理想フェルミ気体のゾンマーフェルト展開の導出(母関数の方法)

このノートは大学で統計力学や固体物理を学んでいる(あるいは大学レベルのそれらの科目を自習している)人向けです。その程度には専門的な内容です。

理想フェルミ気体の低温での性質を知るために低温展開の方法があります。ゾンマーフェルトによって始められたので、ゾンマーフェルト展開と呼ばれます。これはごちゃごちゃした計算で、大学の統計力学でも導出を教えるのが面倒だし、後々使うのは結果だけなので、学ぶほうとしてもコストパフォーマンスの悪い内容です。念のために言っておくと、教える側もゾンマーフェルト展開をそらでできるようになってほしいなどとは考えていません。一度は導出してみせなくてはならないなあ、という程度です。だから、普通は試験に出ません。あと、今なら数値計算でいいじゃないかという考え方はもちろんありなのですが、それでも、低温での熱容量が温度に比例することをきちんと導いておくのはだいじかな。

僕は阪大の助手に着任してすぐに金森順次郎先生が教えておられた統計力学の演習を担当しました(僕は金森研究室の最後の助手なのです)。その時に金森先生から母関数の方法を教えていただきました。ゾンマーフェルト展開を原理的にいくらでも高次まで求められる方法で、複素積分を華麗に駆使します。その後、阿久津泰弘先生と雑談していた折(僕は阿久津研究室の最初で最後の助教授なのです)、複素積分を使わなくてもベータ関数とガンマ関数の公式だけで導けることに気付きました。気付いたのは阿久津さんだと思います。もっともその公式そのものを導きたければ複素積分必須なのですが。

母関数の方法はいささか道具立てが大きく、どうせ普通は二次までしか展開しないことを思うと大仰すぎるかもしれません。でも、エレガントな方法なので、知っておくのも悪くないでしょう。というわけで、記事にしておきます。なお、母関数の方法を書いてある教科書としては、僕はライフの教科書の練習問題しか知りません。ただ、母関数の関数形が少し違うので、ここで紹介する母関数は金森先生のオリジナルなのかもしれません。以下はいずれ出版するに違いない統計力学の教科書の原稿から抜き出したものです。少なくともフェルミ・ディラック分布関数がなんなのかくらいは知っていることを前提にしています。

ゾンマーフェルト展開の導出

$${T=0}$$でフェルミ・ディラック分布関数が階段関数になるのだから、低温では階段関数から少しだけずれた関数になる。前に見たようにフェルミ・ディラック分布関数の形は低温では$${\varepsilon_F}$$の近くでだけ滑らかに変化し、低いエネルギーのところでは$${T=0}$$と同様に全てのエネルギー準位が埋まっている。このような状況を($${T=0}$$も含め)フェルミ縮退と呼ぶ。この時の化学ポテンシャルや内部エネルギーを求めたい。そのためにフェルミ・ディラック分布関数を含む積分を近似しよう。$${T=0}$$で$${\mu=\varepsilon_F}$$なのだから、低温では$${\mu\simeq\varepsilon_F}$$になっているはずだ。そういう状況を考える。

この節は物理として重要な内容を含むけれども、計算がかなりややこしい。だいたいの筋さえ分かればよくて、これを自力で計算できるようにならなくてもいいと思う。必要な時にはここを参照すればいい。

典型的には$${\varepsilon}$$の関数$${a(\varepsilon)}$$に対して、次のような積分を計算したい。


$$
I = \int_0^\infty a(\varepsilon)f_F(\varepsilon)d\varepsilon
$$

これをいきなり数値計算してしまうというのもひとつの考えかたで、それはそれで構わない。数値計算ならそれほどひどく大変じゃない。ただ、熱容量の低温での温度依存性くらいは導いておいてもいいだろう。以下ではそれをやってみる。
$${f_F}$$は$${\varepsilon=\mu}$$の近くで急激に変化し、それ以外では一定値だから、むしろ$${\frac{\partial f_F}{\partial\varepsilon}}$$を考えるほうがいいだろう。これは$${\mu}$$付近でだけ値を持ち、$${\mu}$$から離れると急激に0に近づく。そこで、部分積分をしよう。$${a(\varepsilon)}$$の不定積分を$${A(\varepsilon)}$$と書くと

$$
I=\left[A(\varepsilon)f_F(\varepsilon)\right]_0^\infty-\int_0^\infty A(\varepsilon)\frac{\partial f_F}{\partial\varepsilon}d\varepsilon
$$

となるので、第一項が0になる場合だけを考えよう。上限では$${f_F}$$が0になるので、下限で$${A}$$が0になっていればいい。ここで、


$$
\frac{\partial f_F}{\partial\varepsilon} = -\frac{\beta e^{\beta(\varepsilon-\mu)}}{\left(e^{\beta(\varepsilon-\mu)}+1\right)^2}
$$


積分は$${\varepsilon=\mu}$$の近くでだけ値を持つから、$${A(\varepsilon)}$$を$${\mu}$$の近くで展開しよう。


$$
A(\varepsilon)=\sum_{n=0}^\infty \frac{1}{n!}A^{(n)}(\mu)(\varepsilon-\mu)^n
$$


ただし、$${A^{(n)}}$$は$${A}$$の$${n}$$階微分を表す。
すると積分は


$$
I=\beta\sum_{n=0}^\infty \frac{1}{n!}A^{(n)}(\mu)\int_0^\infty \frac{(\varepsilon-\mu)^n e^{\beta(\varepsilon-\mu)}}{\left(e^{\beta(\varepsilon-\mu)}+1\right)^2}d\varepsilon
$$


と表せる。ここで、$${x=\beta(\varepsilon-\mu)}$$と変数変換すれば


$$
I=\sum_{n=0}^\infty \frac{1}{n!}\frac{A^{(n)}(\mu)}{\beta^n}\int_{-\beta\mu}^\infty \frac{x^n e^x}{\left(e^x+1\right)^2}dx
$$


が得られる。低温なので$${\beta\rightarrow\infty}$$を考えることにして、積分の下限は$${-\infty}$$としていいだろう。これを


$$
I=\sum_{n=0}^\infty \frac{1}{n!}\frac{A^{(n)}(\mu)J_n}{\beta^n}
$$


とまとめれば、各項は$${(k_BT)^n}$$に比例するので、低温展開になっていることが分かる。

さて、$${J_n}$$だけれども、


$$
\frac{e^x}{\left(e^x+1\right)^2}=\frac{1}{\left(e^{x/2}+e^{-x/2}\right)^2}
$$


が偶関数なので、$${n}$$が奇数なら$${J_n=0}$$となり、$${n}$$が偶数の時だけを考えればいい。そこで、$${J_{2m}}$$として$${m=0,1,2,\dots}$$を考える。どうせ$${J_0}$$と$${J_2}$$くらいしか使わないことを思えば、積分公式を眺めてふたつの積分を求めてもいい。ここでは原理的に任意の次数まで計算できる方法を紹介しよう。


母関数

$$
J(\lambda)=\int_{-\infty}^\infty \frac{e^{\lambda x}}{\left(e^x+1\right)^2}dx
$$


を導入する。これが求められていれば、任意の$${J_{2m}}$$は

$$
J_{2m}=\frac{\partial^{2m}}{\partial \lambda^{2m}}J(\lambda)\left|_{\lambda=1}\right.
$$


で得られる。

$${J(\lambda)}$$を得るには$${y=e^x}$$と変数変換する。あとはベータ関数とガンマ関数の公式を睨むと


$$
J(\lambda)=\int_0^\infty\frac{y^{\lambda-1}}{(y+1)^2}dy=B(\lambda,2-\lambda)
=\frac{\Gamma(\lambda)\Gamma(2-\lambda)}{\Gamma(2)}\\
=\frac{1-\lambda}{\Gamma(2)}\Gamma(\lambda)\Gamma(1-\lambda)
=\frac{(1-\lambda)\pi}{\sin\lambda\pi}
$$


が得られる。

これで$${J(\lambda)}$$を計算できた気になるかどうかはわからない。自力で計算しないと理解した気になれないなら、ベータ関数とガンマ関数の公式を自分で導出するよりも、元の積分を複素積分で計算するほうが筋がいい。とりあえず、いったん横道にそれて、ここに複素積分で求める方法の粗筋だけ書いておこう。積分変数を複素数まで拡張すると$${J(\lambda)}$$の被積分関数$${e^{\lambda x}/(e^x+1)^2}$$は$${l}$$を整数として$${(2l+1)\pi i}$$に2位の極を持つ。そこで、同じ被積分関数を$${\infty+2\pi i}$$から$${-\infty+2\pi i}$$まで積分する道を考えて$${J}$$とつなぐ。$${0<\lambda<2}$$なら無限遠方の寄与は消えるので、これで周回積分ができる。


$$
\oint = \left[\int_{-\infty}^{\infty}dx-\int_{-\infty+2\pi i}^{\infty+2\pi i}dx\right]\frac{e^{\lambda x}}{\left(e^x+1\right)^2}
$$


ここでふたつめの積分に対しては$${y=x-2\pi i}$$と変数変換して、$${e^{2\pi i}=1}$$に気をつけると


$$
\oint = J(\lambda)\left(1-e^{2\pi\lambda i}\right)
$$


が得られる。あとは周回積分だが、これは$${x=\pi i}$$の極だけを囲んでいるので、その点での被積分関数の留数を求めればいい。$${x=\pi i +\delta}$$として$${\delta}$$で被積分関数をローラン展開すると


$$
\frac{e^{\lambda x}}{\left(e^x+1\right)^2} = e^{\lambda\pi i}\left[\frac{1}{\delta^2}+(\lambda-1)\frac{1}{\delta}+\dots\right]
$$


となるので、留数($${\frac{1}{\delta}}$$の係数)は$${(\lambda-1)e^{\lambda\pi i}}$$と分かる。留数定理を使ってまとめれば


$$
J(\lambda)=\frac{-2\pi i(1-\lambda)e^{\lambda\pi i}}{1-e^{2\lambda\pi i}}=\frac{(1-\lambda)\pi}{\sin\lambda\pi}
$$


となって同じ結果が再現される。めでたしめでたし。

さて、ここまでくれば、もう任意の次数の$${J_{2m}}$$を求められる。$${J(\lambda)}$$を直接微分してもいいけれども、どうせ低次の項しか使わないのなら、$${J(\lambda)}$$を$${\lambda=1}$$のまわりでテーラー展開しておけばいい。$${\lambda=1+\delta}$$と書いて$${\delta\ll 1}$$とすれば、$${\sin(1+\delta)\pi =-\sin\delta\pi = -\delta\pi +\frac{1}{6}(\delta\pi)^3+\dots}$$だから


$$
J(1+\delta) = \frac{-\delta\pi}{-\delta\pi+\frac{1}{6}(\delta\pi)^3+\dots} = 1+\frac{1}{6}(\delta\pi)^2 +O(\delta^4)
$$


が得られる。これより、$${J_0=1}$$、$${J_2=\frac{\pi^2}{3}}$$と分かる。
これを使うと、温度の二次までのゾンマーフェルト展開は


$$
I=A(\mu) + \frac{\pi^2}{6}(k_BT)^2A^{(2)}(\mu) + O((k_BT)^4)
$$


となる。高次項も同様に求められる。もっとも、めったに使わないと思う。

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