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Sugar Salt #3

遠藤さんを送り届けた翌日、いつも通りに出勤する。

今日は遠藤さんはシフトが入っていないので、来ない訳だが…最近話す事が多かったので何だか物寂しい。

「山下さん!今日も頑張りましょうね!」

そんな折に声を掛けてきたのは優大だった。

「お前はいつも元気だな」

「そうですかね?」

「あぁ、こっちまで元気貰えるよ」

「…俺が女だったら惚れてましたよ」

「お前キショいなぁ…」

「ちょ、酷いですよ!」

そんな会話をしながら仕事に取り組む。

この日はいつもより何故か忙しかったせいか、時間の流れがとてつもなく早く感じられた。

………

「ふぃー、ようやく落ち着きましたね」

「あぁ、もうすぐラストオーダーだしあと少し頑張ろう」

そんな会話を交わした直後、来店を知らせるベルが鳴る。

優大と顔を見合う。

お互い言葉にはしないが何となく考えていることは分かる。

やはりラストオーダー直前の来客は何処の飲食店でも嫌なものだ。

「俺が行くよ」

「お願いします」

ため息混じりに出迎える。

「いらっしゃいませ」

「あ、ど、どうも…」


そこに立っていたのは賀喜さんだった。

何故かオドオドしている。

「今日も来てくださったんですね」

「す、すいません私みたいな者が…迷惑でしたよね…?」

「いや、全然そんなことないですよ?」

知らない客だったら帰ってほしいところだが、知り合いともなれば話は別だ。

安心してもらえるよう精一杯の笑顔を作ると、賀喜さんはふにゃりと笑ってくれた。

「ラストオーダーまだ間に合いますか?」

「ギリギリセーフですよ。こちらにどうぞ」

賀喜さんを席に案内する。

「今、お冷持ってきますね」

「は、はい。ありがとうございますっ」

バックヤードに戻ると、何故かテンションの上がった優大が話し掛けてきた。

「ちょっと山下さん!賀喜遥香ちゃんと知り合いなんですか!?」

「え、何。優大知ってんの?」

「知ってるも何も!学園のマドンナですよ!俺の大学で知らない人はいないっす!!」

「そ、そんなに有名な子なの?」

まさかの情報に衝撃が走る。

そんな子と知り合っていたとは…

「最近彼氏と別れたらしくて、大学中の男があの子の事狙ってますよ!」

そりゃあ、あんだけ可愛い子がフリーになったら周りの男は黙ってないよなぁ。

「お前も狙ってんのか?」

「いや、タイプじゃないですね!」

「あっそう…」

何かこいつムカつくな…

早々に会話を切り上げて賀喜さんの元へお冷を持っていく。

「お待たせ致しました。ご注文はお決まりですか?」

「あ、はい!この蒸し鶏とキノコのサラダをお願いします!」

昨日頼んだ物と同じだ。
よっぽど気に入って貰えたんだろう。

「お気に召して頂けたようで何よりです」

「お、覚えてたんですか!?」

賀喜さんの顔が見る見るうちに赤らんでいく。

「そりゃあ、昨日の今日ですし…」

「は、恥ずかしい…」

そんなに恥ずかしいことか…?
女の子の考えてる事はよく分からないな…。

「すぐお持ちしますね」

何と声を掛けていいか分からなかったので、そう言って席から離れた。

そして数分後、出来上がったサラダを持っていく。

「お待たせ致しました、蒸し鶏とキノコのサラダでございます」

「ありがとうございます!」

「ごゆっくりどうぞ」

伝票を置いて戻ろうとすると、「あのっ…!」という声に思わず立ち止まる。

「ど、どうかされましたか?」

賀喜さんと目が合わない。
そして何故か挙動不審だ。

「一つだけお願いがありまして…」

「はい…」

賀喜さんは自らのスマートフォンを俺に突き出した。

これは、一体どういう…?

「あの、連絡先をっ、教えていただけませんか…!」

「…へ?」

「え、あ、聞こえませんでしたかっ?」

いや、ばっちり聞こえてましたよ。

ただ何故俺に聞くのかが理解出来ない。

「あの、どうして俺と…?」

「また山下さんに相談乗ってもらいたくて…」

「な、なるほど…」

「め、迷惑ですよね!ごめんなさい!やっぱり今のなしで!」

「あ、いや交換するのは全然構わないんですけど一応今仕事中なので…」

「待ちますっ!お店終わるまで待ちますから!」

物凄い情熱だ…
そこまで求められると流石に調子乗りたくなってしまうな…

「あ、いやID書いた紙くれれば後で追加しておきますから…」

「あ…頭良いですね…」

「でも相談相手僕でいいんですか?」

「山下さんがいいんです…」

恥じらいながらそう言う賀喜さんに、思わず“可愛い”と声に出してしまうところだった。

「と、とりあえず食べちゃってください。紙はお会計の時に渡してくれればいいので」

「あ、はい!わかりました!」

何故かこちらまで恥ずかしくなってきたので足早に席を離れた。

「ちょっと山下さん!何話してたんですか!」

優大が仕事そっちのけで話し掛けてくる。

しかし俺も、正直悪い気はしなかった。

「…連絡先聞かれた」

「えぇぇぇぇぇえ!!!?」

「ばか!声でけーよ!」

「だって!あの賀喜遥香ちゃんですよ!山下さんは知らないでしょうけど、とんでもない人気なんですから!何でですか!!」

「俺だって分かんねーよ!相談乗ってもらいたいって言われたんだよ!!」

「そんなん建前に決まってるじゃないですか!山下さんを狙ってるんですよ!!!」

「変なこと言うなアホ!ニヤけちゃうだろうが!」

「嬉しいんじゃないですか!!!」

「流石にないとは分かってても嬉しくなっちゃうだろこれは!!」

「君達、仕事しなさーい」

「あ、店長」

「すいません…」

………

「こ、これID書いた紙です…」

「確かに受け取りました…」

「絶対追加してくださいね!?」

「しますって」

「してくれなかったら、拗ねちゃいますからね…?」

「か、可愛っっっ」

危ねぇ、可愛いって言うところだった。

落ち着け俺。

「この後の締め作業終わったらすぐ追加して連絡しますから、ね?」

「約束ですよ?」

「約束です」

じーっと俺の目を見つめる賀喜さん。

「じゃあ…帰ります」

嘘はついてないと判断してもらえたらしい。

これは絶対に連絡しないとな…。

「ありがとうございました。また来てくださいね」

「絶対来ます!!」

眩しい笑顔を浮かべながら店を出ていく賀喜さん。

…マジで可愛いな。

そんなことを考えていたらあっという間に営業時間は終えていた。

………

「…さて」

締め作業を終えて、後は着替えて帰るだけとなった。

しかし、俺は着替える前に紙に書かれたIDの文字列をスマホに打ち込んでいく。

そしてIDを打ち終えて検索を掛けると

“遥香”

という名前が表示される。

アイコンは賀喜さんと見知らぬ女の子とのツーショットだった。

追加ボタンを押す事に妙な緊張感を覚えた。

賀喜さんの方から申し出てくれた事だし、何にも悪い事はしていないのだが、背徳感があるのは確かだった。

俺みたいな人間が賀喜さんのような見るからに純粋そうな子と関わりを持っていいのだろうか…。

やっぱり止めておいたほうがいいんじゃないか?

「あれ、山下さんまだ着替えてないんですか?」

着替えを終えた優大が突然話し掛けてくる。

「うぉっ!びっくりさせんなよ…あっ」

「ん?どうしました?」

「…いや、何でもない」

驚いた勢いで追加ボタンを押してしまった…。

優大のせいなのか、お陰と言うべきか…。

「帰らないんです?」

「あー、ちょっとやることあるから先帰ってていいぞ」

「そうですか…じゃあお先です!」

「うん、お疲れ様」

優大を見送って、俺は視線を再びスマホに戻す。

追加してしまった以上は何らかのメッセージを送った方がいいだろう。

“追加しました、山下です。

よろしくお願いします”

…まぁ、固い気もするけど無難にこんなもんだろう。

スマホをしまって更衣室で着替える。

まだ残ってる人達へ挨拶をしながら店を出ると、すぐにある人物が立っているのが目に入った。

「…遠藤さん?」

「えへ、お疲れ様ですぅ、山下さぁん」

「お、お疲れ様…」

…何だか様子がおかしい。

数メートル先からこちらに近付いてくる際の足取りが明らかにフラついている。

「あの、遠藤さん?体調悪い?」

そんなわけないと思いつつも一応気を遣った質問をしてみる。

「ふふ、ぜーんぜん大丈夫ですよぉ」

遠藤さんの歩みは止まらない。

そしてそのまま俺の胸にスッポリと収まった。

「わぷっ」

「え、遠藤さん!!?」

すぐに肩を掴んで引き剥がす。

しかし彼女は両手を広げて勢い良く抱きついてきた。

「ふへへ、意外と体ガッシリしてますね…?」

「ちょっ…!」

突然の密着に鼓動が加速したのが分かった。

しかし、それと同時にもう一つ分かった事がある。

「…酒臭い…」

「えへへ、山下さぁーん」

この子、完全に酔っぱらってる…。


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