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変な姉妹。中編

「あぢぃ…」

どうにかなってしまいそうな暑さと、けたたましいセミの鳴き声。

十八時を過ぎているのに、まだ外は明るい。

家まで残り僅かだというのに、どうにも歩みが重い。

小さなため息が無意識に漏れる。

汗にまみれた身体を少しでも涼ませようとワイシャツをパタパタとさせるが、大した効果はなかった。

これだから、夏は嫌いなんだ。肌も焼けるし。
春や秋の方が過ごしやすくて好きだ。四季と言わず、この二つで充分だ。

…あ、春といえば今年お花見してないな。

綺麗な桜見ておけば良かった。

桜…さくら?

あれ?そういえば今日あいつ家に来てるんだっけ…。

…家の目の前まで来たのに帰りたくなくなってしまった。

コンビニでも寄ってくるかな…

と、踵を返した瞬間…


「おかえりなさい!おにーちゃん!」

「うわぁぁぁ!?」

何と俺の背後にさくらが立っていたのだ。

え、何こいつ。隠密?

気配感じなかったよ?

「いつからそこに?」

「おにーちゃん、世の中には知らない方がいいこともあるんだよ」

「いや、これは絶対知るべき事だろ」

「おにーちゃんが会社を出た時からずっと後ろにいたよ?」

「はは、冗談キツいぞ~?」

「いや、本当に」

…マジなの?

だとしたら怖いよ?

「何で話し掛けないの?」

「おにーちゃんをナンパしようとする女の人達を蹴散らしてた!」

そう言ってさくらはボクシングのシャドーの動きを得意気に見せた。

「あぁ、だから今日は一回も声掛けられなかったのか…じゃない。そうじゃない」

「え?」

「そもそも、さくらが隣にいたら声掛けられなかったんじゃないか?」

「あー!そっか!!」

大声を上げるさくら。

あまりのバカさ加減に思わず笑ってしまった。

「ほら、もう暑いから家入ろう」

「うん!」

玄関の扉を開ける。

「ただいまー」

すると即座に大きな足音が聞こえてくる。

そして、それは段々と近付いてくる。

「おかえりダーリーン!!!!」


あ、ヤバい。

これヤバい。

この勢いは死ぬ。

俺は咄嗟に扉を閉めた。

すると間も無く、大きな衝突音と共に

“ぶへぇっ!”

という声が扉越しに聞こえてきた。

「私、時々麻衣さんが怖いよ…」

「大丈夫、俺もだから」

再び扉を開けるとしゃがみ込んで顔面を抑えた状態で悶える姉ちゃんの姿があった。

「姉ちゃん、大丈夫?」

流石にやり過ぎたかと思い、うずくまる背中に手を添えようとすると…

「隙あり!!!」

そのまま俺の土手っ腹にほぼタックルの勢いで抱きついてきた。

「ぶへぇっ!!」

「お、おにーちゃんに何をするんだ!この醜女ぇ!!」

そんな言葉どこで覚えたのさくらちゃん。

あまりのパワーワードにショックを受けたのか、姉ちゃんはすぐに俺から離れてさくらを睨み付けた。

「な、ななっ、あんた!今何つった!!!?」

「醜女って言ったんですよ!」

【醜女(しこめ)】とは

“醜く、凄まじい女”

「し、しこっ、しこしこっ!醜女ぇぇぇえ!!?」

「姉ちゃん、しこしこはちょっとアウトかも」

「私のどこが醜女なのよっ!むしろ対極の存在でしょうが!美の頂点!ほら!よく見なさいよぉ!!」

そう言ってさくらの顔面を両手で抑え込む。

「ぷぎゅっ!」

「リピートアフターミー!女神様!!」

「…し、醜女ぇ」

「ちーがーうーだーろー!!!」

…白石議員?

「ぷぎゅう」

ほら、もう力で抑え過ぎてさくらがそれしか言えなくなってる。

「はい、姉ちゃんストップ」

さくらは手足をバタつかせてるが、姉ちゃんの怪力には誰も敵わない…。

姉ちゃんの腕を掴んで取り押さえる。

「離して!こいつこそが醜女ってことを分からせてやるのよぉ!!」

「姉ちゃんは綺麗だよ。だから離してあげて?」

「うひゃっ、離すぅ」

時々このチョロさが心配になる…。

「さくら、冗談でもそういうことはもう言っちゃダメだよ?」

「あい、ごめんなさい…」

「全く、私が優しくて良かったわね!!」

めちゃくちゃキレてたくせに…。

「ところでさくら、今日はどうしたの?」

「あんたマジでそろそろこの家の入場料取るわよ」

「今日は相談があって来たんだよね!」

「サラッと無視しやがった…」

「まぁまぁ…相談って?」

「おにーちゃんに勉強を教えてほしいんだよね!」

勉強?

確かに苦手な方ではないけど…。

「何で俺?」

「おにーちゃん教えるの上手そうだし、二人きりになるチャンス増えるかなって!」

ここまではっきりと言われると最早悪い気はしないな…。

「だめー!そんな理由なら駄目!!」

まぁ、当然姉ちゃんはその反応だよな。

「どうしたものか…」

するとそこに、リビングから花柄のエプロンを身に付けた七瀬が出てきた。

うわ、めっちゃ可愛いじゃん。


「もー、うるさいですよお義姉さん」

「だってね!さくらが…」

「七瀬、そのエプロン似合ってるよ」

「ほんま?ありがと!」

「聞けよ!!!!」

ヤバい、姉ちゃんの顔が真っ赤だ。

「おにーちゃん、お願い!!」

「何の話?」

事情を知らない七瀬は首を傾げている。

「何かさくらが俺と七瀬を離婚させたいらしい」

「あ?」

七瀬の表情が鬼に切り替わる。

「い、言ってないよぉ!!!」

ヤバい、何か面白い。

「私は毎日七瀬に言ってるわよ」

言うなよ。何してんだよ。

「冗談。俺に勉強教えてほしいらしい」

「そんなん友達に教えてもらったらええやん」

さっきの冗談が尾を引いているのか、七瀬の表情は厳しい。

「私がバカすぎて賛辞を投げられたんだよねぇ」

「匙な」

勉強出来なくて褒められるわけないだろ。

「私、保健体育なら教えてやってもいいけど?」

「お義姉さん、ちょっと黙っててください」

「しゅん…」

「テスト近いの?」

「一週間後!ちな赤点取ったら留年!」

「は!!!?」

どんだけ成績悪いんだよ!

あとちな、じゃねーよアホ。

「ねぇ、七瀬。ちなって?」

「ちなみに、の略です」

「麻衣さん、若者言葉についていけてませんね〜」

「ぶっ飛ばすよ?」

拳、下げてください。

「はぁ…みっちり教えるから覚悟しろよ」

「え、てことは一週間泊まり!?勘弁してよ〜!でもしょうがないよね!一週間お世話になります!」

心変わりのスピードえげつなくない?

「素泊まり一泊一万円ね」

「飯ぐらい出してよぉ…」

「飯って言うな」

「はぁ…一週間か…」

七瀬が大きなため息をつく。

「七瀬…嫌なら言っていいんだぞ」

「嫌というか…〇〇とイチャつく時間なくなっちゃうなぁって」

「さくら、今すぐ帰ってもらっていいか?」

「そんな殺生な!!!」

「さくらがいなくても、そんな時間私が与えません!!」

ちょっと黙っててください。

「ふふ、冗談やって」

え、冗談なの?

それはそれで寂しいよ?

「やるからには頑張りや?」

「な、七瀬さぁん!!」

七瀬の胸元に飛び込んださくらはおいおいと泣き真似をしている。

「三文芝居腹立つわね…」

「七瀬さんの胸、無駄なものが一切なくて落ち着きます…」

「こいつ、ほんま…」

そんなこんなで、一週間さくらに勉強を教えることになったわけだが…。

「反対!祐希大反対!!」

「何で引き受けたわけ?」

僕は今、妹二人から猛反発を受けています…。

「まぁそんなこと言うなよ…さくらだって困ってるんだからさ」

「そう!私超困ってる!!」

「さくら、ちょっと黙っててほしいかも」

「あい!」

「今度のお休みは!?」

「まぁ、付きっきりで勉強かな」

「えー!祐希の未亡人ごっこに付き合ってくれないと?」

元々そんな遊びしてないから。

「…ばか」

飛鳥の悲しそうな顔に、思わず罪悪感が沸いてくる。

「ごめんなぁ、飛鳥」

「ふんっ」

目を見つめようとしても顔を背けられる。

こうなったら…。

「今度洋服買ってやるから」

「…ほんとっ?」

お?

「本当だよ。いっぱい買ってあげます」

「ふ、ふふ。バカアニキがそこまで言うなら付き合ってやる!」

「ありがと。笑」

「ねー!祐希も!!」

「あぁ、約束な」

「やったー!おにーちゃん大好き!!」

祐希が俺に飛び込んでくる。

頭を撫でていると何故か飛鳥に睨まれた。

「飛鳥もおいで」

「…ちょっとだけだぞ」

「何てチョロい奴らだ」

さくらさん、それは言っちゃダメ。

──────────

そして、灼熱の一週間が始まった。

早速俺は、さくらに現実を突きつける。

「さくら、今からじゃ時間が足りなすぎて良い点数は取れない!」

「な、なんだってー!!」

棒読み感がすごい!

「なので狙った範囲を完璧に覚えてギリギリ赤点を回避する作戦で行こう!」

「おぉー!作戦名は?」

「名付けてっ…『狙った範囲を完璧に覚えてギリギリ赤点を回避する作戦で行こう!』作戦!」

「わー!そのまんまだぁ!」

これ、大丈夫かな。

正直不安しかありません。。

──────────

「犬も歩けば棒に?」

「んー…わかんないよぉ!」

「あ?」

「あ…?」

「あと二文字!」

「あ…な…?」

「よし、問題変えよう」

「え?」

──────────

「因数分解だよ」

「因数?」

「分解」

「何で?」

「何が?」

「何で分解するの?」

「は?」

「自然のままじゃダメなの?」

「ダメなの」

「ダメだ。もう脳ミソが限界だ」

──────────

「水平リーベ僕の船」

「水平リーベ…よし覚えた」

「七曲がるシップスクラークか」

「ななまがり?」

「歯姫じゃねぇのよ」

「…よし覚えた!」

「歌ってごらん」

「ハモってね」

「何でだよ」

──────────

「1600年に起こった天下分け目の戦の名前は?」

「関ヶ原な戦い!」

「一文字違うだけでこんなコントみたいな名前になる?」

「次の問題いこ!」

「えー…1232年に───」

「御成敗式目」

「はやっ」

──────────

「じゃあ、『休暇』は」

「バケーション」

「ちがーう!!」

「ひぃっ!」

「Vの発音は上の歯を下唇に軽く当てるんだよ!!!」

「せ、先生!筆記テストに発音は関係ないんじゃ…」

「口答えするな!」

「はいぃぃぃ!!!」

──────────

「ふぅ…今日はこの辺にしておくか」

「終わったぁ~!」

最初はあまりのバカさ加減に俺まで匙を投げてしまいそうになったが粘り強く教えたら少しずつだが確実に覚えてくれた。

これなら何とか赤点は回避出来そうだ…。

「お疲れ様~。糖分補給しぃや?」

そこにクッキーやらチョコやらが入った器を持った七瀬がやって来た。

「わぁーい!」

お菓子に飛びつくさくらの姿が幼稚園児のようで思わず微笑んでしまう。

「赤点は避けられそう?」

「恐らく…」

「完璧です!」

その自信はどこから??

「明日は最終日だから、図書館に缶詰めな」

「クッキーうまっ!」

「聞けよコラ」

「七瀬さん、お紅茶を持ってきてくださるかしら?」

全く話を聞いていないのでほっぺを強めに引っ張る。

「聞けよエセ貴婦人」

「いひゃい!いひゃいよ!」

「優雅に紅茶飲んでる場合じゃないんだよ」

「はひ…」

そして迎えた最終日。

今日はこれまでやってきた範囲を確認して、うろ覚えの所を重点的にやるつもりだ。

車で図書館に向かう道中、あろうことかさくらはSwitchでマリオカートをやっていやがったので所々邪魔をしてビリにしておいた。

…めっちゃ怒られた。

「いつまで怒ってんの」

「おにーちゃんのせいでレートが下がったじゃんか!!」

「ごめんて。ほら、みたらし団子」

こんなこともあろうかとカバンに入れておいたみたらし団子をさくらに手渡す。

「んぐ、許しましゅ」

「食ったら中入るぞ」

「食べた!」

「早いな」

図書館に入り、空いてるテーブルを探す。

「あの辺空いてるな」

「おや?おやおや?」

さくらが目を細めて遠くを見つめている。

「どうした?」

「かっきー!」

「かっきー?」

そう言うとさくらは図書館だというのに見つめている方へと走り出してしまった。

「かっきー!」

「え、さく!?」


どうやらかっきーというのはさくらの知り合いらしい。

どうしよう、何か気まずい。

彼女が俺に気付いて深々と一礼をした。

礼儀正しい子のようだ。

礼を返すとさくらは俺の存在を思い返したように口を開く。

「あっ、こちらは友達のかっきー!」

「初めまして、賀喜遥香です」

あぁ、だからかっきーね。

「初めまして。さくらのいとこの…『婚約者ね!』いとこの〇〇です」

「ぶぅ…」

「さく、どうしてここに?」

「そりゃもちろん!勉強のためですよ!」

その言葉を聞いた賀喜さんが目を大きく見開く。

「さくが…勉強の為に図書館!?」

「普段どんだけ勉強してないんだよ」

「えへへ、それほどでも」

褒めてない。

「あの、〇〇さんはどうして…?」

「あぁ、さくらに勉強教えてるんだよ」

「そうだったんですね…私も教えていたんですけど、途中で諦めました…」

匙を投げたのは賀喜さんだったのか…。

「まぁ、気持ちはよく分かるよ…」

「かっきーもテスト勉強してるんでしょ?せっかくだし一緒に勉強しようよ!」

「うん、いいよ!」

二人が並びあって座ったので、俺はさくらの向かい側の席に座る。

「さくら、分かんない所あったら聞けよ」

「おけまる!」

「賀喜さんも俺で良かったら教えるからね」

「はい!ありがとうございます!」

───と言ったはいいものの、三十分経った今も二人からの質問はない。

俺は一体何をしに来たのだろう…と考えるがまぁ、勉強が順調なのはいいことだ、と自分に言い聞かせる。

しかし、あまりにも暇なので二人に飲み物でも買ってくることにしよう。

「俺ちょっと飲み物買ってくるよ。何がいい?」

「マンゴーパインアップルジュース!」

何処に売ってるんだよ、それ。

「そんなもんはない」

「じゃあ炭酸系で!」

「賀喜さんは?」

「えっと、ジュースで!」

「おっけい」

二人の要望を聞いて外に置いてあった自販機へと向かう。

しかし、図書館の入口が見えたところで賀喜さんが声を掛けてきた。

「あの、〇〇さん!」

「あれ?賀喜さん、どしたの」

わざわざ追い掛けて来てまで一体何の用だろうか。

「そのぉ…」

「ん?」

彼女は何故か俺と目を合わせず下の方を見ている。

それと、何だかもじもじしてる気がする。

「トイレなら向こうだよ?」

「ち、違いますよっ!」

顔を真っ赤にして怒る賀喜さん。
マズいな、今のはセクハラで訴えられかねない…。

「ごめんごめん。それで、どうしたの?」

「呼び方、のことなんですけど」

「呼び方?」

初対面のおっさんから下の名前で呼ばれるのは嫌かと思って名字で呼んでいたけど…何かまずかったか?

「その…遥香って呼んでもらってもいいですか?」

「名前で?」

「はい…名字より名前の方が呼ばれ慣れてるので…!」

「そうだったんだ。でもこんなおじさんに名前で呼ばれて嫌じゃない?」

笑いながらそう聞くと彼女はようやく顔を上げて俺の目を見ながら手をブンブンと振った。

「そんなわけないです!」

そう否定してからも手を振り続けている賀喜さん。

…腕取れそう。

「そっか、じゃあ遥香ちゃんって呼ばせてもらうね?」

「はい!それと…飲み物やっぱりブラックの缶コーヒーでもいいですか?」

「いいけど…遥香ちゃん、大人なんだね」

「いえ、そんな…」

そう言って彼女はあの深々としたお辞儀を見せた後、走って戻っていった。

何だか様子が変だった気もするが、まぁ気の所為だろう。

「えーと、炭酸とコーヒー…っと」

飲み物を持って二人の元へ戻る。

「あ!おにーちゃんおかえり!」

「お、おかえりなさい!」

「ん?」

一瞬遥香ちゃんの方を訝しげに見つめたさくらだったが、すぐにこちらへと向き直った。

「ただいま。はい、飲み物」

「えー、炭酸~?」

「お前が言ったんだろうが」

さくらの前にコーラを置いて、缶コーヒーを遥香ちゃんに渡す。

「はい、遥香ちゃん」

「ど、どうも…」

「あれ?かっきーってコーヒー苦手じゃなかったっけ?しかもブラック」

「え?そうなの?」

「さ、最近飲めるようになったんだよね〜!」

“ふぅん”と納得しかけたさくらだったがその表情はすぐに元に戻った。

「でもジュースって言ってたよね?何でコーヒー買ってきたの?おにーちゃん」

「あぁ、入口の所で遥香ちゃんがやっぱりブラックの缶コーヒーっがいいって言ったから」

ありのままを伝える。

しかしさくらの顔は晴れない。

「え?かっきーお手洗い行ったんでしょ?」

…やっぱりトイレだったの?

「う、うん!そうだよ!そのついでに伝えたの!」

「あぁ、そういうことね!納得納得!」

「ふぅ…」

あからさまに安心したような表情を浮かべてるけど…何か隠し事でもあったのかな。

「よーし、じゃあ勉強再開しよ!」

「分からないところある?」

今まで質問はなかったが、念のためにそう聞く。

「一つある!」

「おー、何だね遠藤君」

“何でかっきーの事名前で呼んでるの?”

場の空気が凍る。

俺は別にやましいことはないが、遥香ちゃんがどうにもバツの悪そうな顔をしているのだ。

遥香ちゃんが目で必死に何かを訴えてきている。

…ごめん、何を伝えたいのか全く分からない。

ここはひとまず誤魔化して様子を見た方がいいだろう。

「ずっと賀喜さんって呼ぶのも変かなって」

「で、ですよね!私も下の名前の方が呼ばれ慣れてるし!」

「うーん…私のおにーちゃんセンサーは嘘だって言ってるんだけどなぁ」

何そのセンサー。

「細かいことは気にするなって」

「…ま、そうだね!かっきーの様子がさっきから変なのは気になるけど見過ごしてあげるね!」

「ぎくっ」

どうしよう、遥香ちゃんが分かりやす過ぎる。

「ほら、遠藤も遥香ちゃんも勉強に集中する」

「はい!」

「ちょっと!何で名字!?」

「たまにはいいかなって」

「良くない!さくら!」

「独唱?」

「それは森山直太朗!!」

「図書館でうるさくすんなよ」

「おにーちゃんのせいでしょ!もー!お手洗い行ってくる!」

「行ってら〜」

さくらはコーラを一口飲んで、明らかに怒った様子でトイレの方へと歩いて行った。

「仲良いんですね…」

遥香ちゃんが小さく呟く。

「あー、あいつのお母さんに昔から世話になっててさ、子供の頃からずっと遊んでたら懐かれちゃったんだよなぁ」

「そうなんだ…さくら、いっつも〇〇さんの話してますよ」

「え、そうなの?」

それは初耳だ。

どんな話されてるんだろう…。

「まぁ、話の内容は大体〇〇さんがかっこいいってことばかりなんですけど」

「うわー…本当ごめんね。俺が賀喜さんなら聞き飽きてうんざりしてるよ」

「あはは…でも今日〇〇さんと会って確かにかっこいいなぁって思いました」

賀喜さんの視線がこちらへ向く。

その目は妙に熱を帯びているように見えた。

「賀喜さん…褒め上手って言われるでしょ」

「本音ですよっ」

「そ、そっかぁ…ありがとね。嬉しいよ」

…相手は女子高生だぞ。
女子高生相手に俺は何で動揺なんかしてるんだ…。
落ち着け俺…。

そんな俺の動揺を察したのか、賀喜さんが口を開く。

「あのっ、連絡先教えてもらえませんか?」

突拍子のないお願いに俺の心は更に動揺を見せた。

「え、いいけど…どうして?」

「勉強で分からないところあったら聞きたいなーって…ダメですか?」

上目遣いで見つめられる。

この瞳に見つめられながらお願いをされたら、何でも聞いてしまいそうだ。

それ程までに彼女の瞳からは力が感じられた。

「…分かった。遠慮なく聞いてね」

「はいっ!ありがとうございます!」

連絡先を交換したスマホを見て笑みを零す。

そんなに嬉しいのかな…。

「ただいまぁ〜」

そこにお手洗いに行っていたさくらが戻ってきた。

「おかえり〜」

「さくおかえり!」

「おにーちゃん、浮気してないでしょうね?」

「アホか。まず付き合ってないだろ」

「この時はまだ付き合ってないんだった」

「タイムリープ説匂わすな」

「あははっ、さくらって本当面白い」

賀喜さんが堪えきれなくなったのか笑いながら肩を揺らす。

意外とよく笑う子なんだな。

「私何か面白いこと言った?」

「遥香ちゃん、こいつは今の冗談とかじゃなく本気で言ってるからね」

「あはっ、もうほんと無理っ…」

お腹を抱えて笑う遥香ちゃん。

珍しいことなのかさくらは目を丸めてそれを見ている。

「ちょ、かっきー?笑いすぎだよ?」

「だって面白いんだもん…!」

こうして、図書館での勉強会は和やかな雰囲気で幕を閉じた。

───────────────

家の中を歩き回る。

こんなにも落ち着かないのは久しぶりだ。

それもそのはず、何故なら今日は全教科の結果が出る日だから。

この一週間、本気で取り組んだ。

出来ることは全てやった。

きっと、さくらは笑顔でこの家に飛び込んでくるはずだ…。

「〇〇…ソワソワしすぎちゃう?」

リビングを歩き回る姿が滑稽に映ったのか、七瀬が半笑いでそう言った。

「一個でも赤点取ったらさくらは留年なんだぞ…」

「確かに…」

自分がその結末に関わっている以上、多少ナイーブになるのは仕方の無いことだ。

「あぁ、もう。早く帰ってこいよなぁ」

待ち切れずにそう呟いた時、玄関のドアが開いた音がした。

さくらか?

リビングと玄関を隔てるドアを開ける。

そこにいたのは…

「たっだいまぁ〜!」

「…姉ちゃんかよ」

「ちょ、何で不満そうなの!?」

「さくらかと思ったんだよ」

「あぁ、さくらなら…」

姉ちゃんが振り向く。

するとそこにさくらが姿を現した。

「さくら!」

「た、ただいま」

そう言ったさくらの表情は何だか落ち込んでいるように見えるが…きっと気のせいだろう。

「結果はどうだったんだっ?」

その問いにさくらは返答しなかった。

代わりに俯くという、それだけの動作が答えを示していた。

「嘘だろ…?」

「ごめんなさい…一教科だけ点数が足りなくて…」

さくらの重苦しい表情が、冗談やドッキリでは無いことを嫌という程に突きつけてくる。

「そうか…すまん!俺の教え方が悪かったせいだ!」

「ち、違うよ!私が勉強サボったせいだよ!自業自得なの!」

「っ…俺今から学校に留年取り消してもらえないか頼み込んでくる!」

「えっ!?」

勢いのままに靴を履き、家を飛び出る。

「ちょ、おにーちゃん!?待って!待ってってば!」

「何だよ!」

「冗談だから!嘘!ドッキリ!てってれ〜だから!」
 
「───は?」

時が止まる。

…嘘?ドッキリ?

てことはつまり…さくらは留年しない?

さくらは気まずそうに視線を逸らしてチロリと舌を出している。

それを見た瞬間俺の中で、留年を免れた喜びよりも、騙された怒りがすぐにそれを飲み込んで爆発した。

「っ…この野郎ぉぉぉお!!!」

「うわー!おにーちゃんが怒った!」

「ちょっ、〇〇!落ち着いて!どーどーどー!」

姉ちゃんが俺を羽交い締めにする。

「姉ちゃん離せっ!こいつ必死に勉強教えた俺を騙しやがった!」

「くんくん…いい匂い…はっ、間違えた!えっと、気持ちはわかるけど!留年しなかったんだからいいじゃない!」

その言葉で俺の怒りが徐々に鎮火されていく。

確かに、最悪の事態は免れたのだから今はそれを喜んであげるべきだ…。

「はぁ、まったく…」

「ホントごめんって!おにーちゃんのおかげで何とか全教科赤点は免れました!大儀であった!褒めて遣わすぞい!」

「こいつぅぅぅぅぅ!!!!」

「〇〇!どーどーどー!くんくん…くはぁ、いい匂いっ…!」

「姉ちゃん!抑えるのか匂い嗅ぐのかどっちかにしろっ!!」

「えっ、じゃあ嗅ぎます」

「嗅ぐのかよ!」

───こうして、さくらは無事に留年を免れた。

そして、その日の夜…

スマートフォンに着信があった。

何と、送り主は遥香ちゃんからだった。
勉強で分からないところがあったら聞きたいという理由で交換をしたが、結局メッセージは来なかった為、今メッセージが届いことに驚いた。

すぐにメッセージを確認する。

“夜遅くにすみません!
さくのテストの結果聞きましたか!?”

“うん、聞いたよ”

“全教科赤点回避なんて初めてですよ!
普段のさくの点数を知ってる私からしたらこれとんでもないことですよ!〇〇さん本当にすごいです!!”

こんな時でもちゃんと俺を立てる辺り、遥香ちゃんは本当によく出来た子なんだな。

“そんなことないよ笑
さくらが頑張ったからだよ。遥香ちゃんはどうだったの?”

“私は全教科90点越えでした!”

「すごっ!」

思わず声に出てしまった。
遥香ちゃんってそんなに頭良かったのか…そりゃあ、わざわざ俺に聞くことなんて無いわけだ。

“すごいじゃん!めっちゃ頭良いんだね!”

“今回は頑張りましたから!
あ、何かご褒美くれてもいいんですよ?笑”

“え、急に調子乗るじゃん笑”

“すいません笑
でも頑張ったから何か欲しいなーって笑”

“確かに頑張ってたもんね。
よし、何がいい?”

“いいんですか!?”

“うん、いいよ”

そこから数分程、返信が来なかった。

もしかするとさっきのは冗談で、ご褒美も何も考えてなかったのかもしれない。

“あの、嫌だったら全然いいんですけど…
もし良ければ…二人で何処かにお出掛けしませんか?”

「…へっ?」

具体的な物を要求されると考えていたので、思わず間抜けな声が漏れてしまった。

要するにデートだもんな。そんなんでいいのか。

“それくらいご褒美じゃなくてもいつでも付き合うよ”

“本当ですか!?やった!
じゃあまた今度連絡させてもらいますね!
それじゃあ今日は寝ます!おやすみなさい!”

“おやすみ〜”

「ふぅ」

…あれ?待てよ?

遥香ちゃんは高校生だよな。

身内でもなんでもない女子高校生の遥香ちゃんと、既婚者の俺が二人で出かける…?

パ〇活じゃね!!?

これまずくない!?
犯罪じゃね!?
ていうか七瀬には何て言うの!?

今からでも取り消した方がいいのか…?

…つづくかも。

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