田園

 夏草が生い茂るままに立ち枯れるほどの、激しい日光が降り注いでいた。森の木々の瑞々しい緑の葉に、陽光が反射している。
 青々とした田園、黄金の稲穂が風になびき、その中でロボットが農作業をしていた。窒素を中心に、リン酸、カリをバランス良く含んだ穂肥を、畦から散布している。
 丸みを帯びた人型のロボットは、全身が淡いブルーで、淡々と作業をつづけて、時々、管理用のドローンと通信していた。
 その様子を、青年が実家の縁側で、麦茶を口にしながら見ていた。
 家は、しんと静まりかえっていた。廊下も、柱も、ところどころ傷んでおり隙間風がふいていた。
「この家も建て壊しか、ま、仕方ないか」
 青年が振り返ると、居間の仏壇が目に入った。
 小さな祖父母の遺影が仲良く並んでいる。ひと呼吸おき、紙袋に次々と写真をいれ、段ボールに荷物を纏めていく。
 田園で農作業をしていたロボットたちが、仕事が一段落して、その場で停止した。それは、カカシのように素朴で不格好、一瞬、不気味ですらあった。正午を超えて、日差しは益々つよくなり、青年は片付けの作業をもくもくとつづけていた。
 夕陽が、山々へ、生い茂る針葉樹の森に落ちていく。虫の音が涼しい夕風に紛れ響きわたり、青年が運転する車のエンジン音がそれに重なる。
 車は出発し、実家を離れていく。
 夕闇に平屋建ての実家が沈み、木々の回廊を走り、ヘッドライトのハイビームが車道を照らす。
 その時、ロボットが乗車する軽トラックが対向車線にあらわれ、青年はつい、目がいった。
(それにしても、人間に会わないな。田舎だからこんなもんか)
 青年は夕食を済ませようと、最寄りのコンビニに寄ることにした。
 当然の様に無人で、ポンポンとカゴにサンドイッチや菓子パン、飲料をいれていく。青年以外に客の姿はなく、地元で採れた野菜も販売されており、広々とした店内は静まり返っていた。
 退店し、広い駐車場に停められた自分の車に乗り込み、軽めの夕食をとる。目線の先に、田園が拡がっている。
 夜の風に稲穂がなびき、月の光りで僅かにその姿が辛うじて確認できる。白のワゴン車が青年の車のよこに停車した。
「おー、帰ってたのか。いや、もう帰るのか」
 野菜生産会社を運営している同級生の男が、サイドウィンドゥをさげて、話しかけてきた。
「帰るよ。明日も仕事だからな。それにしても、この町もロボットだらけだ。お前がはじめて会った人間だよ」
「そりゃそうさ。俺も、この町には住んでないしな。でも、静かでいいぞ。人間がいないほうが、色々と楽だぞ」
「そうか」
 近況や、昔話をひとしきりして、二人は別れた。
 青年が運転する車が、田園から、故郷から離れていく。
 幾ばくかの寂しさも、帰りの高速道路で自動運転に切り替えたところで、眠気に霧散していった。
 夢の世界は、
 どこまでも雲一つない青空が広がり、かつてあった小学校の校庭で、生徒たちがドッチボールを楽しんでいる。それを、小柄で丸眼鏡の校長先生が見守っている。
 場面が移り変わり、家族で川遊びをしている光景や、祖母と母親が料理をつくっている後ろ姿。実家の裏手の森林で、父親とカブトムシを捕まえて、縁側で歩かせて、少年時代の青年はそれを夢中で観察している。
 それからは認識不能なほど矢継ぎ早に、場面が変わってその最後。
 田園がどこまでも広がっている。
 青々とした絨毯が風でうねる。
 くちばしが黄色く先が黒い、目は赤く、黄色いアイリングのある、鳬(けり)が「ケリケリ」と鳴きながら飛んでいる。
 そこで夢は終わった。
 そして、そこはもう青年の住む大都会が視界にはいっていた。高層ビルの光りが、車のテールランプが、煌めいて溢れている。
「もう、帰ってきたんだな」
 青年はそう言うと、自動運転に身を任せて、再び目を閉じた。
 

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