統計力学の計算で初学者が嫌になるところ(2)

前回の最後にちょっとだけ、ミクロカノニカル・アンサンブルの$${\Delta E}$$について書いた。講義ノートでも詳しく議論しているし、あれでいいかなとは思うんだけど、もうちょっとだけ議論しておこう。

そもそもエネルギー幅$${\Delta E}$$なんかなんのためにつけるのか、どうせ最後は捨てちゃうんだからいらないじゃん、というところから考えよう。ありていに言えば、なくても全然困らないんだけど、ないと気持ちが悪い。どういうことか。前回同様に二準位の系を例にとろう。エネルギーがぴったり$${E}$$であるような微視的状態数はいくつか。答えは0だ。それはそうだ、なにしろ全系のエネルギーは$${\epsilon}$$の整数倍にしかならないのだから、適当な$${E}$$の値を指定してもそこにエネルギー準位はない。$${E}$$を連続値とする限り、そうなる。適当に指定した$${E}$$がたまたま$${\epsilon}$$の整数倍になる確率は0だ。

とはいえ、巨視的なエネルギーの話をしたいのに$${\epsilon}$$なんていう微視的なエネルギー間隔が顔を出すのはおかしい。巨視的にはエネルギーは連続値とみなしたい。そもそも巨視的なエネルギーはそんなに精密に決まっているのだろうか。そこで、エネルギーを連続値として扱うために$${\Delta E}$$という幅を設定して、それより細かいエネルギー構造は見ないことにしよう。$${\Delta E}$$の物理的由来をなんだと思うかは、好きずきだ。どうせ外界との相互作用を完全には(無限精度で)遮断できっこないのだから、外界との弱い相互作用で全エネルギーが少し揺らぐと考えてもいい。もちろん、その場合、長時間極限では外界と熱平衡になってしまうので、そこまで長時間ではない範囲で考えることになる。あるいは、由来は問わず、巨視的系の全エネルギーがぴったり決まるはずがないと思ってもいいし、理論構築のための方便と開き直ってもいい。いずれにしても、エネルギーを$${\epsilon}$$よりも粗く見ないとおかしなことが起きる。

$${\Delta E}$$は$${O(N)}$$かつ$${E}$$よりは充分に小さいものとする。具体的な値はまったくどうでもいい。とにかく、「これ以上細かいエネルギー構造は見ない」という幅を設定することによって、$${E}$$を連続値とみなせるようになる。

エネルギーが$${E}$$から$${E+\Delta E}$$の間にある微視的状態(エネルギー固有状態)の数は状態密度を使って$${\Omega(E)\Delta E}$$と書ける。これは$${\Delta E}$$が$${E}$$に比べて充分に小さいことを使って、状態数を$${\Delta E}$$でテーラー展開した初項だ。この形に書くと、$${\Delta E}$$を定数倍したところで、対数をとってしまえば$${O(1)}$$の定数項がつくだけだから、$${\Delta E}$$がどんな値でもいいことがはっきりする。さて、$${\Delta E}$$は小さいとは言え、$${O(N)}$$なのだから、その中には全系の取りうるエネルギー値が膨大に含まれる。そして、各エネルギー値を持つ状態は膨大に縮退している。

$${\Delta E}$$の幅にある「可能なエネルギーの種類」は$${\frac{\Delta E}{\epsilon}}$$だ。そのそれぞれはまあだいたい同じくらいの縮退度と考えていいだろう。ここで「同じくらい」と言ってるのは、前回議論したように$${O(N)}$$くらいの係数は違ってて構わないという大胆な「同じさ加減」なのだが、これは例によって最後に対数を取るから構わない。そうすると$${\Omega(E)\Delta E}$$は、エネルギー範囲に含まれる「ぴったり$${\epsilon}$$の整数倍」のエネルギーの縮退度に$${\frac{\Delta E}{\epsilon}}$$を掛けたものでいいだろう。

エントロピーはこれの対数なので、$${O(N)}$$程度の係数は$${O(\log N)}$$となって無視できる。$${O(N)}$$程度の違いを$${N}$$個集めたとしても、対数を取ってしまえば所詮は$${O(\log N)}$$だ(すごくまじめに計算してみると分かるが、実は各エネルギーごとの縮退度の違いは正しくは$${O(1)}$$だ。それが$${\Delta E}$$の幅の中に$${O(N)}$$個あるので、合わせて$${O(N)}$$の係数になるが、$${\Delta E}$$が$${O(N)}$$だから、すごくまじめに計算した状態密度は「ぴったり$${\epsilon}$$の整数倍」のエネルギーの縮退度を$${\epsilon}$$で割ったものとは$${O(1)}$$倍だけ違う。もちろん、対数を取ればこんな差は無視できる)。ついでに、$${\log \frac{\Delta E}{\epsilon}}$$も$${O(\log N)}$$だから無視できる。なんだ結局エントロピーは「ぴったり$${\epsilon}$$の整数倍」のエネルギーの縮退度の対数でいいじゃんということになってしまうのだけど、前回の最後に書いたとおり、$${\Delta E}$$より細かいエネルギー構造は見ずに、エネルギーを連続値とみなしているので、$${\Delta E}$$は暗黙に残っている。まあ、こういううるさいことを言わなくてもいいんじゃないかと思う人はそれでもいいです。結果は変わらないので。


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