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「裏、波羅蜜」

閉店後は、申し合わせたわけじゃないのになんとなーく友人が集まり、近所でバーを営む青年がコロナビールを持って来てくれたから、あ!そういえばと、すっかり皮が硬くなったレモンの存在を思い出し、それをセラミックのナイフでギシギシ切って、渾身の力を込めて果汁をしぼった。

やはり、コロナにはビタミンCである。
ライムだったらそりゃ完璧で、たちまちメヒコに飛ばされる。が、なんとコロナビールの原産国がいつのまにか中国になっていた。


昼からカウンターを陣取っていた友人Yは、「あした内地に帰るから、今日が最後の沖縄」と、ガブガブビールを飲んでから、白ワインをおかわりしていた。
「シラフじゃ目も合わせらんないよー」と言いながら、小顔を真っ赤にして、「くふふ」とちいさく肩を上げる。

足元にはYちゃんの子ども(仮にP)がまとわりついてて、それをゆるくたしなめながら、でも「飲むぞ」という気合いがしかと見受けられたので、2階に居た末っ子に(「生命の歴史」みたいなドキュメンタリーを見ていた)「Pといっしょにその動画見てあげて」と言ったら、一瞬「えっ」と引いたけど、「Pは退屈そうにしてんの?」と聞くから、「うん、してる」とわたしは、はっきりと答えた。
そしたら末っ子は、「そっかあ、じゃーいっしょに見るか」と、階段をタタタッと降りて、Pを誘いに行った。

Yちゃんには待ち人がふたりがいた。
でも、待てども待てども来なくって、ようやく来た!ってときは、開口一番「ずーっと待ってたんだから!」と涙ながらに訴えたけど、結局ラインの行き違いがあったみたいで、やれやれだった。


待ち人も来たわけだし、「ひとまずお会計させて」とYちゃんが言ったので、当たり前に計算して「6100円です」と言ったら、「そんな安いはずはない!わたしはちゃんと働いてるんだから、ちゃんととってもらわないと困る!」と言った。
「いやいや、気の抜けたスプマンテはサービス。だから金額は合ってるよ。むしろ100円おまけして、6000円でいいから」
「それは違うっ!わたしはちゃんと働いているっ」(Yちゃんは敏腕ヘアメイクアーチスト)

そんなやりとりを何回か繰り返すも、結局、最後にはYちゃんが「ありがとう」と折れてくれた。

しばらく、待ち人ふたりと話していたら、「Yちゃんが駐車場で倒れてる!」と、子どもたちがわたしらを呼びにきた。
慌ててみんなで駆けつけると、駐車場のちょうど草のところにYちゃんはうつ伏せ&大の字になって寝ていた。
真横には吐いたあと。
そっかー、限界だったんだね。吐くとラクになるからね。サマーベッド持って来て寝かせよう。濡れタオルも。なんなら蚊取り線香も脇に置こう。

こうしてサマーベットに寝ころばせ、顔にはタオル。
となれば、Yちゃんはどこから見ても、「リゾート」って感じに仕上がった。

「こういうときはそっとして置くべし」と、その場をそーっと離れたら、5分もしないうちに彼女は子どもたちのドッジボールに輪に加わって汗だくになっていた。

待ち人のひとりがその姿を見て、「へへっ」と朗らかに笑って、ゲロのことを「猫も食わねえ。アルコールきっつくて!」と言うもんだから、それもそうだとげらげら大笑い。

弱さのなかに強さがあって、強さのなかに弱さがある。

なんとなくだけど、彼女の気持ちがわたしにはわかるのだ。
彼女が抱えた問題の大きさからいったら、この共感はおこがましいかもしれないけど。

本質から目を逸らさまいと、ひたむきに不器用に生きてる。多分、たくさん損もしてるし、傷ついてる。
で、さんざん飲みまくって、最後にはドッジボールで〆。

そんなYちゃんは、かなりイケてると思う。


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