【映像シナリオ】華子の一歩

あらすじ

 片岡蓮(亨年64) は遅咲きの知る人ぞ知る劇作家であった。癌との5年に及ぶ闘病の末、再発治療をした病院で家族の到着を前に逝った。
 娘の華子(26) は作家志望だが父親へのコンプレックスもあり、身内にも本心を語れず、しがないフリーライターに甘んじていた。長兄のテレビディレクター、次兄の弁護士の影で、自分の取り柄は性格の明るさだけだと思っている。
 父の死に接しても悲しみを内に秘め、自由に生きた父の最後を形式にとらわれずに見送りたい、その一心で動いている。お義理ではない人たちが弔問し、ひとり一人が各々のやり方で別れ、父親への思いを語る言葉に耳を傾ける華子。父親は二度と起き上がってその姿を見せてはくれないのに、通夜の席では誰よりも雄弁であった。死して残された者の中に生き続けるということを目の当たりにする華子。作家として、表現者として、それほどまでに人の心を揺さぶることが出来るのだろうか。自分にその資格があるのだろうか。華子がそう問いたいときに答えてくれるはずの父親はもういない。
 予想外に楽しい通夜、宴が過ぎ、家族だけが残された深夜。長兄の次兄に対する嫉妬心、心の内をはじめて聞き、書くことで誰かを助けること、力になることができるかもしれない、できるのは自分だと少し自信を取り戻す華子。寒空に舞う弔問客の拍手は父の人生の幕が降りたことへの感謝の思いで溢れていた。
 そんな人生の最後を自分も送れる日が来るのだろうか、華子の作家への道はいまはじまる。

【登場人物】
片岡華子(26)フリーライター
片岡太郎(33)華子の長兄・テレビ制作者
片岡次郎(30)華子の次兄・弁護士
杉山晃一(26)華子の友人・編集者
片岡豊美(61)華子の母
片岡由希(24)華子の義姉・太郎の妻
片岡亮也(4)華子の甥・太郎の息子
片岡蓮(亨年64)華子の父・遺体と声のみ
片岡哲夫(60)華子の叔父・蓮の弟
矢崎洋子(56)蓮の劇団俳優
小田切誠(20)蓮のファン
新井祐子(41)華子の従姉・豊美の姪
新井郁子(38)華子の従姉・豊美の姪
片岡英子(59)華子の義叔母・哲夫の妻
金井智子(26)華子の友人
佐々木梢(27)華子の友人
相模泰司(44)次郎の上司
横倉恭介(31)次郎の同僚
葬儀屋(53)
駅員(34) 

①大阪みどり病院ICU・中
管につながれベッドに横たわる片岡蓮(64)の周囲に、片岡豊美(61)、片岡華子(26)、片岡次郎(30)がうなだれている。そこへ、看護師に促され部屋へ入る片岡太郎(33)。

太郎「ま、まじかよ」

と言って、ベッドに近付き、蓮の体を揺さぶりながら大きな声で叫ぶ。

太郎「何で、何でだよー、おやじー、おい、起きろよー」

次郎、後ろから太郎の手を止める。

次郎「兄貴、やめろよ」

豊美、タガが外れたように、泣き崩れる。

豊美「あんたーっ」

華子も続いて、

華子「お父さーん」

蓮の口元が一瞬にっと動く。太郎、その様子を見逃さず、

太郎「おい、聞こえてる、聞こえてるぞー。次郎も親父に何か言ってやれよ」
次郎「いや、無理やり動かされているだけだから。家族全員揃ったら電源切ってご臨終にって、さっき担当医が」
太郎「おまえなー。理屈の上にへが付くのは仕事だけにしとけ」

険悪そうになりそうな太郎と次郎の間に分け入る華子、唐突にしんみりと唄い出す。

華子「♬何もいらないー、俺の手を握りー、涙の滴二つ以上こぼせー」

と、華子、豊美の手をとり蓮の手を握らせる。顔を上げ華子を見る豊美。

華子「(唄って)おまえのおかげでー、いい人生だったとー、俺が言うからー、必ず言うからー」

豊美、涙声がひときわ大きくなり、蓮の顔に自分の涙をべたべたとつける。
太郎、床に座り込み放心状態。

太郎「(呟くように)汚えよ。そんな風に仏さんになっちまったら、俺、親父のこと、一生追い越せねえじゃねえか……」

拳で床を叩く太郎に、華子の唄声が響く。

華子の声「わーすれてーくれるなー、俺の愛するー」

蓮の表情が和らぐように見える。

②同・外観(夜)
街中の病院。大阪みどり病院の看板。雨が降っている。

③同・霊安室(夜)
死化粧した蓮を前にため息をつく華子。そこへ、片岡由希(24)が入ってくる。

由希「華子さん、代わりますよ」
華子「あれ、お兄ちゃんは?」

由希、線香を立て、手を合わせた後、華子の隣に座って、

由希「哲おじさんと飲んで」

と、肘を曲げ寝るポーズをとる。

華子「えー、ちゃんと話しといてくれなきゃ困るのにー、大丈夫かなー?」
由希「東京でするみたいですよ」

華子、眉間に皺を寄せ、一瞬遺体の蓮に目をやって、

華子「持ってけんの?」

由希、首を傾げながら、

由希「さあ?」
華子「おじさんや親戚はみんな関西なんだから、こっちでするもんだと思ってた」
由希「ええ。でも太郎さん、家に返してあげたいからって。お義父さん自慢の……」

華子、意外だという顔で、

華子「ふーん。ま、売れない劇作家が晩年花開いて建てた家ではあるけどさ、自慢できるような豪邸でもないのに」

と言って立ち上がり、蓮の顔を見つめ、手を合わせる。華子、由希の方を向いて、

華子「じゃ由希ちゃん、あとお願いするね。疲れているとこ悪いけど。次郎兄ちゃん、すぐ来ると思うし」

由希、頷いて華子を見送る。

④大阪プリンセスホテル・外観(朝)
15階建てのホテル。建物に付く看板には「大阪プリンセスホテル」とある。曇天。

⑤同・カフェラウンジ(朝)
華やかな装いの20代女性数名のグループが行き交う様子を目で追う華子。
テーブルに、華子、太郎、豊美、片岡哲夫(60)が座っている。
華子、ひとりごとをつぶやくように、

華子「結婚式かなー。生と死ってほんと隣合せだよね。お父さんが死んじゃったなんてまだ信じられない。再発した癌もきれいにとれたからって連絡あったばかりだったのに」

携帯電話の画面に目を落としながら太郎が華子に、

太郎「お前、間に合ったんだろ?」

と、不服そうに告げる。

華子「うーん、間に合ったって言うのかな? 一番早かったのは哲おじちゃんでしょ?」

華子の向かいに座る哲夫、

哲夫「せやけど、ほとんど意識はなかったで」

豊美、哲夫に向って頭を下げる。

豊美「哲ちゃん、ありがとう。ずっと手え握ってくれてたんやてな。看護師さんから聞いたわ」

華子も頷きながら哲夫をみる。太郎、おもしろくなさそうに周囲を見渡す。と、次郎が新聞を数紙手にしてやってきて、テーブルにさっと置く。

次郎「どれも一面に出てるよ」
華子「えーっ」

と言って新聞を手にとる。新聞の左下、蓮の顔写真と訃報記事が掲載されている。

華子「うわっ、本当だ。しかも三段抜き。いやー、これ記事書いてくれた人、頑張ったねー」
哲夫「どういう意味やねん?」
華子「だって一介の劇作家だよ。紫綬褒章でももらってれば別だけど。普通は一面にこんなに割いてくれないよ」

横から記事を覗き見する豊美、驚いてその下の新聞の小さな訃報記事を指し、

豊美「ねえ華子、そのジャパンタケダって人、ものすごく有名なのにお父さんより小さいじゃない」
哲夫「ほんまやなー、兄貴、貧乏した甲斐あったなー」

太郎むっとして、

太郎「死んでから持ちあげられたって遅いよ」

と、華子の手から新聞を取り上げる。

太郎「それに何でもう知れ渡ってんだよ。俺も業界人だからえらそうに言えねえけど、マスコミの人間ってハイエナみてえだな」
次郎「それを言うならライオンだろ」
太郎「は?」
華子「あ、それ聞いたことある。実はハイエナが捕まえた獲物を横取りするのがライオンの方なんだって」
次郎「見かけが良くないからハイエナが悪物にされるけど。冤罪が生まれる原因と一緒だよ」
哲夫「はー、弁護士はちゃうなー、ここが」

と言って、哲夫、指で頭を指す。

太郎「ったく、話どこ持ってくんだよ、次郎。俺が言いたいのはなー、ま、いーやもうっ」
華子「いいの?」
太郎「よくない。住所まで載ってよー。密葬ってわけにはいかなくなるだろ。テレビカメラが来てインタビューでもされたら俺切れるぞ」
哲夫「あほかっ、太郎」

華子、頷く。

哲夫「息子より弟の俺が先やろ、マイク向けられんのは」

華子、ため息ついて頭を抱える。太郎苦笑い。

⑥伊丹空港・搭乗ロビー
太郎、華子、次郎、豊美、由希、亮也(4)が、搭乗口に向って歩いている。

亮也「じーじは? ねえママ、じーじの箱は?」

由希に手をひかれた亮也の頭を撫でる太郎。

由希「大丈夫、じーじも一緒の飛行機に乗るからね」

華子、ため息をつきながら、

華子「遺体って貨物になるんだなんて、ま、そうだけど、なんかなんかだよね?」

と隣の豊美に話しかけるが、豊美は答えず疲れ顔。

⑦飛行中の航空機・機内
満席の機内。二人席側、前から、太郎と由希、豊美と次郎が並んで座り、寝ている。三列目の窓側の亮也、いねむりしかかる隣席の華子にしゃべり続けている。

亮也「華ちゃん、見て見て。おうちがちっちゃいよー」

細くなる目を無理やり開ける華子。

華子「本当だね、亮ちゃん。(ひとり言で)あーあ、子どもはいーな、何もわかんなくて」

嬉しそうにきゃっきゃしている亮也を見つめる華子、蓮の声が被る。

蓮の声「悲しみに打ちひしがれる大人たちをよそに亮也が無邪気に笑うんだよ。遺体の俺を指差して『じーじ、じーじ』って。それが余計に周囲の涙を誘うんだよなー」

思い出し苦笑いを浮かべる華子に亮也が不思議そうに、

亮也「どしたの?」
華子「(首を振って)ううん、何でもない。亮ちゃん飛行機乗るのはじめてだっけ?」
亮也「うん。たくまは乗ったことあるよ」
華子「そうか、じゃ、保育園行ったら『僕も乗ったよー』ってお話できるね」
亮也「うん! まなみちゃんにも言う」

華子、にやっと笑いながら、窓の外を指差し、

華子「うわー、雲がいっぱいだね、亮ちゃん。じーじもどこかに隠れてるかもよ」
亮也「え、どこ?」

と再び窓の外に目をやる亮也。

⑧片岡家・全景
二階建ての一軒家。庭に寒椿が咲く。通夜・葬儀用の準備をしている人が数
人、白黒の幕を張ったり、簡易テントを建てたり忙しく動いている。届いた花輪に差してある送り主が記された札を一つ一つ抜いて歩く華子。それを見ていた杉山晃一(26)が、

杉山「何してんの?」
華子「あ、これ? 付き合いもなかったのに迷惑だもん」

札の名を杉山に見せる華子。

華子「忘れ去られた俳優に、俗物プロデューサーなんて。有難くお花は頂戴しておくんだから、いいっしょ」

杉山、苦笑して頷く。

華子、集めた札を庭の隅に投げ置く。

⑨同・居間
葬儀屋(53)がパンフレットを拡げて、太郎、次郎、豊美を前に、葬儀費用について説明している。

豊美「あ、それいらない。祭壇もいいわ、うち狭いから」
太郎「お母さん、そんなこと言ったら葬儀屋さん困るだろ」
豊美「だってお父さん、葬式なんかするなって言ってたのよ。あんたが勝手に呼ぶから」

葬儀屋、作り笑顔を向けて、

葬儀屋「ま、結構ですよ。昨今は簡素化してきていますし。ただ、いまは布団に寝かされた状態ですが、手足をそのまま運んで霊柩車へというわけにもいきませんし、出棺前に棺はご用意された方がいいかと……」

葬儀屋、棺のページの写真を見せる。松50万円、竹30万円、梅10万円と、棺の木目、無地や彫りにより異なっている。

豊美「うわ、高い。梅でいいわ」
太郎「親父の最期だぜ、母さん。もう少し格好つけようよ。(葬儀屋に)竹でお願いしま」

と言いかけた太郎を手で制し、やりとりを黙って聞いていた次郎が割って入
る。

次郎「松にしてください」
太郎「おまっ」
次郎「兄ちゃん、金は俺が出すから」

にっこり頭を下げる葬儀屋。豊美、口籠ってぶつぶつと小さな声で、

豊美「もったいない。棺なんて食べられる物でもないのに……」

太郎、ひじで豊美を小突く。と、突然思い出したように豊美が大き
な声で、

豊美「あー、キムチが腐るー!」

太郎、次郎、葬儀屋、驚いた顔で一斉に豊美を見る。

⑩同・勝手口・外
ビニールシートの上に置かれた大きなたらい。その中には塩漬けされた白菜
が10株ほどある。ボールの中のキムチ漬け用の調味料を手際よくぬりつける豊美。周りで感心して見ている手伝いの女性たち数名。勝手口のドアが開き、華子が顔を出す。

華子「やだ、お母さん、何やってんの?」
豊美「検査入院で病院行ったから、退院の時にって塩漬けしてたのをすっかり忘れてたのよ」

華子、手伝いの中に矢崎洋子(56)を見つけ、

華子「やだ、洋子さんにまでさせてんのー。ちょっとお母さん、もういいじゃない。仕出しで全部済ませちゃえば」

華子に応えず、一心不乱に作業を続ける豊美。呆れた顔の華子が口を開けて何か言いはじめようとすると、洋子が制するように、

洋子「華子ちゃん」

と言って目で豊美の方を指す。豊美、涙をこらえ、口をへの字にしている。

洋子「蓮さん、ママのキムチよく自慢してたから、直に習えるなんて嬉しいわ」
華子「でも、通夜の準備中にすることじゃ……」

豊美、華子の方は見ず、大きな声で、

豊美「食べてもらうの! 来た人に食べてもらうんだから、お父さんが食べられなかった分まで」

その場にいる人たち、静まり返る。

⑪同・居間
筆ペンで文字を書き終え、用紙を見つめ腕組をする太郎。用紙には、片岡蓮・片岡照男・安成和、と書かれてあり、それぞれの名前の所をチェックしながら呟く太郎。

太郎「カタオカテルオ。これはもう役所でしか使ってなかったしな、バツと」

電話のベルが鳴る。

太郎「アン・ソンファ、これも俺ら3世がほとんどだし、親戚から何か言われることもないだろ」

ベルが鳴り続ける。

太郎「おーい、華子ー、由希ー、誰か電話とってくれよー」

開いている居間の出入口から杉山が顔を出す。

杉山「僕、出ましょうか?」
太郎「あ、誰だったけ?」
杉山「華子さんの」
太郎「(遮って)彼氏か」
杉山「あ、いや、僕は、あの、まだ、そんな、編集者としてお付き合いさせて頂いているだけで……」
太郎「何でもいいから、じゃ、早く出て」

杉山、慌てて向き直り電話に出る。太郎、紙に目をやって、

太郎「親父が在日だってこと知らない人もいるしな。バツだな。やっぱペンネームのカタオカレンでいくか、案内看板も。葬儀屋に言っておかないとな……」

杉山、受話器を手で押さえ、太郎に向って、

杉山「お兄さん、事務所にかけたら身内だけって断られたけど、どうしてもお別れがしたいっておっしゃってますけど」
太郎「あー、もーいーよ、いーよ。自己申告で」
杉山「は?」
太郎「自分で我こそは片岡蓮の身内だって思う人は来てもらっていーよ。俺、親父の付き合い全然知らないから」

と言って用紙を手に太郎立ち上がり、部屋を出る。杉山、太郎を見送りながら、電話の相手に再び話しかける。

杉山「はい、はい、ですので、どうぞご参列ください、ええ」

⑫同・外(夕)
受付のテーブルで記帳に並ぶ人たち10数名。片岡蓮通夜・葬儀の看板あり。

⑬同・寝室(夕)
楽屋見舞い用のような花がたくさん飾られている。乱雑に置かれた本に囲まれた布団にスーツ姿で横になっている蓮の遺体。顔は死化粧のまま、白い布は被されていない。部屋に入ってくる弔問客、そのむき出しの姿に一瞬ぎょっとする。脇に座る華子、一礼して語り出す。

華子「寝てるだけみたいですよね。生きている時は反対にいつも死んでいるみたいに眠っていた父なんですけど」

部屋にいる客たち吹き出しそうになるが、必死に口を押さえる。

華子「笑ってもらっていいですよ。初の喜劇作品に取り掛かってたくらいですから喜びます。供養になりますので」

手を合わせようとする弔問客がとまどっている様子を見て、華子が促す。

華子「どうぞお好きな方法でお別れ下さい」

遺体の前のローテーブルには線香だけではなく、煙草、ばらけた花々に剣山、聖書に、数珠、榊の葉などが置いてある。

煙草に火をつけ一服して別れを告げる男性(50)。
× × ×
花を一輪取り、生花にする女性(40)。
× × ×
数珠を手に般若心経を唱える男性(65)。
× × ×
十字を切る女性(36)。
× × ×
トランペットを吹く男性(44)。

華子、音に合せ体を揺らす。演奏を終えた男性に思わず拍手しかか
る華子、なおって深々とお辞儀をする。

⑭同・外観(夜)
家の上空、雲の合い間から満月が出ている。

⑮同・居間(夜)
テーブルの周りやソファの周り、ところ狭しと老若男女で賑わっている。テーブルの上の食べ物のなかに、キムチもある。亮也、大人たちに囲まれ、楽しそうにはしゃぎ回る。由希、忙しくビール瓶を片づけたり、食べ物を追加したりしている。

同・書斎(夜)
布団の傍に座る華子と洋子。洋子、手にした紙の束に目を通しながら、涙を滲ませる。

洋子「蓮さん、この間のお正月公演のアンケートまで病院に持っていってたのね……」

華子、頷く。

華子「病院のベッドの脇に置いてあって、その赤いチェック入っているのが」
洋子「返信済みってことかしら?」
華子「さっきも電話があったんです、ファンの人から。父の訃報をタクシーのラジオで聴いて家に着いたらポストに見たような筆跡のハガキがって」
洋子「最後まで通したのね、蓮さん」
華子「アンケートにいちいち返事出すなんて、しかも手書きで。ありえないですよね」
洋子「劇団が認められだしてからよく言ってたわ。『人間何が怖いって、慣れることだ』って。だからいま応援してくれる人たちのことを当り前だって思わないように、死ぬまで返事を出し続けるんだって」

洋子、アンケートの束を華子に渡す。華子、受け取ったアンケートを蓮の枕
元のそばに置く。

華子「実行したのはえらいなと思うけど、母なんかハガキ代もばかにならないのにってぼやいてましたよ(笑)」
洋子「あ、そうね、その辺りは女の人はシビアだものね」
華子「それに、片岡家で一番世間を知っている次郎兄さんが『ハガキ出すのはいいけど、事務所の住所にした方がいい。いまどきはどんなやつがいるかわからないから』って言うのに、『いやこれは俺が個人的にやっていることだから自宅の住所にしなくちゃ誠実じゃない』なんて頑固一徹」

華子と洋子、顔を見合わせて笑い出す。壁にかけられた数多の遺影のひとつ、頭をかいた蓮のはにかみ顔。

駅の改札口(夜)
小田切誠(20)が、改札口を出て、駅員(34)に道を尋ねる。手にしたハガキの住所を見せながら、

小田切「す、すみません。こ、この住所のところへ行き、行きたいんです、け、け、けど」
駅員「えーと、ちょっと見せてください」

地図を出し、説明する駅員。

住宅街(夜)
ハガキを片手に周囲を確認するように見ながら歩いている小田切。

小田切「ぜ、ぜったい、片岡先生ので、弟子にしてもらうんだ」

小田切、電柱の番地プレートに目を寄せて、興奮している。

小田切「お、近い、近いぞ」

小田切、前方にある一軒だけ強い明かりに照らされた家を目にする。

片岡家・外観(夜)
片岡蓮通夜・葬儀の看板の前にたたずむ小田切、絶叫して倒れる。受付にいた杉山が駆けつけ揺り起こす。

杉山「ちょっと、きみ、ねえ、しっかりして、大丈夫?」

小田切、目を瞑ったまま。

同・台所(夜)
盆の上にごはんやおかずを載せ、運ぼうとする由希、入って来た華子に向っ
て、

由希「これ、二階に持っていきますね」
華子「あー、ぶったおれちゃった子の?  おじさんたちの部屋にいるんだ?」

頷き部屋を出る由希。

㉑同・二階和室(夜)
哲夫、片岡英子(59)、男女数名が飲み喰いしている。隅の方にうつむいて座る小田切。由希、盆を持って来て、小田切の前に置く。

由希「さあ、しっかり食べて、元気だしてね」

意気消沈しながら小さく頷く小田切、腹の虫が大きく鳴る。由希、ぷっと吹き出しながら去る。手を合わせ静かに箸をとろうとする小田切のもとへ、部屋へ入って来た太郎がつめよる。

太郎「よ、オタク青年、腹いっぱい喰えよー」

小田切びくっとする。

太郎「新聞なんかとってないか、いまどきの若い奴は。でもネットニュースとかさー」

小田切、首を振る。

太郎「あ、そう。じゃ、本当に家の前まで来て知ったんだ、親父死んだこと」

嗚咽をもらして泣き出す小田切。部屋にいる人たち小田切に注目する。

英子「ちょっと太郎ちゃん、ゆっくり食べさせてあげなさいよ」
太郎「おばさん、俺、何も悪いことしてないって」

小田切、少し落ち着いた様子で顔をあげ、英子の隣に座る哲夫を見る。驚いた表情の小田切に太郎が、

太郎「親父とよく似てるだろ。あれ、弟」

酩酊ぎみの哲夫が大きな声で、

哲夫「おい、こらっ、太郎ー。お前誰のことさしてあれ言うてんねん」

英子が軽く哲夫をとめる。太郎、手を顔の前に垂直に出し、哲夫に向って謝るしぐさを見せる。

太郎「(小さな声で)酔ってても自分のことはよく聞こえてんだよなー」

小さく笑う小田切に気を良くした太郎。

太郎「親父も似たとこあったけど、何が違うと思う?」

小田切、わからないという顔。

太郎「親父は悪口は聞こえないんだ。褒め言葉だけは聞こえるっていう、特技だな、ありゃ」

小田切、黙って太郎を見つめる。もっと話を聞きたいという風。太郎、見つめられて鬱陶しい表情で、あごで小田切に「食べろ」とすすめる。改めて食事に口をつける小田切。

同・台所(夜)
新井祐子(41)、新井郁子(38)が洗い物をしている横で、豊美、茶をすすり、ひと息ついている。

祐子「な、郁子、さっき来てた人、テレビで見たことあるけど、誰やった?」
郁子「いやや祐子姉ちゃん、知らんの? いまのんの前の前の連ドラに出てた子やんか」
祐子「そんな人とも付き合いあったん、東京のおいちゃん」
郁子「そうやでー、結構売れている人の中で片岡蓮いうたら教祖ぐらいに思ってる人多いんやで。な、おばちゃん?」

豊美、郁子の言葉に反応せず、ぼーっとしている。

郁子「おばちゃん、おばちゃん?」

豊美、はっとして、

豊美「あー。お客さん大好きな人だったからねー」
郁子・祐子「?」
豊美「いつも話の中心にいて皆を笑わせてたのに。もう、いないんだよね……」

祐子、皿を洗う手をとめ、エプロンで手を拭き、豊美の横に来て、背中をさ
する。豊美、思い出し笑いをして話し出す。

豊美「癌が見つかって手術してから毎晩ここで私と華子を相手に死についての講義してたのよ」

祐子、郁子の顔を見て、

祐子「うちのアボジと全然ちゃうな。癌のがの字も出せへんかったもんな」

郁子、皿を拭きながら頷く。

豊美「兄さんのときと違っていまは『告知』が当り前だから。おじちゃん、病院で癌についての本たくさん読んで詳しくなってたわよ」
郁子「でもそんな話、私よう付き合えんわ」
豊美「そりゃ、私もよ」
祐子「華ちゃんはメモでもとってそうやな」

豊美、大きく頷く。

豊美「術後最初の検診ですぐに再発したことがわかたっときも、華子ったら他人事みたいに、『いまどんな気持ち?』なんて聞くんだから」
郁子「直球やなー」
豊美「私、そんな話やめてって言ったんだけど、二人で盛り上がってたわ」

壁に和紙に墨で書かれた文字が数枚貼られている。『いよいよって時は死への想像力を楽しむさ』・『あの世? 生まれ変わり? 信じちゃない、信じちゃないけど、あると思ってもいいかもしれない』

祐子、貼り紙に目をやり、

祐子「おいちゃんにとっては、言葉にする方がよかったんやね。黙って蓋をして知らぬふりして過ごすより……」
豊美「『お前も慣れてきたろ』って。『いつも口に出すことで死は怖いものじゃなくなる』からって言って、死の講義を始めるの」
郁子「うわー、たまらんなー。やっぱり豊美おばちゃんとこ、普通の夫婦ちゃうわ」

豊美、淋しそうに笑い、壁の貼り紙を見つめる。そこに書かれた文面は、『俺は飽きっぽいから生まれ変わったら他の職業に就きたいが、女房とはま
た出会いたい』とある。

住宅街(夜)
華子、金井智子(26)、佐々木梢(27)が街灯の少ない夜道を歩いている。

智子「寒いし、もういいよ、ここら辺で」
華子「いいの、いいの、送りたいから」
「華子、意外に元気でよかった」

智子、梢にきつい視線を送る。

智子「梢、元気なわけないじゃない、お父さん亡くして。いまは気はって頑張ってるけど、(華子に向って)倒れないでよね」
華子「いや、ほんと、自分でもびっくりなんだけどさー。癌ってわかった時は、いつかくる父の死が怖くて怖くて、お通夜なんかずっと泣き腫らして弔問客の相手なんて出来ないよなーって思ってたんだけど」
「一番楽しそうだよね」
智子「梢っ!」
「だって本当じゃない。私ら何てなぐさめようって沈んでたのに、ドア開けた瞬間、さあ、こっち、こっちって案内されて、お父さん普通に布団で寝ててさ、闘病記をおもしろおかしくの弾丸トークだもん」

華子、智子、梢、顔を見合わせて笑い合う。

華子「あんなに自分の好きに生きた人、知らないよ、ほんと」
智子「華子もしっかりその血受け継いでるじゃない」
華子「え、そう? そんなことないよ。好きなことやり続けるのって正直しんどいし、もっと実のあることやらなくちゃとも思うよ」

智子、華子の肩を叩いて、

智子「だめ、だめだよ、あきらめちゃ。華子は才能あるんだから」
「なに、やっぱり落ちちゃったのまた?」

華子、頭をかきながら、

華子「うん、ま、しょうがないよ、実力、実力」

智子、梢に目配せして、小さな声で、

智子「あんたはもうなんでいつも空気読まないかなー」
「ごめん、つい……」
華子「いいよ、びしばし言ってくれるのって有難い。社会人になると、本音で話すってなかなか、ね、ほら」
「だよねー」

智子の顔をちらっと見る梢。

智子「学生のころに描いた夢ってどんどん遠のいていくのよね。だから、華子のお父さんみたいに、ある意味青臭い人に皆魅かれるんだろうな」

駅の建物が見える信号の横断歩道で立ち止まる、華子、智子と梢。

華子「ほんと、来てくれてありがとう」

智子、梢を見送る華子、振り返り、元の道を引き返す。暗い夜道を歩く華子、立ち止まり、空を見上げ、満月に向って、深呼吸をする。

華子「お父さん、私、やっていけるかな? 賞取れたら小説読んでもらおうと思ってたのに、間にあわなかった……」

ゆっくり歩き出す華子、じんわり涙が出て鼻水まじりになる。ポケットに手
を入れるが何もない。仕方なく、手や腕で、涙を拭う。自然に声が漏れる。
その場にしゃがみ込む華子。と、杉山が前方から走ってくる。

杉山「(息を切らして)はーはー、遅いから心配したよ」

杉山、俯いた華子に手を差し伸べる。顔をあげた華子の、涙で溢れた顔を見
て躊躇する杉山。華子、差し出された杉山の手を取り、抱きつく。

華子「杉山くーん、あー(泣)」

どぎまぎする杉山。

公園(夜)
誰もいない公園のベンチに座る華子と杉山、缶コーヒーを手に話している。

杉山「泣いてるの見てちょっと安心したよ」
華子「みっともないよね、恥ずかしい」
杉山「何言ってんだよ、親が死んで泣くのは当たり前でしょ。通夜で明るく笑ってる方が」
華子「(遮って)異常?」
杉山「いや、そんな言い方はしないけどさ」
華子「普通じゃないか。でも無理して頑張ってそうしていたわけじゃないよ」
杉山「それは、うん、わかる。片岡さんらしいし」

缶コーヒーを頬にあてる華子、公園内のブランコや鉄棒に目をやる。

華子「(太く低い声で)時間は果たして存在するのだろうか?」
杉山「えっ?」
華子「父が癌になってからよく口にしてた言葉」
杉山「へー、そんな話してたんだ、先生と」
華子「あとどれくらい生きられるかわからないけど、70までは無理だろうから、ちょっと早かった、惜しいと人は言うだろう。10代の若者が事故で死ねば短い人生を悼み、80過ぎていれば平均は生ききった、大往生だと。でもその人生の質を時間という数字で計ろうとするのは想像力の貧困じゃ
ないか、なんて言ってた」
杉山「そうなんだー。でも、ぼくは、短く太くよりも、穏やかに長く生きたいな」
華子「父は、幸せだったからそんなこと口にしてたんだよね。癌になってからは余計に。『いまが幸福だと人間いつでも死ねるんだ』とも言ってた」
杉山「どういう意味?」
華子「在日朝鮮人2世として生まれて日本で生きてきたっていうこと、実際しんどかったと思う。差別のことは口にすることなかったけど……」
杉山「先生、『在日』を売りにする作風じゃなかったしね」
華子「2世の、特に長男にとっては、パチンコ屋か何か商売でひと儲けして家族を養うのが一番っていう在日社会のなかで、芝居なんて夢追っかけて貧乏して馬鹿じゃないかって親戚の間でも肩身狭かったんだ」
杉山「えー、いまじゃ演劇界だけじゃなくて、一般の人にも名前が知られてるのに?」
華子「癌になってからの5年間、一日も飽きる日はなかったって言ってた。いい作品作ってファンに喜ばれて。ね、あんなに心ある人たちがお別れにきてくれたじゃない。『ざまあみろ』って言いたいの。金、金、金って必死になって大事なもの置き忘れている人たちに、利害関係なしに手合わせて
通夜や葬儀に駆け付けてくれる人どんだけいるのよーってさ」

杉山、黙って華子を見ている。華子、公園内の葉を落とした木を指して、

華子「ほら、あの木もまた葉や花をつけて、季節は移るから時間は過ぎ去っていくように見えるけど、でも一人一人の感じる時間って一様じゃない。だから、『いま』を大事に生きなくちゃ。そう言いたかったんじゃないかな」

華子、真面目すぎる会話に照れ笑いし、打ち消すように立ち上がり、杉山にもう戻ろうという合図を送る。

華子「杉山くん、私、父みたいに好きなこと追いかけてもいいと思う?」
杉山「『未来は自分の色に塗れるんだ』って主人公に言わせてるくらいだし、片岡さんなら止められてもやるでしょ?」
華子「そうか、だよね。弱音吐いて流されそうになったら、杉山くんに背中叩いてもらわなきゃだな」

杉山、頷いて、

杉山「あ、でも、僕は叩かず、さすってあげるよ。その方が効き目あると思うから」

一瞬、目が点になる華子を見て、笑ってごまかす杉山。華子、先に歩き出し、後を追う杉山。

片岡家・外(夜)
華子と杉山が家の前に来ると、ちょうど出てきた小田切とすれ違う。小田切、頭を下げて通り過ぎ、歩き出す。杉山を置いて、小田切を追いかける華
子。

華子「気をつけて、帰ってね」
小田切「ぼ、ぼ、ぼく、来て、よか、よかったです」
華子「そう、でも、もう少し早かったら本人に会えてたのに、残念だったね」
小田切「あ、会えました」
華子「え? あ、まあ、灰になる前でよかったかな。少なくとも寝ているみたいに死んでる姿には、会ってもらえたし(笑)」

小田切、首を横に振る。

小田切「そ、そういう意味じゃないです」

華子、冗談めいた言い方を反省するように舌を出し、軽く頭を下げる。小田切、自分の胸をどんどんと叩き、

小田切「お、思いは、生きてます。息子さんや周りにいたみなさんの中に。ぼ、ぼくの中にも生きてるんだって、わか、わかったから……」

華子、真面目な顔で小田切を見る。小田切、一礼して去って行く。

同・玄関・中(夜)
次郎、胸に弁護士バッヂを付けた相模泰司(44)と横倉恭介(31)を見送る。

相模「いや、いい通夜だね。片岡君のお父さというより、片岡蓮ファンとして参列出来て良かったよ」
横倉「あさっての裁判所、俺だけで大丈夫だから、お母さんのそばにいてやれよ」

深々と頭を下げる次郎。相模と横倉がドアから出て行くとすぐ、華子と杉山が入ってくる。次郎、廊下を歩いて行く。華子と杉山が靴を脱いで廊下にあがると、ドアチャイムが荒く鳴らされる。杉山がドアを開けると、内田芳樹(25)、林和絵(30)、近藤仁(28)が、どやどやと中へ入ってくる。少し酔った口調で、内田が挨拶する。

内田「おはよーっす」

怪訝な顔をする華子。和絵、後ろで内田を小突き、

和絵「こんばんわでしょ、スタジオじゃないんだから」

と言って会釈する。

近藤「太郎さんいますか? 皆で盛り上げに」

和絵、近藤の脛を蹴る。

近藤「あ、いた。あ、いや、励ましに、そうそう、慰めにきやしたーっ」

華子、呆れた顔で杉山に目配せし、案内させる。

同・台所(夜)
由希、洗い物している。

太郎の声「おーい、由希ー、酒まだかーっ」

由希、手を拭き、レンジの中の熱燗を出そうとすると、台所に入ってきた華
子が制し、

華子「明日早いし、亮ちゃん連れて帰った方がいいよ。あと、私やるから」
由希「すみません。じゃ、お願いします」
華子「おじさんたち、今日お兄ちゃんのところ泊まるんだよね」
由希「はい、そう聞いてます。他の方たちは新宿の方のホテルとか……」
華子「あー、祐子姉ちゃんたち、新幹線とホテルセットので来たって言ってたな。もうそろそろ行かないとだね」

テーブルの上の盆に載せた熱燗を見て、

華子「にしても業界人ってほんと常識ないな。いつまで呑んでだよっつうの」

由希、困った顔で頷く。台所隣の閉まっている引戸の向うの居間から大きな笑い声がする。

同・居間(夜)
床に泥酔して寝ている太郎。飲み食いした後片付けをしている華子と杉山。
古い柱時計がボーンと鳴る。

華子「何、1時? 杉山君ごめん、もう電車ないよね? 次郎兄ちゃんも泊まっていくから部屋一緒に使わせてもらって」

頷く杉山、床の太郎に躓く。

太郎「いってー、なんだーっ」

そこへ次郎が部屋着でやってきて、

次郎「兄ちゃんまだいたのかよ」

太郎、目だけ次郎にギョロっと向ける。

次郎「喪主なんだから明日はちゃんとしてくれよ、父さんがっかりさせないようにさ」
太郎「おい! 何だ、その言い方は、よお!」

太郎、千鳥足で立ち上がり、次郎の胸ぐらをぐいと掴む。その手をふりほどく次郎。口を開けて突っ立っている杉山に、華子が目配せする。杉山、華子と一緒に、そっとテーブルを壁側に寄せる。太郎、ふりほどかれた手を握り拳にして、次郎を殴ろうとするが、身をかわされ、そのまま前のめりに倒れる。次郎、太郎の様子を伺う。

太郎「親父はお前が自慢だったもんな」

次郎、太郎から目を外す。

太郎「お前が司法試験通ったときの親父の喜びようったらなかったよな。俺のディレクター昇進や華子の大学合格なんてカスみたいに消えてったもんな、あの時」

華子、むすっとする。

太郎「でも三人の中で孫の顔見せられたのは俺だけだから、まあ、誰が一番親父孝行したかっていえば、はっきりしているわ」

次郎、居間から出て行こうとする。

太郎「おい、待てよ!」

杉山、太郎の大声にびくっとする。

華子「お兄ちゃん、やめなよ。早く帰って寝た方がいいよ。ほんとにお酒、弱いんだから」

太郎、体をふらふらさせながら、

太郎「どうせ俺は弱虫ですよ」

と言って立ち上がろうとするが、膝ががくっときてへたり込む。

太郎「次郎ーっ、お前みたいに一度でいいから俺も認められたかったんだよ、親父から。お前が、いつも羨ましかったんだ……。おい、この気持ちわかるかーっ」

次郎、華子、じっと太郎を見ている。静寂の中、柱時計の振子の音だけが響
く。杉山、我慢出来ない様子で、

杉山「あの、口を挟むようですけど、先生の血を一番受け継いでるのは華子さんだと」

華子、はあ?と呆れ顔で杉山を見る。

太郎「(笑)暇なおばちゃん相手の三文記事書いているだけのこいつが何だって? あのな、フリーライターなんてフリーターと変わらないんだぞ」
華子「ちょっとー、それ言い過ぎじゃない?」
杉山「そうですよ。小説宝島の新人賞最終選考の一歩手前までいってたんですから」

華子、杉山の口を手で押さえる。

太郎「え、華子、おまえ小説なんか書いてたのかよ?」

華子、杉山の方をきつく睨み、太郎には答えず、テーブルの上のものを片付
けはじめる。次郎、部屋をそっと出る。

太郎「次郎ー、まだ話しは終わってないぞー、おい、こらーっ!」

そこへ、豊美が怒って入ってくる。

豊美「うるさーい。何時だと思ってんのー、お父さん起きちゃうでしょ!」

一括して部屋を出る豊美を呆然と見送る華子と杉山。太郎はぶつぶつ独り言を言っている。

太郎「何言ってんだ、おふくろ、ぼけちまったんじゃないのか。親父が生き返ったみたいに、ふふ、ははは」

と大笑いする。

同・寝室(夜)
華子、部屋に入ると、蓮の横で豊美が静かにろうそくの炎を見ている。

華子「お父さん、もう寝た?」

豊美、振り返って華子を抱き締める。華子、豊美の背中をさすり、横になっ
ている蓮の顔を見つめる。

華子「生きているときに聞きたかっただろうね、お父さん。劇団の仲間も、先に売れて去った人たちも、残った人も、遠くから見てた人も、親戚や近くにいた人も皆いーっぱい褒めてたよ、お父さんのこと。会えばけんかばっかりしていたお兄ちゃんだって……」

豊美、抱きついた華子の体を離し、華子に諭すように言う。

豊美「知ってたわよ、お父さん、ぜーんぶ」
華子「え? お母さん、聞いていたの、さっきの、お兄ちゃんたちの」
豊美「お父さん、次郎に甘かったけど、太郎の屈折した気持ちにも気付いてた」
華子「そう、私は全然知らなかった」
豊美「でも、あんたのことを一番心配してたのよ」
華子「なんで?」
豊美「いっけん如才なく誰とでも付き合えるけど、アーティスト気質だから、その孤独とどう付き合っていけるか、支えてくれる人はいるんだろうかって」
華子「え? そんな風に見てたの?」
豊美「それと、『あいつは書くことが似合ってるからその道を進んで欲しいって』。あんたには直接言ったことなかったと思うけど」

華子、言葉につまる。

同・華子の部屋(早朝)
布団の中にもぐって紙にペンを走らせている華子。

同・全景
家の前の私道に会葬者80名近く集まっている。哲夫、英子、洋子、祐子、郁子、杉山もいる。会葬者を前に、マイクを持つ太郎、遺影を持つ次郎、華子、豊美、亮也と手をつなぐ由希が並んでいる。背筋を伸ばした太郎、一歩前に出て一礼する。内ポケットから紙を取り出し、読みはじめる太郎。

太郎「皆さま、本日はお忙しい中、片岡蓮の葬儀にご会葬賜り、誠に有難うございます」

次郎、華子、豊美、由希、揃って一礼する。

太郎「『死は散文的に訪れる』。父の書いた芝居のセリフの通り、突然の別れでした。打ちひしがれるなか、父の思い出を語って下さる方たちと大いに泣き、大いに笑った通夜、葬儀でした。『悲しみも幸福に転化する』という父の言葉を実感しています。」

涙を流す豊美の肩を抱く華子。

太郎「『人生を芝居に例えるなら降ろされる幕を私はしっかり見つめたい』と生前父は癌闘病記に書き記しています」

会葬者、真剣に太郎の言葉を聞いている。

太郎「父は舞台袖で聴く、あの鳴り止まぬ拍手が大好きでした。どうぞ皆さん、父の最後を拍手で見送ってあげてください」

一瞬静まり返った後、割れんばかりの拍手がわき起こる。粉雪が舞い始める。

走行中の葬儀社マイクロバス・中
前の席に座る杉山と華子。

杉山「お兄さんの挨拶、感動したなー」
華子「でしょ?」
杉山「でしょって、もしかして、あれって?」
華子「どうせ何も用意してないだろうと思って、朝書いて渡しといたの。出来のいい弟と頭の上がらない父親に挟まれて、お兄ちゃんつらかったんだなーって。そんな風に思ってもみなかったけど……。まあ太っ腹の華子さんが花を持たせたってとこよ」

走行中の霊柩車・中
助手席に豊美、後部座席に、亮也、由希、太郎が座っている。

太郎「亮也、おじいちゃん、死んじゃったね、死んじゃったんだよ、わかる?」

亮也、太郎に答えず、空いた窓から外を眺めている。粉雪が窓から入ってくる。

由希「亮ちゃん、ちょっと寒いから窓閉めてくれるかな?」

亮也、首を振る。豊美、後ろを振り返り、亮也の淋しそうな顔を見つめる。
窓の外、公園を通り過ぎる。

太郎「お、亮也、おじいちゃんが押してくれたブランコが見えるなー」
亮也「パパ、だまってて」

由希、吹き出す。

太郎「あー、俺は悲しいよ。親父が死んじまって。でも由希がいてくれてよかった。由希、これからもよろしくお願いしますね」

豊美、呆れ顔。

由希「えー、自分のことは自分でやってくださいね」
太郎「なに、それー、そんなつれないこと言っちゃうかなー? これから火葬場向うっていう時に」

運転手、笑いを堪えて必死に運転している。

走行中の葬儀社マイクロバス・中
杉山と華子が座る列を挟んだ横に座る次郎、窓の外を眺めている。華子、次郎に話しかける。

華子「次郎兄ちゃん、なんかバスのなか雰囲気暗いし、マイクまわしてもらっていい?」
次郎「え? ああ、なんかしゃべんのか?」
華子「うん、今度は私が花を振りまく番だからさ」

といって杉山に微笑む華子。

〈終〉

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