた。手には、夕食の牛丼がはいったビニール袋があった。
 バスに並ぼうと歩きだすと、また低い轟音が、今度は少し強く鳴り響く。青年は気にせず時刻表を確認していると、周辺の人々が空に向かってスマホを向けたり、見上げたまま硬直している。
 青年は家で待つ彼女に電話をかける。
「あ、どうしてた? 今から帰るからさ。ちょっと遅くなったけど、明日休みだからさ。うん。うん? 変な音? あー、確かに。ま、もうすぐ帰るからね、じゃあ」
 青年は通話を終えると、ふと、空を見上げた。
 満月が、消えていた。
 轟音は、青年の音の世界を支配し、内臓が震え、地面は揺れる。たまらず転倒した。尻餅をつき、一息吐いて、改めて空を見る。
「あ、あ? え、い、隕石」
 それは、終わりが見えないほど広大で、『塊』が夜空にあった。
 駅に逃げるか。
 バスに乗り込むか。
 地下駐輪場に走るか。青年は走ることにした。同じ判断した人々と競うようにして、人の波に呑み込まれるように逃げ込んでいく。
 太い柱の傍で屈む。
「あ、え?」
 太い柱が、ミシミシと音を立てている。不安を煽られ、心臓が捻られるような動揺が上昇曲線に乗って、振り切った。
 その時、天井が床を突き破る勢いで落下し、瓦礫が雪崩れ込み、電気が音をたて消えた。
 青年が気がつくと、まったく身動きがとれなくなっていた。動くのは指と、眼球だけになっていた。どうにかして抜け出そうと、体勢を変え始めた
 次の瞬間。
「あ、駄目だ―――」
 猛烈な圧力を耳と、頭部に感じたところで青年の意識が消し飛んだ。
 最後に感じとった音は、自身の頭蓋骨が割れ、粉砕される音だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?