見出し画像

想い続けた君に告白する話



眠れない夜っていうのを、誰しも経験したことあるんじゃないだろうか。


通り抜ける空気の流れ。


ほんのり香る花の匂い。


カーテンを通過する月の光。


そんな夜は、五感に感じるすべてを、より意識してしまう。

そうすると、より眠れなくなる...。

それの繰り返し。


眠れない理由は、人それぞれだと思う。

今日の僕が眠れないのは、たぶん緊張のせい。


明日は大事な入試だから、早めに夢の中に入りたいんだけど。



僕の目指すこの高校は、梅の花が綺麗で有名らしい。

学校っていうと、桜な気がするけど。



緊張を感じさせる志望校への道を、1人で歩く。


結局、ほとんど眠れないまま朝を迎えてしまった。

大事な日なのに、コンディションはかなり悪い。

目の下は黒ずむし、頭もボーっとする。

寒いから手も悴むし、

目もそんなに開かない。



でも不意に何かが、そんな僕の目を開かせる。


驚いた僕の目なんかよりも、大きく透き通ってて、満月みたいにまん丸な瞳。

すらっと長いまつ毛。

お人形箱から出てきたみたいな。

俗に言う、一目惚れってやつなのかもしれない。


同じ高校に通えるかも、なんて淡い期待が僕をちょっぴり奮い立たせる。

幸い、勉強はそんなにできない方じゃない。

南風が僕を後押しする。

梅の花の香りが、僕の鼻腔をくすぐる。

太陽もこっちを見て笑ってる。


コンディション、そんなに悪くないかも。






迎えた入学式。

僕は志望校に受かることができた。

暖冬だったから、もう道の桜は散ってしまったけど。


お人形みたいなあの子とは、同じクラス。

席はちょっぴり遠い。

でも十分だ。

そんなにわがままは言わない。






しばらくクラスで過ごす内に、君のことをなんとなくわかっていった。

名前は、池田瑛紗。

おしとやかな雰囲気で、あんまり人と喋ってるところは見かけない。

頭はすごく良いけど、運動はそこまで得意じゃないっぽい。

美術部に所属したらしくて、絵はとっても上手だと評判だ。

偶然にも、僕も多少絵を描く。

僕に絵を趣味として与えてくれた神様に、何度感謝したらよいだろうか。


まだ帰宅部だけど...。



入ろうかな、美術部。






紫陽花が咲いて、蒸し暑さを少し感じさせてくるようになったある日。

ふと、美術部を見学してみようと思った。


思い立ったが吉日。


ちょっと他の場所よりじめじめしている、一階の廊下を、1人で美術室に向かって歩く。

美術室の扉は、大きく口を開けている。


人の気は...

どうやら無さそう。


〇〇:活動日とか、調べてくるべきだったよな...。


なんて肩を落としていると、


??:もしかして...入部希望?


誰もいないはずの美術室から声がする。

驚いて振り返ると、そこには


こちらを期待したように見つめる、大きな瞳が。


池田:私、池田瑛紗! 君はおんなじクラスの...。


顎に手を当てて、思い出そうとしてくれている。

まあそんなに僕は目立つ方じゃないし...。


〇〇:な、中西! 中西〇〇です!


池田さんを前にしたら、緊張して、うまく呂律が回らなかった。


池田:そ〜! 〇〇くんだよね〜! 覚えてるよ〜。


いや、絶対に覚えてない間だったけど。

ちょっと変わってる子かもしれないな、なんて思いながら。

でも池田さんに名前を呼んでもらえるだけで、ぜんぜん嬉しかった。


池田:〇〇くんは何系なの〜? 絵画系? 彫刻系?
それともデザインとか、工芸?


指を顎に当てて、首を傾げながら聞かれる。

畳み掛けてくる池田さんのペースに、飲まれそうになりながら


〇〇:え、絵を描きたくて...。美術部とか、どうかなぁって思って。


たどたどしく、俯きながら答える。

こっちからも何か展開しなくては。


〇〇:い、池田さんは? 何系なの?


絵画系なのは知ってるけど、聞いてみる。


池田:私も〇〇くんと一緒で絵を描く系だよ。

池田:今日はね、ここから見える紫陽花を描いてたの!


嬉しそうに喋る姿を見ると、こっちまで嬉しくなってくる。


〇〇:そ、そうなんだ。外で描いたりはしないの?


ちゃんと目を見て話せてるだろうか。


池田:う〜ん、それはしないかなあ。季節ごとにね、変わっていく景色を、同じ画角で描きたいなぁって思ってるの。


同じ場所で、季節や時間を変えて作品を作る。

モネの連作絵画みたいだ。


〇〇:モネの連作...みたいな?


誰かに似てるとか言って、気に障らないかな。


池田:そう! そうなの! んふふ、さっすが〇〇くんだね!


なんだか喜んでくれたみたいで、胸を撫で下ろす。


池田:〇〇くんも、今日何か描いていきなよ〜。


突然の提案に、すぐ切り返せない。

けど、せっかくここまで話せたんだ。

もっと距離を縮めないと。


〇〇:ぼ、僕も一緒に連作... 描いていいですかね...?


ちょっと踏み込みすぎたかな。

引かれちゃったかな。

そんな不安をよそに


池田:名案! ひとりぼっちでちょうど退屈してたとこだったの!


なんて明るく答えてくれる。


池田:切磋琢磨だね!


ちょっぴり不思議な君を、まだ直視できそうにない。






その後、僕は美術部に正式に入部した。

大きめの高校の割には、部員は少なくて、
同級生は僕と池田さんの2人だけ。

来年の新入部員が少なかったら、廃部になっちゃうんじゃないかとか危惧してるけど、

今は君の隣で絵を描けるだけで幸せだ。


君のおかげで学校に行くのがとても楽しみになった。

別に、絵を描きながらすごく喋るわけでもないし。

クラスでもたくさん話すわけでもないけど。

それで十分だ。

この美術室で、君の隣にいるだけで。


雨音を奏でるカラフルな傘を背景にしたり、

夏に向けて汗を流す野球部を背景にしたり、

塩素が香る青空を背景にしたり、

太陽に向かっていく向日葵を背景にしたり、

ヒグラシが鳴く夕焼けを背景にしたり、


美術室の窓枠に縁取られた季節や人の流れを、精一杯写し取った。

もちろん視界の縁には、君を映しながら。







いつの間にか毎日音楽を奏でていた蝉は消え、

苦しいほど僕たちを見つめていた太陽もちょっとは控えめになっていた。

不快感を伴った夏風は、涼しい秋風になって窓を通り抜けて吹き付ける。

冷房ももういらないかも。


僕と池田さんは、文化祭での絵の出展に向けて、2人で切磋琢磨していた。

窓の額縁の向こうには、紅く咲き誇る彼岸花。

これはいい絵が描けそうだ。


そんなこと考えていると、池田さんが一言。


池田:来年、新入部員来るかなぁ?


筆を動かしながら、眉を顰める。


〇〇:来なかったらさ、なくなっちゃうかね、この部活。


なくなってほしくないという、願望を込めながら。


池田:この代は、2人しかいないしねぇ。


しみじみと君はいう。


池田:〇〇くん、やめないでよ? 同い年1人ぼっちはもう懲り懲りだもん。


目線だけをこっちに向けて、君は言ってくれる。

うれしいこと言ってもらっちゃった。


〇〇:僕はやめないよ。池田さんもやめないでね?

池田:もちろんっ! 連作を描く使命が我々にはあるのです!


絵を描きながら、笑って答える。

こういうちょっとした会話が好きだ。


〇〇:あのさ、池田さん。

池田:ん〜?

〇〇:池田さんはさ、夜の絵は描かないの?


ふと疑問が生じて、絵を描きながら聞いてみる。


池田:う〜ん、描きたいんだけどねぇ。


顎に手を当てて、筆を動かしながら言う。


池田:夜は完全下校あるから、そんなに長く美術室にいれないし。

〇〇:写真撮ってさ、それ観ながら家とかで描けばいいんじゃない?


これは名案かもしれない。

そう思い横目で池田さんを見ると、なんだか腑に落ちてないご様子。


池田:それもいいんだけどね。私は直接、ここの空気感とか、匂いとか、光の加減とか、音とか、そういうのも感じながら描きたいかなぁ。


あぁ、確かに。

愚問だった。

五感すべてを使いながら、絵を描きたい気持ちはとてもよくわかる。


池田:だから夜の絵は冬かな! 日が暮れるの早いしね〜。 冬は夜!


枕草子みたいに言うなら、冬は早朝な気がするけど。


池田:あっ。そういえば〇〇くん。


今日の池田さんはおしゃべりみたいだ。

もちろん全然嫌じゃないし、むしろ嬉しいけど。


池田:なんで私のこと、池田さんって呼ぶの?


筆を置いてこちらを見つめる。


一瞬時間が止まったみたいに、脳が動かなくなる。

仰っている意味がよくわからない。

あなたが池田っていう名前だからじゃないか?


〇〇:そりゃ... 池田さんって名前だから...。


池田:そうじゃなくて! 下の名前で呼んでよ! 距離感じるじゃ〜ん。

池田:唯一の同級生部員なのに〜。


頬を膨らませて目を細める。

ご立腹みたいだ。

あんまりこういうの慣れないんだけどな。


〇〇:じゃ、じゃあ......  て、瑛紗さん?


目は合わせられない。

頬が熱くなるのがわかる。

顔、赤くないといいけど。


瑛紗:まぁ...及第点!


ぷいっと絵に向かい、筆を取る。


君の顔がちょっと赤く見えたのは、

咲き誇る彼岸花のせいかな。







彼岸花の絵は無事に完成し、その後の文化祭は大成功した。

顧問曰く、例年の比じゃないくらい、人が来てくれたとのこと。

来年の受験生の目に止まってくれてたらいいな。






文化祭が終わり、季節はどんどんと移ろってゆく。

心地よかった秋の涼しい風は、僕たちを震わせるし、

出しゃばりだった太陽もすぐに姿を隠してしまい、

緑色から赤や黄色になって揺れた葉は、今度は茶色になって地に落ちた。

そんな移り変わりを、僕たちは見逃さないようにキャンパスに写す。


冬っていう季節はどこか物寂しく、儚く感じる。

肌寒さもあるし、空気が澄んでるのも、彩りが少ないのも関係あるのかな。


隣にいる君を横目で見ると、どこか悲しそうに見える。


冬のフィルターのせいか。

いつかはそんな君を描いてみるのもいいかも。






年が明けて、1月になった。

今年の冬はどうやら暖冬らしい。

秋に比べれば寒くなったけど、
去年の冬に比べれば確かに寒くないかもしれないし、そんなに変わんないかもしれない。

去年の冬のことなんて、そんなに覚えてないな。




ひとつ確かなのは、この学校にいると、人より春の訪れを感じやすいこと。


何でかというと、この学校には梅がたくさんあるから。

梅の花は平均的に1月後半くらいから花開く。

モノトーンな冬に、彩りを与えてくれる。

今年は暖冬だから、いつもより早めに咲き始めたらしい。


梅の香りは嫌いじゃない、春が来るんだなって感じさせてくれるから。


春になると、クラス替えがあるけど...。


来年も一緒だといいな。



そんなことを考えながら、教室から窓の外を見ていると、


瑛紗:ねぇ〇〇くん。


肩を揺らされて、君の声が響く。


瑛紗:今日、遅くまで残ってさ、梅の絵描かない?


ちょっと自信なさげに君は言う。

だから僕は堂々と君の目を見て、微笑みながら答える


〇〇:名案だね!


って。







ちょっと他の場所より胸を躍らせる、一階の廊下を、2人で美術室に向かって歩く。


美術室で日が暮れるまでは、他の作品を手直ししたり、君とおしゃべりしてみたり。


あ、そういえば。


いつからか君の目を見れるようになったな。


大きな一歩だ。


君との関係性も、もっと前進したいな。







恥ずかしがり屋な太陽が西に沈むと、大きな満月が東の影から昇る。


綺麗な満月だな、と思うと同時に


だから今日にしたのか、


とひとりで瑛紗さんに感心する。



冬の夜の肌寒い風を感じ、満開に咲く梅の香りに鼻腔をくすぐられながら、

満月の光に照らされた満開の梅を、

2人だけの額縁越しに描く。


I love youを日本語に訳すなら、

「月が綺麗ですね」

になるって言ってた文豪がいたなぁとか思いながら。


でもまん丸な月も、満開な梅だって、君には勝てないな

なんて柄にもないことが頭に浮かぶ。



気持ちを打ち明けるなら、今日しかないのかな。


思い立ったが吉日。


これ、ちょっと前にも思った気がするけど。


今、勇気を振り絞って、声をかけてみなければ、


いつになっても進めない気がした。





「「ねぇ」」





僕と君の声が重なり、響く。


〇〇:さ、先、いいよ。

瑛紗:ううん。〇〇くんのを、先に聞きたい。





手が震える。


寒さのせいかな?





声が掠れる。


乾燥してるからかも。





〇〇:て、瑛紗さん。


君の瞳がこちらを見る。

ちょっと目を逸らしてしまいそうだけど。





〇〇:ぼ、僕、瑛紗さんのことが...。





瑛紗:や、やっぱり! 私から言いたい!



君が俯きながら叫ぶ。


こういうのって、男から言うもんじゃないのか?


本当に瑛紗さんから言わせて正解なのか?


とか思考を巡らしていると、君の口が開く







瑛紗:私... 引っ越しするの...。







時間が止まったように脳が動かなくなる。



何を言ってるのか理解できるはずだけど、

肌寒い空気の流れが、梅の香りが、月の光が、

五感に感じる全てが、本能が、それを拒絶する。




〇〇:...今... 引っ越しって...。





瑛紗:うん...。来週にはもう...。

瑛紗:ごめんね。今まで言えなくて。





来週っていつだろう?

すぐな訳がない。すぐでいいはずがない。





瑛紗:それに... 〇〇くんの言いたいこと、遮っちゃってごめん。


瑛紗:それを聞いたら... ずっとここにいちゃう気がして...。





大きな瞳から垂れた一筋の雫に、満月が反射して光る。





瑛紗:...だから... 〇〇くんとまた会えるまで... 言わないで?


瑛紗:わがままばっかりでごめんね。





その後どうなったかは、あんまり覚えていない。

その後の1週間、どう過ごしたかもあんまり。

ひとつ覚えてるのは、


まったく眠れなかったことくらい。






君の告白を聞いて、今日で丸1年たった。


連作はいまだに描き続けてる。

ちょっとは上達したかな。


そうそう、新入部員はたくさん入って来たよ。

去年の文化祭の彼岸花の絵を見て、興味を持ってくれた人が多いらしい。

僕たちの部活、廃部にならずに済んだよ。

それに僕は部長になったんだ。

先輩はみんな引退したから、今は後輩たちと一緒に、この部活を守ってる。



今年はどうやら寒冬みたい。

去年の冬よりも風が肌寒く感じる。


去年の今頃は満開だった梅も、まだ五分咲きくらいかな?

でも美術室は、梅の香りに包まれてる。

あんまり好きな香りではないけどね。


月はもうすぐ東から顔を出しそう。

あの日とは違って、少し欠けているけど。





ねぇ、こんなにも色々変わってしまったよ。





僕の気持ちだけが、去年のまま。





一緒に連作描く使命があるって、言ってたじゃん。







眠れない夜っていうのを、誰しも経験したことあるんじゃないだろうか。


肌寒い空気の流れ。


ほんのり香る梅の花の匂い。


カーテンを通過する月の光。


そんな夜は、五感に感じるすべてを、より意識してしまう。

そうすると、より眠れなくなる...。

それの繰り返し。


眠れない理由は、人それぞれだと思う。

今の僕が眠れないのは、たぶんこの季節のせい。

春が近づくと、君を思い出して眠れなくなるんだ。



君の告白を聞いて、今日で丸3年たった。


昨日の夜も、眠れなかった。


でも昨日眠れなかった理由は、この季節のせいじゃない。



「明日会える?」



っていう、君からの連絡のせい。


もう思い出の美術室には、勝手に入れないから、

約束の場所は、校門の前。



他の場所より君を感じさせる学校への道を、1人で走る。


最近ぜんぜん眠れなかったから、コンディションは最悪なはずだけど、


南風が背中を押すし。


満開の梅の香りが気分を高めるし。


満月の光もこっち見て笑ってる。


お人形みたいな君も笑って、こっちに手を振って、


僕の名前を呼んでるみたい。



コンディション、ぜんぜん悪くないかも。



だから、僕は君の大きな瞳をまっすぐ見て、


自信を持って言うんだ。







「僕、瑛紗さんのことがずっと好きでした!」



って。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?