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マイクロノベル205-216

205.
友人も家族も捨ててひとりで生きるために、地図で見つけたこの町にきた。素泊まりの小さな旅館に部屋を取り、明日は仕事を探しにいく。日払いの仕事がいい。酒を飲み、日記を書く。いつかこの日記も途切れ、やがて誰かに発見される。僕が生きた記録は誰かの心にささやかな何かを残す。

206.
地球が太陽の周りを回っていると主張する「地動派」はあまりに危険な思想の故にその多くが逮捕されたが、残党は今も地下活動を続けている。地動派の貼り紙が町なかに現れると、警察が急いで回収する。しかし、地動派との共闘を公然と掲げる反体制活動家も現れ、社会は騒然としつつある。

207.
駅前広場の花壇の端にひっそり置かれたレバーに目を留めるのはたいていは小さなこどもだ。彼らはレバーを何度か上下させ、じきに飽きてその場を離れる。ただの遊具にしか見えないそのレバーの先では巨大な計算機が動き、町の意思決定がなされているのだが、こどもたちはそれを知らない。

208.
僕たちの町は大きな花の上に築かれている。何千年も咲き続けているのだろうその花に昨日異変が起きた。町の中心にある池に巨大な袋が浮き上がり、人々が見守る中で大きな音を立てて破裂したのだ。中から膨大な数の小さな粒が飛び出して、風に乗って流れていった。今日、花は萎れつつある。

209.
仕事机に置いたグラスに骨を立ててある。父の遺骨だ。葬儀の時に密かに貰ってきたものだ。たぶんどちらかの手の人差し指だと思う。わたしが家を出てからは父と疎遠になっていたので、晩年の思い出はほとんどないのだけれども、それでも骨のかけらを眺めることで救われる日もある。

210.
散歩をしていたら子猫が話しかけてきた。といっても、にゃあにゃあ鳴いているだけで、何を言ってるかわからない。首を掻いてやったら喉を鳴らしたから、それでよかったのだろう。遊んでいると、母猫が現れ、子猫はそっちに飛んでいった。二匹は振り返って、にゃあと鳴き、ふっと姿を消した。

211.
左手の指輪は事故で亡くなった親友の形見だ。しばらく箱にしまっていたけれど、ようやく気持ちの整理がついた気がして、初めてはめてみた。わたしは長く付き合った男と別れたところだ。「ねえ」と指輪に話しかける。耳に当てると彼女の笑い声が聞こえた。「そうだよね」わたしは答えて、少し涙を流した。

212.
小鳥が掌に舞い降り、首を傾げてわたしを見つめた。
「きみは自由でいいね」と話しかける。小鳥は小さな声でさえずった。「ああ、そうか」わたしは答えた。そうだ、わたしもかつて小鳥だったのだ。手を広げて羽ばたかせてみる。ああ、この感覚だ。わたしは舞い上がり、小鳥と戯れた。

213.
縄文時代の遺跡から巨大な道具が出土した。僕たち研究者はそのレプリカを作り、破損箇所を修復し、おそらくはこうだったのだろうという形に復元した。見上げるほど大きな機械だった。長い振り子を揺らすと、機械は奇妙な音を立てて動き始めた。その音に呼ばれて、それは空からやってきた。

214.
雨が上がって、青空が広がった。「見て」と君が指さす先に目を向ける。水たまりに青空が映っている。君の指が動いていき、それを目で追うと、水面の青空はそのまま空まで続いていた。見上げれば空には大きな水たまりがあって、僕と君の姿を映している。空の君がこちらを指さしている。

215.
放課後、誰もいない教室に忍び込んだ。僕は大切に抱えてきた空想上の爆弾を真ん中へんの机の上に置いた。導火線に火をつけて教室の外に退避する。一、二、三。「どかーん」と僕は大声で叫んだ。空想上の煙がおさまると、そこには普段通りの教室があるけれども、空気の色が変わっていた。

216.
遠くで雷鳴が聞こえる。窓から見ると、向こうの空が盛んに光っている。豪雨なのだろう。ふと、空が明るくなるたびに大きな影が映し出されるのに気づいた。あれは巨人だ。豪雨の中に巨大な人間が立っているのだ。やがて光は散発的になって、おさまった。最後に咆哮を聞いた気がした。


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