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マイクロノベル229-240

229.
暗号通貨の採掘に膨大な計算資源が使われているのを知っているだろうか。その計算の殆ど全ては無駄なものだ。僕たちはその無駄になった計算を安く買い集めている。計算としてはなんの役にも立たないが、それを低エントロピー源として熱機関を動かせる。僕たちはその出力を売るのだ。

230.
世の中に予言者が増えすぎてしまって、誰も予言に耳を貸さなくなった。そこで僕は予言を聞く商売を始めた。道端で店を広げているとひとりまたひとりと予言者がやってくる。そして、僕に料金を払って、取っておきの予言を語る。僕は真面目な顔でそれを聞き、ノートを取る。彼らが語る世界の終わりかたは実に多様だ。

231.
三千年ほど前に滅びた文明の遺跡から、大量の文書が出土した。その文字はこれまでに知られているどの文字とも似ておらず、解読は困難と考えられた。いや、僕はその文字を知っていた。ひと目見ただけで意味が分かったのだ。そういう仲間が集まり始めている。僕たちはどこから来たのだろう。

232.
偶然が作り出す芸術がある。池に落ちる雨が作る波紋はたまたまできるもので、再現性はない。そういう絵画を作ってみたくなって、地面に敷いた紙に絵の具を垂らしてみたりするのだが、どうしても次の一滴をどこに落とすか考えてしまい、作為が生じる。雨の気持ちになるには修行が要る。

233.
満月の翌日、満月より丸い月がのぼった。先に気づいたのは彼女のほうだ。「丸い」と彼女が驚きの声を上げ、僕もただ呆気に取られて見上げるだけだった。夜のニュースはその話題で持ちきりだった。何かの前兆と考える人もいた。理由を説明できる科学者はいなかった。翌日、もっと丸い月がのぼった。

234.
三日月型砂丘の群れはゆっくりと、しかし着実に進んでゆく。目の前の丘を飲み込み、町を飲み込んで進む。尾から放たれた砂は後続の砂丘を導き、鳥の群れのような楔形を作る。遠い火星の大地の上でも三日月型砂丘の群れが進んでゆく。火星の砂丘が叫び声を上げ、地球の砂丘がそれに応えた。

235.
脂質二重膜にDNA複製系を入れた人工細胞の実験を続けている。このシステムは条件を整えれば自己複製し続ける。さて、ここからは想像だ。誰かがこれに葉緑体を加えて、光さえあれば自己増殖できる細胞を作ったのだ。それを裏の池に投げ込んだ。今目の前にいる怪物はその集合体なのではないか。

236.
毎日何通かの手紙が届く。近況を伝える言葉の最後に書かれた数字を集めてルールブックに従って計算すると、こちらの近況をしたためた手紙の最後にその結果を記して、決められた相手に送る。いまどき手紙なんてと言われることもあるが、いつの日かその作業が世界の秘密を解き明かすはずだ。

237.
動画サイトに投稿されたその歌はただのポップソングのように思えた。それがネットで火がつき、瞬く間に世間に広まった。人々は町なかで口ずさみ、子供たちが真似をして歌った。やがて反政府デモが組織され、歌は大きなうねりとなって国を覆っていった。政府が倒れるまでに時間はかからなかった。

238.
エウロパの海で生命が誕生したのは地球で生命が誕生した時期と数億年しか違わない。太陽系が誕生した時に、量子的に絡み合った粒子たちの一方が地球に落ち、他方がエウロパに落ちたのだ。だからふたつの星の生命は量子的に繋がっていて、僕たちはエウロパの生命体に懐かしさを覚える。

239.
夜、公園のベンチに座っていると草叢から虫たちの声が聴こえてくる。僕には虫の声を聞き分けられないけれども、相当な数だ。と、突然虫たちが鳴きやみ、静寂が訪れた。はっとして顔を上げれば、虫たちは何ごともなかったかのように鳴いている。あの瞬間は偶然が生んだのか、それとも。

240.
「隠してたけど」と彼女が言った。「わたしはよその星から来たの。明日星に戻らないと」
「だって」と僕。「週末デートの約束だよ」
「そうか」彼女は考えこんだ。「じゃあ、戻るのはそのあとにする」
 そんなわけで僕たちは今日デートをして、そして次に会う約束もするのだ。

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