統計力学の計算で初学者が嫌になるところ(3)

これまで(1)(2)と書いてきたけど、まだしっくりこない人がいると思う。そこで、さらに遡って、試しに二準位系の状態密度をものすごく厳密に計算してみよう。これで疑問は解けるのではないだろうか。

エネルギーが$${[E,E+\Delta E]}$$の範囲にある微視的状態数を数えるために、まずエネルギーが厳密に$${E=M\epsilon}$$($${M}$$は整数)である時の微視的状態の数(縮退度)を数えてみる。ただし、$${M}$$は$${O(N)}$$の整数で、今はこれが厳密に正しい数だと仮定する。これを$${W(M\epsilon)}$$とすると、(1)にも書いたとおり

$$
W(M\epsilon) = \frac{N!}{M!(N-M)!}
$$

となる。とりあえずガンマ関数にせずに階乗のままにしておいた。

次にエネルギーに範囲をつける。エネルギー範囲の下限を$${ (M-1)\epsilon < E < (M+1)\epsilon }$$、上限を$${ (M+m-1)\epsilon < E+\Delta E < (M+m+1)\epsilon }$$としよう。つまり、エネルギー幅は$${(m-1)\epsilon < \Delta E < (m+1)\epsilon}$$としておく。ただし。$${m\sim O(N)}$$かつ$${M\gg m}$$とする。このエネルギー範囲も今は厳密に正しいものとしよう。この範囲に含まれる微視的状態数は厳密に書けて

$$
W(E,\Delta E) =\sum_{k=M}^{M+m}W(k\epsilon)=\frac{N!}{M!(N-M)!}\times A
$$

で$${A}$$は

$$
1+\frac{N-M}{M+1}+\frac{(N-M)(N-M-1)}{(M+1)(M+2)}+\dots
+\frac{(N-M)\cdots(N-M-m+1)}{(M+1)\cdots(M+m)}
$$

となる。$${A}$$の各項には分子分母に同じ数の$${O(N)}$$の量があるから、全て$${O(1)}$$になる。それが$${m+1\simeq m}$$個あるので

$$
W(E,\Delta E)\propto m \frac{N!}{M!(N-M)!}
$$

と書けて比例係数は$${O(1)}$$の定数だ。ここで、$${\frac{\Delta E}{\epsilon}=m+O(1)\simeq m}$$を使うと

$$
W(E,\Delta E)\propto \frac{N!}{M!(N-M)!}\frac{\Delta E}{\epsilon}
$$

を得る。エネルギーを連続値とみなすために階乗をガンマ関数で書いて、$${M}$$を$${E}$$で表せば

$$
W(E,\Delta E)\propto \frac{\Gamma(N)}{\Gamma(\frac{E}{\epsilon})\Gamma(N-\frac{E}{\epsilon})}\frac{\Delta E}{\varepsilon_0}
$$

ただし、ガンマ関数にする時に$${O(N)}$$の係数を三つ無視したから、比例係数は$${O(N)}$$になった。状態密度の定義

$$
W(E,\Delta E)=\Omega(E)\Delta E
$$

と比較すれば

$$
\Omega(E)\propto \frac{\Gamma(N)}{\Gamma(\frac{E}{\epsilon})\Gamma(N-\frac{E}{\epsilon})}\frac{1}{\epsilon}
$$

であることが分かる。エントロピーは$${\Omega(E)\Delta E}$$の対数を取ってスターリングの公式を使えば求められるが、そこでも例によって$${O(\log N)}$$の数は無視する。

(1)ではもっと大雑把に$${\Omega(E)\Delta E}$$を「エネルギーがぴったり$${E=M\epsilon}$$である時の縮退度」$${\times}$$「$${\Delta E}$$の範囲で取りうるエネルギーの数」とした。これは$${\Delta E}$$の範囲にあるエネルギーならどれでも縮退度はだいたい同じと考えたわけだが、正しくは$${O(1)}$$の係数だけ違っている。さらにガンマ関数にしたときに$${O(N)}$$の係数がついた。しかし、最終的には対数を取るので$${O(1)}$$だの$${O(N)}$$だのの係数の違いは無視できて、厳密に計算した結果と同じになる。

誤解してほしくないのだが、(1)に書いたような大雑把な計算をするべきであって、上でやったような厳密な計算をする必要はないし、やるべきでもない。エネルギー幅を厳密に考えるのはむしろ物理的に不自然だ。ここでは大雑把な計算がどういう意味で正しいかを確認した。結論としては、最後に対数を取れば$${O(N)}$$まで正しい。それで目的は達成できる。あとはこういう「大雑把だけど正しい計算」に慣れるだけだ。慣れれば、小さい数をはじめからどんどん捨てていく計算ができるようになる。

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