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元P&Gでもない広告マニアの私がUSJのクリスマスCM戦略を徹底解説する。

この記事ではUSJのクリスマスCMを広告発想の観点から解説しようと思います。私の仕事は広告とは全く畑違いの仕事で、マーケティングのプロでもなければ広告のプロでもありません。ただの素人が天下のUSJの戦略を解説してみよう、という「趣味」の試みです。

この記事を読んでいただければ「広告メッセージの作成方法」「顧客起点の発想法」が体形立てて理解できることと思います。実際のUSJのクリスマスCMを解説することで、彼らの戦略を追体験できるような記事にしてみたいです。

この記事の想定読者を、
・「広告/マーケティングが好きな人」
・「広告業界3年以内の方々」
・「広報に携わる方」
・「情緒的なものが好きな人」

とし、出来るだけ論理的で、なおかつ心に刺さるような構成にできたらなと思います。

ただ、念のためもう一度書きますが、私は素人です。考察した箇所をめいっぱい書きますが、素人が考えたことであると念頭に置いてお読みいただきいところです。


今回の記事ではUSJについて書きますが、以下については触れません。

・ハリーポッタープロジェクト
・ハロウィンプロジェクト
・USJ再建の立役者である、
 元P&Gの森岡毅さんの具体的思考法
・経営難にあったUSJのV字回復の
 サクセスストーリー

wikipediaより
森岡さんはマジでヤバい
(語彙力)


私は専門家でもなんでもないズブの素人なのでこのあたりの解説はムリです。森岡さんについて書くのはおこがましいですし失礼です。



ですので、この記事ではタイトルの通り、USJのクリスマスCMに絞って解説しようと思います。なぜクリスマスCMについて書くのかというと、私が単純にこのCMが好きだからです。


それでは本題に入ってみましょう。


▶︎WHY(なぜ)がすっぽ抜ける広告

企業ブランディング、マーケティング、広告戦略において、昨今では「パーパス(WHY)」を考えることが重要である、というのがある種のトレンドとなっているようです(いやいや、今更かよという意見はスルーします)。

企業のマーケティング活動において、以下の三要素を熟考することは非常に重要な要素を占めます。

・WHAT(何を)
・HOW(どのように)
・WHY(なぜ)

「キリン一番搾り」を例にとると、

WHAT(何を)=「ビール」

HOW(どのように)=「一番搾り製法で雑味なく」

ということを、堤真一や満島ひかりにキリン一番搾りをCMで飲んでもらい「うわぁ〜美味しい」と言わせるのですが、WHY(なぜ)=「キリンはなんのために一番搾りを作っているのか」という部分の訴求が抜けています。「ビールは絶対に一番搾りじゃないとイヤだ」という人は、そう多くはないのではないでしょうか。

キリン一番搾りCM


キリン一番搾りCM(30秒)


キリン(競合他社も)でさえそうであるように、多くの日本企業はWHAT(何を)/HOW(どのように)を訴求するのは得意なのですが、肝心要のWHY(なぜ)がすっぽ抜けていることが多いのです。重要なことなのでもう一度書きますが、多くの企業は、このWHY(なぜ)がないまま広告CMを制作することが非常に多い、という現状があります。


※パッと分かりやすいものとしてキリンを取り上げましたが、そうはいってもキリンさんですから、ブランドメッセージは一貫しています。



パーパス(WHY)についての良記事


▶︎なぜWHYが大事なのか?

「なぜWHYを考えることが大事なのか?」についてもう少し書きます。端的に分かりやすいのが「ゴールデンサークル理論」です。

なぜWHYが重要なのか?

それは「人は”なぜ”に共感して購買活動を行うから」「”なぜ”に共感する人たちは強い行動をするから」です。ここでのWHY(なぜ)とはその企業が存在している理由であり、企業が掲げる理念・信念です。


有名な話ですが、アップル社を例にとります。
アップルはiPhoneを始め、常に革新的であり続け、多くのユーザーから支持される世界最大級の企業です。しかし、アップルは多くの電子機器メーカーのひとつに過ぎません。ほかにもPCやタブレット、スマホを作る企業はたくさんあるわけです。

となると、なぜアップルだけが多くの消費者に選ばれるのか?アップルをアップルたらしめているものはなんなのか?仮にもし、アップルが他の競合企業と同じ広告展開をするとしたら、CMでの情報訴求はこうなります。

WHAT(なにを)
私たちは新たなスマートフォンを作りました。

HOW(どのように)
美しく洗練されたデザインのフォルム、ユーザーにとって使いやすい仕様にしています。

WHY(なぜ)

なし

購買促進

iPhoneをおひとつ買いませんか?


これでは消費者はiPhoneを手に取りません。心を動かされないからです。しかし、この訴求方法は日本を始め多くの企業がとっている手法であり、先ほどのキリン一番搾りのCMも、思い出してみると同じような構成になっていることが分かるかと思います。

整理すると、
多くの企業の情報訴求の順番としては

WHAT(何を)

HOW(どのように)

WHY(なぜ)
※すっぽ抜け

となります。


では、実際のアップルの訴求は
どうなっているか?

この情報の伝え方の順番が逆なのです。

WHY(なぜ/何のために)

HOW(どのように)

WHAT(何を)



アップルを考えてみます。


WHY(なぜ)
私たちは世界を変えられると本気で信じています。私たちは、人と違う考え方、美しいデザインで世界に革新をもたらせると信じています。

HOW(どのように)
どうやって世界を変えるかというと、美しく洗練されたデザインのフォルム、ユーザーにとって使いやすい仕様のスマートフォンで変えるのです。

WHAT(なにを)

私たちは新たなスマートフォンを作りました。

購買促進
iPhoneをおひとつ買いませんか?

なんか、欲しくなる


ゴールデンサークル理論は心理学ではなく、生物学に基づいているらしいのですが、詳細は本家の方の動画をご覧いただければより理解が深まるかと思いますので、空き時間でぜひご覧ください。


ここではとにかく、WHY(なぜ)=その企業の存在理由、掲げる理念・信念を伝えることが、人を動かすことにつながるのだ、ということをぜひ押さえてください。



ゴールデンサークル理論について


▶︎顧客起点で発想する

次に、広告を制作する際には「顧客起点」で考える必要があることについて書きます。広告メッセージ、マーケティングメッセージは顧客への利益や付加価値を訴える必要があります。しかし、ここが難しい。多くの企業がここを徹底的に考えないまま(というと語弊がありますが)なんとなく広告代理店に言われるがままにCMを作っています。

「スーパードライ」
悪くはないんだけど…
「ダイソン」
これも悪くはないんだけど
「大和ハウス」
そうではあるし美しいんだけど


広告を制作する際、多くの営業担当が何を言うかと言えば「ペルソナを設定しましょう」だそうです。ペルソナとは「商品購入が想定されるターゲット」です。

例えば「大和ハウス」の想定ターゲットを
ここで仮に作るとすると、

・北海道札幌市に住んでいる31歳男性
・子どもはおらず賃貸マンションに住んでいる
・学歴は大卒で現在は金融機関で勤務
・最近妻が妊娠して、現在の賃貸マンションから戸建てに引っ越しをしようか検討中
・昨今の情勢で外出が減っている

とまぁ、こんなところでしょうか。よくあるターゲット設定です。このようなターゲットを設定したからこそ、上記の画像では松坂桃李を起用し「家は生きる場所へ」というコピーになっています(違うかもだけど)。

しかし、これでは足りません。このようなターゲット設定は広告活動において、あまり意味を持ちません。ここからさらに深掘りする必要があるのです。どう深掘りするかというと「顧客が抱える課題」「顧客すらまだ気づいていない問題」「心の奥底にある願望」、例えるなら”氷山の見えない部分”を考える必要があるのです。


先程のターゲット設定で言えば、

・とはいえ年収は400万円
・妻には頭が上がらない
・妻は妊娠中なのに働いている
・本当は犬も飼いたい
・何も気にせずキャンプに出かけたっていいじゃないかと思っている

という不満・願望があるかもしれません。ここについては想像や「そうあって欲しい」という願望に寄らず、綿密な市場調査が必要です。このようなターゲット設定が明確に決まってやっと、広告製作者の腕の見せ所になります。

先程から広告代理店へのネガキャンのような文章になっていますが、実はそうとも言えません。そもそも広告を出したい企業側にこの考え方が不足しているという問題があるのです。企業広報担当者の「とりあえずぶん投げるから、いい感じに作ってきてよ」というセリフが今日もどこかで飛び交い、ディレクターたちは頭を抱えているのです。


ですから企業側は、顧客の不安、不満、まだ気づいていない願望を考えてやっと、広告メッセージに落とし込めるのだ、そしてそれが重要であるのだ、と思っていただく必要があるかもしれません。勇気を持ってターゲットを設定/不安、願望を探る、という判断をぜひしてみてください。

参考までに、森岡さんが好きだという、アメリカの黒人コメディアンの先駆け「ビル・コスビー」さんの言葉を紹介しておきます。

"I don't know the key to success, but the key to failure is trying to please everybody." -Bill Cosby

成功の鍵が何かは知らないが、失敗の鍵は、全ての人を喜ばせようとすることだ。
-ビル・コスビー
選ぶ、捨てるという勇気

▶︎USJクリスマスCMの変遷

さて、ここまで広告作成、ブランディング活動を行うにあたって必要な2つの要素を書いてきました。

[1]WHY(なぜ/信念)を伝えよう

[2]顧客起点で発想しよう

ここからはいよいよ、USJのクリスマスCMを見ていきます。私主観ですが、USJのクリスマスCMは2016年に一つの到達点に達します。まずは、そこに至るまでのUSJがどんなクリスマスCMを制作していたのかを見てみましょう。


変遷が分かる動画はこちら


▶︎2002年のクリスマスCM

(楽しげな音楽)

(ナレーション)
さあ、興奮と感動のクライマックスへ。

午後3時からのおトクなクリスマス・トワイライト・パスも発売中!

ユニバーサルスタジオジャパーン!

これまで書いてきたことを踏まえて、2002年当時のUSJクリスマスCMを見ると、少し滑稽に映るかもしれません。楽しげな音楽と、踊りを踊る人たち、喜ぶカップルがCMに登場します。USJからのメッセージは上に書いた通りです。WHAT、HOW、WHYが重要であると書きましたが、2002年時点ではWHAT(何を)とHOW(どのように)だけの訴求になっており、かつ顧客起点のメッセージが皆無であることがお分かりでしょうか。

2002年時点でのUSJはこのようなCMになっていましたが、この方式(WHAT/HOWだけを伝え、顧客起点ではない)は2022年現在、私が住む北海道のリゾートが放送しているCMと構成がほぼ同じです。地方は遅れているようなので、マーケッターの方々、北海道を救ってください。お願いします。



では、次に2009年を見てみます。

▶︎2009年のクリスマスCM

(クリスマスっぽい音楽)

(ナレーション)
ユニバーサルスタジオジャパンのクリスマス。

昼は魔法の雪が降り、
夜は無数のイルミネーションが包み込む。

1番クリスマスな場所へ。

ユニバーサルワンダークリスマス。

2009年になると、2002年とは少し様子が変わってきました。幼い女の子を連れた家族がずっと映っており、女の子が大喜びしています。これはおそらく想定ターゲットを「小さな子どもがいる家族」に絞ったのでしょう。2002年と比較すると大きな進歩なのですが、メッセージはまだWHAT(何を)/HOW(どのように)しか言っていません。

悪くはない、悪くはないんです。ただ、まだ足りない。これでは人は動きません。多くのテーマパークとメッセージが変わらないのです。CMではWHY(なぜ)を言っていませんし、メッセージが顧客起点でなく、まだUSJが言いたいこと(WHAT/HOW)を言うにとどまっています。


ここから2010年以降、ブランドメッセージが少しずつ変わり、そして2016年、USJは全国のお父さんをお茶の間で号泣させる傑作CMを生み出します。

それでは見てみましょう。


▶︎USJクリスマスCMの到達点

▶︎2016年のクリスマスCM(30秒)

まずは落ち着いて
この動画をタップしてください。


▶︎2016年のクリスマスCM/解説

少し大人びた女の子
お父さんと繋いだ手が離れる
天使が歌う
ツリーを見て喜ぶ女の子
お父さんアングルの女の子
女の子アングルのお父さん
お父さんと女の子が手を繋ぐ
(クリスマスっぽい音楽)

(ナレーション)
ユニバーサルスタジオジャパンのクリスマス。

一緒に来てくれるのは…
これで最後かもしれないな…。

今しか見られない輝きがある。

今しか渡せない贈り物がある。

ユニバーサルワンダークリスマス。
伝説のツリー、ついにラスト。

(女の子の小声で)
「ワーォ」

まずこのCMを見た時、私は泣きました。子どもいないのに。そして何度も再生しました。たぶん100回くらい再生したので、だいぶと再生回数に寄与してます。お父さんの切ないナレーション(少し下手なのがポイント)そしてBGM、アングル(計算ずく)全てが完璧であるように思われます。ナレーション、映像、全てに意図を感じます。はい、完璧です。このCMでは、USJが提供するWHAT(何を)/HOW(どのように)について、ほとんど言及されておらず、かつメッセージが顧客起点になっていることがお分かりになりますね。

おそらく、このCMが想定するターゲットは

・小学生の娘がいるお父さん
・娘を喜ばせたい
・だけどちょっと不器用

というのが伝わってきます。
「一緒に来てくれるのはこれで最後かもしれないな」のメッセージを考えてみると、このCMを作った森岡さん(USJ)が、徹底的に顧客起点で物事を観察しているのが見えてきます。このお父さんにはどんな不安・願望があるのでしょうか?

森岡さんの言葉をそのまま借りると、

娘がいつか「女」になることを恐れている。

というわけです。

かわいい娘といつまでも一緒にいたいし、喜んだ顔が見たいし「お父さんありがとう」と言われたい。

と、ここまではターゲットがどこかで「気づいている」不安や願望なのですが「一緒に来てくれるのはこれで最後かもしれないな」というメッセージによって、顧客がまだ「気づいてすらいない」無意識のニードが喚起されます。

すなわち、

「子供と本気で楽しめるクリスマスは
 あと何回もない」

「あなたのまだあどけなくてかわいい娘はすぐに大きくなって、クリスマスなんてあなたと一緒に過ごしたがらなくなります。すぐにクリスマスイブは帰って来なくなって、ホテルで彼氏と過ごすようになりますよ。だってお母さん、あなたにも身に覚えがあるでしょう?」
『USJを劇的に変えた、
たった1つの考え方(森岡毅著)』


なんとツラいことでしょう。
しかし、ここまで読んでくださった方であればご納得いただけるかと思います。どれだけ顧客起点でメッセージを作るのが重要なのかご認識いただけるはずです。

ただ、こうも思われるかもしれません。

「たしかにこのCMは顧客起点で考えられたメッセージが入っている。なるほど、WHAT(何を)/HOW(どうやって)も最低限でしか言っていない。ただ冒頭に説明していたWHY(なぜ)がないじゃないか。WHY(なぜ)が大事なんだろ?」


落ち着きましょう。
このCMにWHY(なぜ)が書いてあります。

USJはなぜクリスマスキャンペーンをやっているのか?なぜお父さんと娘さんに足を運んでもらいたいのか?何を信じてUSJは事業をやっているのか?

WHY(なぜ)はこのCMの最後、USJのブランディングメッセージとして出てきます。


世界最高を、お届けしたい。


そう。USJがテーマパークとして事業を続ける理由はこれであり、顧客に「世界最高」を体験してほしい、USJ、俺たちこそが世界最高を届けられるんだ、という強いメッセージがCMの最後に挿入されるのです。

私たちはこのCMを通して、顧客起点のメッセージを受け取り、そしてWHY(なぜ)を認識、そうしてはじめて心が動くのです。

結果的に、メッセージを顧客起点に変えた結果、USJのクリスマスキャンペーンの入場者数は前年の倍になったといいますから、それも納得できるものです。


▶︎おわりに

いかがだったでしょうか。
広告のプロでもなんでもない私が、あくまで趣味として書いた解説記事です。間違いなどがあればぜひコメントでご指摘ください。「こういう捉え方もある」「似た事例はこれ」「そもそも間違っている」など議論ができたらいいなと思います。

蛇足ですが、2016年のUSJクリスマスCMにはBGMとしてリベラの『天使のくれた奇跡』という楽曲が採用されています。ここまで徹底的に顧客起点やメッセージ性を考える森岡さんですから、BGMにこだわっていないはずがありません。そう思って、歌詞の和訳を調べてみました。

最後にこのCMの起用箇所の歌詞和訳をご紹介させていただき、この記事を終わります。

『天使のくれた奇跡』(リベラ)

For you're always near to me,
喜びの時も悲しみの時も、
 
in my joy and my sorrow
あなたはいつもそばにいてくれるから
 
For you ever care for me, 
いつも私を気にかけ、
 
lifting my spirits to the sky.
私の魂を空高く持ち上げてくれるから
 
Where a million angels sing, 
素晴らしいハーモニーで
 
in amazing harmony
数多の天使たちが歌う場所へ
 
And the words of love they bring
天使たちがもたらす愛の言葉は
 
The never ending story
決して終わることのない物語
 
A million voices sing
天使たちの歌声が奏でる
 
To the wonder of the light
驚くべき光
 
So I hide beneath your wing
私はあなたの羽の下に隠れる
 
You are my guardian, angel of mine.
あなたは守護者、私の天使


この楽曲に登場する「天使」とは誰にとっての誰で、「あなた」とは誰なのか?きっとそこまで考えている、と思わせるほどの仕事ぶりに思わず脱帽してしまうのです。


それではまた明日!



▶︎ダメ押しで2016年のCM(おかわり)



▶︎参考記事





〈あとがき〉
長いこと頭の中で構想していた趣味の記事でした。単純にこのCMが好きで、その良さを伝えるために理論武装した感じです。マーケティング、ブランディングは奥が深く、どんな仕事にも活かせる知識ですが、日本ではないがしろにされる知識です。今後の皆さんのお仕事にこの記事が役に立つことを祈っています。最後までありがとうございました。




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