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「体を動かしたい」「女の子と仲良くなりたい」って下心で始めた競技ダンスが、なぜか30年も続いたので、きっかけを書いてみた

高校を卒業するまで、まったく運動らしい運動なんてしたことはありませんでした。
センターフライを取ろうとすればグローブでなく額にボールが当たる。
サッカーボールを蹴るときは、思いっきり足の親指が当たって爪が青くなり剥がれる・・・。
どう見ても運動音痴を絵に描いたような、そんな運動歴でした。

高校時代はほぼ帰宅部。
自由な校風を謳っている地元の進学校に進んだものの、学校に馴染めずに悶々とした生活を送っていました。なし崩し的に進学した大学に、競技ダンス部があったのは私の人生にとって僥倖というほかはありません。

すべては偶然の必然

それがまさか、社交ダンスと30年以上の長い付き合いになるなんて。
これほどまでに何かに打ち込んだのは、社交ダンスの魅力(魔力?)のなせる技でしょう。
当時の私がのちにこのような文章を書くとは微塵にも思いませんでした。

どんよりと暗かった高校時代が去り、それは明らかな大学生デビューでした。
 ・体を動かしたい。
 ・女の子と仲良くなりたい。

そんな下心とともに、なにか他の人がやっていないことをやりたい!という好奇心から、競技ダンス部のドアを叩きます。

ドア オープン

キンタロー。も所属していたその部活は大阪と京都の県境、ベッドタウンの私立大学にありました。
当時はバブル真っ盛り、とはいえ働いていない大学生には何の恩恵もなく、郊外の大学とその近くに借りた下宿の間を行き来するだけの閉じた空間で密度の濃い4年間を過ごすことになります。

もともと、女性の数のほうが圧倒的に多い大学でしたので、男子部員は貴重な存在です。
春4月、新入生の勧誘活動が盛んに行われます。
オリエンテーションでは部活動紹介がされるとともに妖しくもカッコいいデモンストレーションが行われていました。

社交ダンス ラテン (2)

のちに先輩となる人の踊りを見ているうちに「自分もやってみたい!
!」と魔訶不思議な気持ちが湧いてきます。

新歓イベントでは、社交ダンスの簡単なステップを教えてもらいます。
「君、センスあるねー」
「社会に出たら、ダンスのひとつも踊れないと世界に通用しないよ
外国語学部だったこともあり、何とまぁ安直な誘い文句・・・。

しかし、世間を知らない私は何の迷いもなく、説明を受けたその場でアッサリと入部しました。
私と一緒にすぐに入部を決めたのは、地元に住んでいるT君でした。地方から出てきた不安と新しい世界への好奇心が手伝って、競技ダンス部に馴染むのに多くの時間は必要としませんでした。

競技ダンス・はじめの一歩

競技ダンス部、という名前の部活は、大学の文化部に属していました。
「ダンスは文化なんだ」と、まぁこれも文字通り素直に受け止めて、そんなに激しい運動じゃないし、僕にもできるんじゃない?という軽いノリでいたのを覚えています。

社交ダンス、英語では Ballroom Dance と綴ります。
社交ダンスには10種類の踊りがあり、おおきくスタンダード(当時はモダンと言いました)とラテンに分かれます。

スタンダードは5つ
優雅なワルツ、哀愁を帯びたタンゴ、流れるようなスローフォックストロット、軽快なクイックステップ、舞踏会の花形ヴェニーズワルツ

ラテンも5つ
愛情を表現するルンバ、小気味よいチャチャチャ、躍動感あるサンバ、闘牛士を模したパソドブレ、ポップコーンが跳ねるようなジャイブ

初めてダンスを習う場合、まずはヒールを履いてまっすぐ歩く練習から始めます。
前に進むのは普段からやっているのですが、最初に戸惑うのは前を向いたままで後ろに進むこと。
とくに女性は5cm~7cmもあるヒールを履いてうしろ向きに歩くのですから、最初の関門と言えます。

新歓イベントでは、デモで見た先輩が手取り足取り、丁寧に歩き方を教えてくれます。
男性も2cm程度のシューズを履いて歩くのですが、それよりも何よりもホールドを組むと「女子との距離が近い」ことにまず戸惑いを覚えました。

「…めっちゃ近いやん」

当時の私は、女の子と付き合ったと言えば一緒に映画館に行ったくらいです。母親とでさえ、そんな近い距離にいたことはありません。

1990年前半、社交ダンス教室は風営法の管理下に置かれていました。
ダンス教室は風俗営業の一環としてみなされていたのです。(いまはもう状況が異なります)
そのため20歳になるまではダンス教室に通うことができず、1年間は先輩の指導を受けながら部活を続けることになります。
やがて、T君と私のほかにも部員が増えはじめ、4月の終わりには男性4人、女性10数人という規模の1年生の集団が形成されていくのです。

下心と好奇心から始めた社交ダンス。
新しいことにチャレンジするワクワク感は、大学生活を明るく楽しいものにしてくれるという期待の表れでした。しかし、元来の運動音痴が手伝って社交ダンスをスキになるまでには、しばらくの時間と根気強い練習、そしてダンス教室の先生との出逢いを待つことになります。

physical, mental, spiritual and social well-beingに生きるお手伝いをしています。2020.3に独立開業しました。家族を大切にし、一人ひとりが生き生きと人生を楽しめる社会が訪れるといいなと思いながら綴っています。