大好きな君に早く会いたい
〇〇:12時半にはそっちに着くよ。
茉央:りょーかい! 暑くて途中で死なんようにな?
〇〇:茉央に会う前には死なないよ。暑いから家で待ってなね?
茉央:そうするわぁ。じゃあまた後でな?
〇〇:ああ、また後で。
長かった初夏の沈黙はやっと破られて、
君の声が聞こえなくなるくらい、蝉たちが真夏の序曲を奏でてる。
ビルの間から吹きつけてくる風は、不快な暑さと誰のかもわからん汗の香りも運んでくる。
太陽はやかましい笑顔でこっちを見つめてて、一面に広がる灰色の地面からの照り返りもうざったい。
〇〇:あっつ...。
無意識にそんな独り言が溢れる。
額に零れ落ちてくる汗を右手で拭いながら、大きな荷物を引きながら灰色の街を歩いてくと、
視界に入るのは、都会とはミスマッチな荘厳なレンガ造りの東京駅。
そんな駅の入り口を非日常的な気分でくぐって、冷房が効いて適温な駅の中で新幹線の改札を見てると、
君と久しぶりに会う実感が湧いてくる。
早く会いたいな、君に。
茉央:もう、行っちゃうんやな...。
暑くもなく寒くもない、そんな過ごしやすい春の日。
旅立つ人が溢れる新大阪の改札に、
大きな荷物を持った影と、そうでない影が1つずつ。
まだ眠そうな太陽が、ガラス越しにそんな2人を見つめてる。
君との出会いは小学3年生だった。
小3だから、幼馴染とまでは言えないけど...。
東京から大阪に転校してきた僕の、最初の隣の席の人。
それから早いようでもう10年も経ったけど、
クラスはいつも一緒で、席もいっつも近い。
それに...、
高2の夏にはカップルになった。
君の隣にずっといたくて、僕以外の誰かに君の隣にいて欲しくなかったんだ。
毎日2人で登校したし、
クリスマスにプレゼント交換もしたし、
バレンタインにチョコも貰ったし、
もちろんホワイトデーにはお返しもしたし、
最後の夏には2人で夏祭りにも行った。
そんな1年は人生で1番刹那的に感じた。
今年は受験だからもう君とデートには行けないけど、
受験が終わればずっと君といられるから。
だけど現実は残酷で。
関西の大学は全滅。
関東のは辛うじて何個か受かったけど。
浪人するのか。関西を出るのか。
浪人すれば茉央とは1年話せないのかな。
それにもっと長くならない保証はないし。
でも自分次第では、来年からは茉央と一緒に居られる。
関西を出たら...。
なかなか君を直接感じることはできなくなる。
でも遠くでも君を感じる手段はある。
東京に旅立つことを告げた時、君は案外冷静だった。
「〇〇やって頑張ったんやから、しゃあないなぁ。」
なんて優しく言ってくれるから、逆に辛くなったんだ。
君の思いやりの深さに触れてしまったから。
「なにしてんねん! どアホ!」
くらい言ってくれてたら、自分を責める感情だけで良かったかも。
〇〇:電話、毎日しようね。
茉央:する。絶対。
実際には離れていても、心は繋がってるし、声も聞くことができる。
だから心配いらない。
茉央:なぁ、ゴールデンウィークくらいには帰ってきてほしいなぁ...。
ポツリと、独り言みたいに君が寂しそうに喋る。
〇〇:遅くても...、お盆には帰ってくるよ。
茉央:お盆に帰って来なかったら、面打ちやからな...?
僕に近づいて、綺麗な指で僕を小突く。
香水なのかシャンプーなのかはわからないけど、ユリみたいな仄かな香りが肺を満たす。
〇〇:それは勘弁だなぁ...。
いつもみたいなふざけた会話もしばらくできないのかな。
〇〇:じゃあ... そろそろ行くね。
茉央:うん... 気ぃつけてな?
寂しそうな目をして君が言うから、
君の温かさを感じながら、
君を抱きしめる。
できるならずっとこうしてたかった。
でも門出の時間は迫ってくるから、
「またね。」
って君にお別れして、手を振った。
悲しそうに手を振った君を想いながら改札を抜けていく。
東京って文字が見えると、
もう君から離れるんだぞって事実を否応なく突き刺される。
右乗りのエスカレーターに乗ってホームに上がる。
新幹線の目的地は東京。
新幹線に乗り込んで、自分の座席を探して、大きな荷物を荷物棚に置く。
あっという間に景色は後ろに向けて流れ出して、
君との思い出に溢れた故郷は遠ざかっていく。
思い出にも、余韻にも浸りたいけれど。
すぐに五重塔も、金鯱も、まだ雪の残った富士山も、あっという間に流れてって、
もう僕は君から離れてしまった。
東京での暮らしは想像以上に大変で。
頼れる人は近くにいないし。
実家が裕福なわけではないから、生活費は自分で稼がなくちゃいけない。
何より、いつも隣にいた君がいない。
君との電話は長い長い1日の数少ない楽しみで、
まるで隣にいるみたいに君の声は聞けるけど...。
君の表情は見えないし、
君の香りは残らないし、
君の温かさも感じないし、
君に触れることもできない。
「寂しくない?」
って電話で聞くと、君は
「まだ全然耐えれるで!」
って答える。
君が隣にいたなら、それが空元気なのかどうかもわかるけど。
「ゴールデンウィークには帰れなそう。」
って言ったら、君は
「〇〇も忙しいもん。しゃあないよ。」
って答える。
君の声しか感じないから、
君の言葉を信じるしかない。
だけど君も寂しいってわかってる。
でも会えないってわかってるから、そんな気持ちを閉じ込めて、口先では嘘をつく。
お互い会いたいことを我慢してるから。
お互い会えないのに頑張っているから。
わかっているからこそ、行き場のない気持ちが溜まってく。
そうやってすれ違いそうになる。
君がいつも隣にいたから。
それが当たり前だったから。
だから知らなかったんだ。
声しか聞こえないってこんなに寂しくて、
声でしか話せないってこんなに難しいんだってこと。
東京駅の中は色んな人で溢れてる。
こんなに暑いのに分厚いスーツを着て、陰鬱な顔しながら歩いてる人もいれば、
まだ見ぬ旅路に思いを馳せる人。
慣れない東京に心を躍らせる人。
大事な取引に気を引き締める人。
故郷を懐かしむ人。
待ってる誰かに会いに行く人もいる。
みんなそれぞれの気持ちを持って、改札を抜けていく。
もちろん僕は久しぶりに会う君を想って。
駅弁を買って、
飲み物を買って、
君との思い出の街の名前が見えると、
もう君に会えるんだって、心が躍りだす。
左乗りのエスカレーターに乗ってホームに上がる。
左に立つのももう慣れたかな。
新幹線の目的地は新大阪。
だけど、僕にとっては通過点だ。
だって僕の目的地は君だから。
新幹線に乗り込んで、自分の座席を探して、大きな荷物を荷物棚に置く。
帰ったらどこにデートに行こうか、なんて考えていたら、
やっと景色は君に向かって進みだして、
見慣れた街は遠ざかる。
しばらくすると、雪がない富士山が景色に映って、時間が全然経ってなかったことに驚く。
君に会いたい気持ちが先走って、
時間が遅くなってるみたい。
金鯱が一瞬見えて、時間の進みの遅さにまた気が滅入る。
ようやく五重塔も過ぎ去って、
君との思い出に溢れた故郷が近づいてくる。
〇〇:ただいま。
東京に来た時より長く感じた旅路は終わって、新大阪のホームで伸びをする。
エスカレーターの右側に立って、周りの人の方言や、香ってくる食べ物の匂いを感じると、
やっと帰ってきたなって実感が湧く。
改札を出ると、もうそこには懐かしい日常。
そして...
僕が大好きな人の影。
暑いから家で待ってなって言ったのに。
そしたらどちらともなく走りだして、
泣きそうな君を思いっきり抱きしめた。
太陽も優しく微笑んで、2人を包んでる。
〇〇:ただいま... 茉央。
茉央:遅いねん...。帰ってくるの...。
ユリの香りと君の温かさも感じたから、
なんだか僕も泣きそうで。
やっぱり僕も君も、こんなに会いたかったんだ。
〇〇:暑いから家で待っててくれてよかったのに。
茉央:だって... はよ会いたいやん...。
ほっぺをちょっぴり赤に染めて、そっぽ向きながら君が答える。
そんな君を間近で見てるから、
〇〇:やっぱりかわいいなぁ... 茉央は...。
無意識にそんな独り言が溢れると、
茉央:むぅ... バカにしてるやろ?
って真っ赤な頬を膨らまして、綺麗な指で僕を小突いてくるから、
〇〇:素直な気持ちだよ?
って素直に答えるんだ。
〇〇:大好きだよ? 茉央。
僕が素直に笑いかけたら、
茉央:茉央も... 大好きやで?
君も笑って返してくれる。
ほら会いに行けば、
君の笑顔も、
懐かしいユリの香りも、
君の温かさも、
君が隣にいるありがたさも、
君の素直な気持ちも、
思いっきり抱きしめられる。
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