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そこはミラクル貸農園 その2 粘土層を突破せよ

その2 粘土層を突破せよ

 急いては事を仕損じる。わかっているけど、人の10倍せっかちな私は、頭より先に手が動いて、失敗してばかりである。
 案の定、晴れの日が数日続いたのに、いっこうに泥っぽさの抜けない畑に業を煮やして、畝を立てる作業にとりかかる。3メートルの横幅の区画の場合、3分割して、70㎝幅の畝をつくり、間を作業用の通路とする。通路の土を鍬で掻き出すことで、こんもりとした畝ができあがるのだ。

 急ぐのには理由がある。じゃがいもは3月の半ばまでには植えないといけないからだ。長雨が続いて土壌が水っぽくなると、ジャガイモが土の中で腐ってしまうので、梅雨に入る前に収穫をする必要がある。そこから逆算すると、ジャガイモは2月下旬から3月中旬までに植えると良いとされている。

 グサッ、べちょ、どさっ。泥の土を盛って畝を作り、なんとかジャガイモの植え付けを終わることができた。けれども、畝が乾くと、ごつごつした土の塊を積み上げたものになってしまった。まるで、マーベル映画の岩男みたいだ。さらに、土を掘られた通路は、ため池のように水が溜まっている。スコップで土の塊を砕きながら、ため息しかでてこない。

「こりゃ、悲惨やのう」
ベンチに座りながらみていた岡じいが、にやにやしながら声をかけてきた。
岡じいは、私の後に貸農園と契約した岡山県出身のおじいさんである。近くの貸農園が閉園になり、岡じいと博士の2人がそこから移ってきた。岡じいは、家庭菜園歴が20年以上とその道の大ベテラン。博士の方は、菜園歴は2年程度らしいが、自前の道具とお手製の有期肥料入りペットボトルを並べて、いつも色々な調合を研究している。だから、博士なのである。

「ここは、もともと水田だったから、水はけが悪いかもしれないとは思っていたけど、想像以上だな。あんたんところは、特に悪いな」
 農業経験ゼロの私は、田んぼと畑の違いがよくわかっていなかったけれども、実は構造が全く異なる。田んぼは、作土層の下に粘土を硬く固めた層があり、その粘土層が水を通さないから、水を貯めることができるのだ。そのため、田んぼだった場所は粘土質なので、土壌改良を重ねないと水はけが悪いのである。おまけに、私の借りた場所は、上の水田の一番近くなので、特に水が溜まりやすい場所なのだそうだ。

 通路にたまった水は、何週間たってもひかない。おまけに、漉き込んだ牛糞たい肥が腐ったようで、悪臭はするし、ハエまでたかっている。まさに、絶望的な農園ライフである。管理人に嘆いても、「溝を深く掘るから、地表より低くなって、水が抜けないのでしょう」と言って、私と目をあわさないようにして去っていく。

 気晴らしに農園の中をぶらぶら散歩していたところ、博士が通路に沿って深い穴を掘りだしている。
「何をされているのですか?」
「実験です。心土の状況を調べています」
心土というのは、田んぼの作土層と粘土層のさらに下にある、この場所の本来の土壌である。博士の考えでは、粘土層を除去して、心土の水はけのよい層をみつけて、そこまで赤玉(水はけのよい土)やパークたい肥でつなげば、水がはけていくはずだ、という。さすが博士である。単純な私は、すぐに真似して自分の通路を掘り出した。

しばらくして、博士が泣きそうな顔でやってきた。
「やばいです。そもそも心土が分厚い粘土層でできています」
1メートル以上も掘られた穴をみると、確かに、下に行けば行くほど、グレーがかった土壌になっている。間違いなく焼き物が作れそうな土である。

すると、博士は物置小屋から先端がドリルになっている60㎝ぐらいの長い鉄の棒を持ち出してきた。そして、それを穴の底に突き刺し、ドリルを回し始めたのである。
「この棒で粘土層を突破して穴をあければ、水がはけるかもしれません」

早速、私も真似をして、自分が堀った穴の底にドリルを突き立てる。そして、待つこと1時間。博士の穴も、私の穴も、相変わらず水が溜まったままである。”この人、本当に博士なのかな?”と疑問がよぎるも、結果を受け止めるしかない。せっかく穴をほったので、水はけをよくする赤玉とパークたい肥を投入し、ついでに雑草も入れて、蓋をした。
ミラクルは、まだ起きそうにないのである。

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