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そこはミラクル貸農園 その3 畑でシーフード

その3 畑でシーフード

 農園は、春先から初夏にかけて最もにぎわう。畑のあちこちで、トマトや茄子、ピーマンといった夏野菜の苗が植えられ、日差しをたっぷり浴びてすくすくと育っている。週末になると、次々と訪れる見学者たちが畑の様子を興味しんしんに眺めている。その横で、「雨がふった後に、もう一度見に来た方がいい」と岡じいがアドバイスしている。貸農園にしてみれば、まったくの営業妨害である。

 そんな初夏の週末に、新しい契約者がやってきた。彫りの深い顔立ちに、大きい体躯、そして緩やかなウェーブのかかった長い髪の男性である。まるで芸術家か陶芸家、あるいはヒッピーのような風貌である。本人に聞いたところ、芸術家でも陶芸家でもなく、特に仕事にはついていないそうなので、ここではヒッピーさんと呼ぶことにする。
 ヒッピーさんは、とにかく行動が独特である。農園に来ても、ほとんど自分の畑を耕すことなく、畑の周囲を徘徊し、首を左右に回転させて、きょろきょろと周囲を確認する。そこで、畑で何を作るつもりなのかを聞いてみた。ヒッピーさんは、見た目からは想像できないくらい高い声で、囁くように小さく喋る。
「1年目は、この土壌に元々いる菌がどれくらい増えるかを調べる予定です。2年目になったら、有機肥料をいれて栄養を増やし、3年目ぐらいから、野菜を作る予定です」
なんと毎月5千円も払って、1年間ひたすら土壌の菌が自然に増えるのを待つというのである。あまりの忍耐強さに、せっかちで貧乏性な私は驚くばかりである。でも、ヒッピーさんは、壮大な野望も持ちあわせている。
「私の調査によると、中東の大金持ちは、完全有機のレタスなら、1個につき5千円ぐらいは惜しまず払う可能性があります。だから、そのあたりのマーケットへの輸出を考えているところです」
この10平米にもみたない畑で、ヒッピーさんは、世界に向けて商売する魂胆を持っているのである。なんと非現実的な、と思ったけれども、実はヒッピーさんは、中東の金持ち相手に、女子キャラの(セクシー系?)アニメを作ってお小遣いを稼いでいるそうなので、本人的には筋が通っているのである。

そんなヒッピーさんは、誰かと話がしたいときは、近くに来てきょろきょろする。でも、自分からは決して話しかけず、こちらが声をかけると、話しはじめる。
「どうしました?」と私。
「面白いものをみつけました。見たいですか?」
もちろん!とヒッピーさんについていくと、物置小屋の裏の地面を指さす。
「何?」
「青大将です。でも、1メートル20センチぐらいなので、子どもみたいなものです。」
いや~と叫ぶ私の様子をヒッピーさんは、嬉しそうにみている。

また別のある日、ヒッピーさんは、畑の周囲を何やら熱心に見て回っている。そして、またやってきて、きょろきょろしている。
「何かみつけたのですか?」
「ほら。これ」
ザリガニが3匹。なぜ畑にザリガニがいるんだ、という問題はさておき、ヒッピーさんは、このザリガニを家でオリーブオイルをかけて食べるのだそうだ。彼は、畑に野菜ではなく、シーフードを取りに来ているのである。

 相変わらずヒッピーさんの畑は、枯れ葉や草が大量にのっけられたまま、何も植わっていない。その代わり、ヒッピーさんは、共用のはさみをオイルで磨いてくれたり、動物の足跡をみつけると、みんなに報告してくれる。その風貌から最初は不気味がっていた岡じいも、今ではすっかりヒッピーさんを気に入っている。
 ただ一人、難しい顔をしているのが管理人である。断りもなく、はさみに油を塗られたり、鎌を研いだりされるのがやりにくいのだろう。そんな管理人の態度に、岡じいは憤る。というのも、実は岡じいと管理人は以前、一悶着を起こしていたからだ。
 岡じいは、農作業をした後、リュックから缶ビールを1本を取り出し、それを飲みながら畑を眺めることをいつもの楽しみにしていた。ある日、その様子をたまたま見かけた管理人が、「今、ビール飲んでましたよね。農園で飲酒は禁止です」と告げ、「禁酒」と書かれた紙をテーブルや壁に貼り付けたのである。仕事の後の楽しみを奪われた岡じいは、完全にアンチ管理人であり、だからますますヒッピーさんが可愛いがるのである。

人が集まるところには政治が生まれる。かくして、貸農園には派閥が生まれ、人間ドラマができるのである。



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