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ピーキングサイクル

サッカー選手が週末のゲームに臨む時、心身ともに100%の状態にあるかどうか。これはとても重要な視点のはずだが、国内のプロサッカークラブの現場において”ピーキング"という概念がどこまで浸透しているのか疑問に思うことは多い。ピーキングとはピーク(Peak)、つまり頂点、最高潮を目指すという意味だが、プロサッカー選手は観衆の前でのゲームが本番なので、ここに絶頂をもっていき最高のプレーを披露するのが役目だ。だが、現実はゲーム前のトレーング負荷が高すぎたり疲労回復が追いつかずピークからやや下降気味でゲームを迎える選手も少なくない。たしかにサッカーは毎週末にゲームがあるので一週間という短いサイクルでピーキングを繰り返すのは生理学的にも難しい課題だが、栄養ストラテジー、運動生理学、筋肉チューニングを合理的に取り入れれば疲労抜きと超回復が実現できると考えている。今回はその概念を説明していきたい。

マラソンや駅伝など同じ持久系でも陸上競技の場合はレースに向けてピーキングを目指すのは常識として浸透している。これはレース頻度や個人競技という特性上とても親和性が高いと考えられる。一方で、サッカーは毎週のようにゲームがあり、かつ長時間の対人競技なので個人競技に比べると比較にならないほどカテコールアミン(ドーパミンやアドレナリンなど闘争と逃走の本能を司る神経伝達物質のこと)が分泌されて内蔵、特に副腎に負担がかかる。だから、栄養状態が悪い選手、筋拘縮が多く血流が悪い選手、過剰にアルコールや甘味料を摂取している選手がオーバートレーニング症候群に陥りやすいのは想像に易い。

この競技特性や環境を考慮すると、ピーキングサイクルを構築する上でより重要となるのが十分な休息とケアによる心身のストレス低減ということになる。「ストレス?」「当たり前でしょ」という反応が目に浮かぶが、みなさんが思っているストレスレベルとプロサッカー選手のそれには雲泥の差があると感じている。ゲーム後の疲労困憊の體でもカテコールアミン分泌過剰で脳が覚醒してしまっており眠いはずなのに眠れない選手は多い。これをコントロールするのは難しく向き合っていくしかない。ただし、栄養ストラテジーで改善の一手は打つ余地があるので本題からそれるが少し触れておこう。

ホルモンバランスはストレスコントロールと密接な関係があるが、対人競技をしているアスリートは常に「闘争と逃走」の本能にさらされており交感神経優位な状態が長い。加えてサッカーという競技では耐乳酸能力が求められるが、これがホルモンバランスにも影響を及ぼす。乳酸は體に蓄積していくとアシドーシス(酸性血症)によって生命に危機を与える物資なのでエネルギーを動員してまでもグルコースへ戻す回路が存在する。これがいわゆるコリ回路だ。コリ回路で大量に消費されるのがナイアシンで、ひと昔にはビタミンB3と呼ばれいた微量栄養素だ。ビタミンは体内生合成できないものを指す言葉だが、後にこの物質は体内生合成されることがわかりナイアシンという別の名称で呼ばれることになる。ナイアシンの生合成はトリプトファンという必須アミノ酸に起因する。500以上の酵素反応に利用されるというナイアシンは常に不足がちなのだが、サッカー選手のように乳酸が蓄積されやすい競技ではより消耗することになる。つまり、ナイアシンを作り出すトリプトファンも常に不足するという構図だ。

ここで問題となるのが、トリプトファンは、交感神経によって昂ったストレスを低減させるための副交感神経を司る神経伝達物質であるセロトニンいわゆる"幸せホルモン"をも生合成するという特性だ。ナイアシン不足を補うためにトリプトファンはせっせとナイアシンの生合成に働いてしまいセロトニンを作る分が残っていない選手は神経が昂ったまま頭は休みたくても休むことができないのだ。ホルモンバランスが悪く自律神経が乱れ躁鬱傾向にある選手や、オーバートレーニング症候群様で全くやる氣が起きずに常に倦怠感を感じてしまう選手はナイアシンを強化してもいいだろう。ただ、ナイアシンにはホットフラッシュがあるので氣をつけてほしい。まずは良質なサプリメントを100mgから摂取するのを推奨する。

【ナイアシン不足による自律神経失調のチャート】
❶乳酸分解のためにナイアシンがコリ回路で相当量消費される。

❷ナイアシンが不足してくると… 

❸トリプトファン(必須アミノ酸)がナイアシンの生合成に優先的に利用される。 

❹トリプトファンが不足してくると十分なセロトニンが作られない。 

❺副交感神経が働かず交感神経が優位な状態がつづき副腎に負担がかかる。 

❻副腎が疲労していると必要な時にカテコールアミンが分泌されないので急激にエネルギー切れを感じる。

栄養面で精神的ストレスの軽減対策は打てる。と同時に肉体的ストレスの低減については十分な睡眠と筋肉チューニングによる筋拘縮の解除ということになる。これについてはこれまでも十分すぎるほどお伝えしているので下記の記事を参照してほしい。

サッカーの場合は、ゲームの翌日は体調のサイクルを一度リセットしてからまたピークを登っていく必要がある。そのための完全OFFをどう過ごすのか。ゲーム当日に眠れないような選手は完全OFFを2日使ってリセットする。週の半ばに一度上げてプロダクティブに持っていき、軽くダウンさせてから残り2日でピーキングを目指す。選手の状態によっては筋肉チューニングを高頻度で取り入れることで、これまでの既成概念とは違ったトレーニング強度を設定できるだろう。トレーニング量をゲームに向けて減らしていくテーパリングをより合理的に実践できるという意味でも画期的だと考えている。何より選手の精神衛生面での充実を期待したい。

【一週間のトレーニングサイクルの例】
❶土曜日(ピーキング):ゲーム(最大心拍数×100%)
❷日曜日(リカバリー):完全OFF(ウォーキング30分と筋肉チューニング120分)
❸月曜日(リカバリー):完全OFF(スロージョグ40分〜60分:最大心拍数×70%)
❹火曜日(プロダクディブ):中強度ー高強度(90分の戦略的メニューで一度上げる:最大心拍数×80%)
❺水曜日(キープ):完全OFFもしくは低強度短時間(対人なしの軽いメニューでダウンと筋肉チューニング120分)
❻木曜日(プロダクディブ):高強度(90分の戦略的メニューと筋肉チューニング60分。狩猟の模擬:最大心拍数×90%)
❼金曜日(ピーキング):高強度短時間(30分から40分で密度濃く狩猟に向けて最高の準備:最大心拍数×90%)

選手はトレーニング中は常に心拍計を装着し心拍変動を把握する。20代前半の選手と30代半ばの選手では最大心拍数が違うので(最大心拍数計算式=208-0.7×年齢)、ゲームで最高のパフォーマンスを発揮するためのトレーニング強度は選手によって違って当然なのだ。心拍数はトレーニングを対人にするだけで数段高くなる。動きの負荷で上げるのではなく対人という条件を加えるだけ高強度を実現できるので、短い時間で十分なので真剣勝負の対人プレーを密度濃く実践するのが心身のストレス負荷においても合理的だ。

選手個々に理想的なピーキングサイクルを構築したい。そのために心拍変動を把握し、筋拘縮の蓄積度合いを低減していく。7日間のサイクルは固定なので、一度完全にリセットしフレッシュな状態を作ることから始める。そこから確実にピーキングを目指して登っていく。とてもシンプルだがこの基本を守りつつ、心拍変動を見ながら強度を無駄に下げることなく、もちろん疲労を蓄積することなく狩猟に向かう準備を整える。最高潮でゲームに向い、ピッチで思う存分に輝く選手は怪我の発生率も下がるはずだ。

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