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マイクロノベル

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記事一覧

マイクロノベル241-252

マイクロノベル241-252

241.
「PはNPに等しいことを証明します」そう前置きして、若い研究者は講演を始めた。口調は穏やかだが、穏やかならざる話だ。集まった研究者たちが固唾を飲んで見守る中、証明は淡々と進められた。「Q.E.D.」その言葉が終わるか終わらないかのうちに、世界中のコンピューターが停止した。

242.
ほんの些細な違いなのだ。歩行者用の信号が点滅し始めたときに立ち止まったとか、ほんの少しだけもたついて電車

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マイクロノベル229-240

マイクロノベル229-240

229.
暗号通貨の採掘に膨大な計算資源が使われているのを知っているだろうか。その計算の殆ど全ては無駄なものだ。僕たちはその無駄になった計算を安く買い集めている。計算としてはなんの役にも立たないが、それを低エントロピー源として熱機関を動かせる。僕たちはその出力を売るのだ。

230.
世の中に予言者が増えすぎてしまって、誰も予言に耳を貸さなくなった。そこで僕は予言を聞く商売を始めた。道端で店を広げ

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マイクロノベル217-228

マイクロノベル217-228

217.
仕事帰りに近所の公園に寄ってみた。もう夕暮れだというのに、ブランコに小さな女の子が座っている。泣いているようだ。「どうしたの」と声をかけても、首を振るばかりで答えない。途方に暮れていると、突然一陣の風が吹いた。こどもはぱっと顔を輝かせ、手を振りながら風に乗って空に消えていった。

218.
夢の中で君に会う。それはいつも同じ海辺の小さな町で、今日の僕たちは浜が見える喫茶店でコーヒーを飲ん

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マイクロノベル205-216

マイクロノベル205-216

205.
友人も家族も捨ててひとりで生きるために、地図で見つけたこの町にきた。素泊まりの小さな旅館に部屋を取り、明日は仕事を探しにいく。日払いの仕事がいい。酒を飲み、日記を書く。いつかこの日記も途切れ、やがて誰かに発見される。僕が生きた記録は誰かの心にささやかな何かを残す。

206.
地球が太陽の周りを回っていると主張する「地動派」はあまりに危険な思想の故にその多くが逮捕されたが、残党は今も地下

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マイクロノベル193-204

マイクロノベル193-204

193.
帝国は密かにその領土を広げている。見えもせず感じもしないけれども、ゆっくりとしかし着実に勢力を伸ばしている。その気配はたとえば政治家のちょっとした仕草とか、ラジオのキャスターがふと漏らすひと言とか、そういうところから漂ってくる。自由のために戦う日はやがて訪れる。

194.
君は海の一族だから、僕は船を操って逢いにくる。海から顔を出した君を引っ張り上げると、君は腰掛けて僕に顔を寄せる。積

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マイクロノベル181-192

マイクロノベル181-192

181.
公園にシーソーがふたつ並んでいる。懐かしくなって座ってみた。そうだ、僕たちはシーソーに乗ってこどものように遊んだのだ。君は楽しそうに笑い続けた。それからベンチに並んでひとつのアイスクリームを分け合って食べた。気がつくと僕はひとりでシーソーに座り、夕焼けを見ている。

182.
人混みの中をあてもなく歩いていたら、懐かしい匂いを感じた。確かに君の匂いだった。あわてて振り返っても、君に似た人

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マイクロノベル169-180

マイクロノベル169-180

169.
小川のほとりに小さな水車小屋が建てられていて、水車がゆっくりと回っている。今どき水車で粉を挽いたりなどしないだろうに、水車は休まず回り続ける。小屋の中を覗くと、水車の軸に人形が取り付けられて、回転に合わせて踊っている。誰に見せるためでもなく、ただ人形は踊り続ける。

170.
僕たちが作っているアンドロイドは見た目こそ人間にそっくりだが、中身は機械じかけで、よく耳をすませば動くときに空気

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マイクロノベル157-168

マイクロノベル157-168

157.
山道をかれこれ二時間は登っただろうか。周りは深い森に囲まれ、まだ午前中だというのに薄暗い。時折がさがさっという音がするのは鳥か小動物か。ふと振り返ると、登ってきたはずの山道は姿を消して、森だけが続いていた。登り続けるしかない。この道は僕をどこに連れていくのだろう。

158.
人々が集まればそこに音楽が生まれ、踊りが生まれる。異国の地で出会ったそれは強烈な思い出として僕の心に残っている。

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マイクロノベル145-156

マイクロノベル145-156

145.
君の涙のひとしずくを僕の指先に受け取って、太陽の光にかざしてみよう。光を透してきらきらと輝くそれは宝石のように美しい。しばらくするとしずくは崩れて、指先から掌へと流れていく。ほら、君はもう寂しくないだろう?
「ほら」僕がささやく。
「ばかね」君はまだ少し涙声だ。

146.
明日終末が訪れるという日、僕たちはカフェで昼食を楽しんでいた。街は最後のデートをする恋人や買い物を楽しむ家族連れで

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マイクロノベル133-144

マイクロノベル133-144

133.
電子の海で僕たちは出会って、ネットワークの片隅に密やかな愛の巣を作った。僕は君の本当の名前を知らないし、君も僕の本当の名前を知らない。年齢も知らないし、もしかすると性別だって知らないけれども、僕たちはそこで愛し合った。僕たちが消え去った今も、その思い出は電子の海に残っている。

134.
僕たちは暗い部屋の中でゆらめく蝋燭の炎を見つめていた。壁に映る君の影がゆらゆらと揺れる。君が手を炎に

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マイクロノベル121-132

マイクロノベル121-132

121.
水平線の上に町らしき景色が浮かんだ。蜃気楼だ。だんだんはっきり見えてきたその町には異国の家々が並んでいて、そこには異国の言葉を話す人々が暮らしている。僕はその町の市場でパンを買うところだ。そしたら、広場で君と落ち合う。広場は人々で賑わっている。やがて町は静かに消えていく。

122.
月は巨大な円盤のはずだった。だからいつでも同じ姿を見せているのだ。ところが、月は球体だと主張する天文学者

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マイクロノベル109-120

マイクロノベル109-120

109.
稲荷神社の紅い鳥居をくぐる。鳥居はどこまでも並び、果ては見えない。ひとつくぐるごとに空気は透き通り、張り詰めた涼しさを感じる。やがて周囲は大木の森へと変わる。ここはもう太古の世界。鳥居が途切れると、鬱蒼とした木々に囲まれた神殿があり、たくさんの狐たちが遊んでいる。

110.
素焼きの壺におさめられた古い文書が出土した。文字が発明されていなかった時代に石に刻まれたそれは議論を巻き起こした

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マイクロノベル97-108

マイクロノベル97-108

97.
僕たちは夜と朝を隔てるその瞬間に潜り込んで、街に出た。全てが止まった世界には、それほど多くはない人々の姿があった。夜中の仕事を終えて帰る人々、これから早朝の仕事に向かう人々、朝まで遊んでいた人々。僕たちは自由だ。この時間がいつまでも続けばいいのにと僕たちは願った。

98.
僕が働く工房にも新しい蒸気機関が据え付けられた。今までの蒸気機関は吐き出されるお湯を水路に流さなくてはならなかったけ

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マイクロノベル85-96

マイクロノベル85-96

85.
博物館の収蔵庫の片隅に謎の機械がひっそり置かれている。錆び付いて潰れた機械は白亜紀の地層から発見された。そんな時代に機械があるはずはないので、いたずらと考えられている。でも違う。僕は今まさにこれを作っている。出土したからには、僕は現代に戻ってこられないのだろう。

86.
「音楽ではない!音だ!」ノイズマスターが叫んだ。放射される音には音階もリズムもなく、ただ移ろいゆく音の塊があるだけだ。

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