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Sugar Salt #4

「遠藤さん?お酒飲んだの?」

抱きつかれたまま問いかける。



すると彼女は顔だけこちらに向けた。

「すこぉーしだけ飲みましたっ」

身長差のせいで自然と上目遣いになる。
あまりにも可愛過ぎる。

…じゃない。今はそこじゃない。

「どうしてお店に来たの?」

「へ、へへっ、それ聞いちゃいますか?」

「う、うん。何なら一番気になるんだけど…」

「この時間に来たらぁ、山下さんに会えるかなぁ〜って思って!そしたら会えました!ばんざぁい!」

この子酔っ払うとこういう感じになるんだな…意外と厄介だ…。

「俺に何か用事でもあった?」

「会いたかっただけです!」

「え?」

これは、一体どういう意味なんでしょうか…。

① 昨日言っていた遠藤さんの好きな人は俺である

② 酔っ払っているせいで、自分でも訳の分からない行動に出てしまっている

…完全に後者だな。

遠藤さんが24歳フリーターの俺に対して恋愛感情を抱いてる訳が無い。

もっといい男が周りに腐る程いるんだから。

抱きついてきてるのも思わせぶりな言葉も全部酔っ払っているからに違いない。

俺は僅かな期待を振り払って、遠藤さんを引き剥がした。

「あ〜…剥がされちゃいました…」

何故かしょんぼりしている遠藤さん。
思わず抱きしめてしまいそうになったがグッとこらえた。

「流石にその状態で一人で返す訳にはいかないから送るよ」

「えへへ、山下さんやさしーです」

「ほら、行こう」

「でもね、さくもう歩けません…」

「一人称さくだったんだ…」

じゃない、今はそこじゃないよな。

「疲れちゃったの?」

「はい…山下さんに会えたら何か安心して疲れがどっと来ちゃいました…」

「そっか…」

どうしよう…タクシー呼ぶか?

でも遠藤さんの家ここから近いしな…

おんぶしてもいいけど…流石に嫌がるだろうし…

「なのでおんぶしてくださいっ!」

向こうからそれを言ってくるとは…

「俺はいいけど遠藤さんはいいの?」

「うーん、私はいいんですけどYAZAWAが何て言うかな…」

マジかよ、この子ボケも出来るのかよ。

「大丈夫、YAZAWAさんも許してくれるよ」

「なら安心ですね!」

そう言うと遠藤さんは俺の背中側に回ってそのまま飛び乗ってきた。

突然の事に驚いたが、あまりにも軽かったので大して姿勢が崩れることは無かった。

「えへへ、おんぶなんて子供の頃お父さんにされた以来です」

お父さん、きっと泣くな。
こんな男に大事な娘背負われてるんだから。

「じゃあ進むね」

「れっつごー!」

………

「うぷっ」

「遠藤さん!?もう部屋の前だから!耐えて!」

「無理かもです…」

「ちょ、鍵は!?鍵どこ!」

「確かカバンの中に…あれぇ?見つかりませぇん」

「嘘だろ…」

カバンの中をまさぐる。

「いやん、山下さん大胆…」

「鍵探してるだけだから…」

するとすぐに鍵が見つかったので部屋の鍵を開ける。

ワンルームの部屋だったのですぐにベッドが見えた。

俺は背負った遠藤さんをなるべく揺らさないように、そこまで運んで寝かせた。

「うぅ」

「飲み過ぎだよ」

「すいましぇん」

「普段から今日ぐらい飲むの?」

「今日久々に飲みましたぁ…」

「気を付けないとダメだよ?」

「山下さんのせいでしゅ…」

「え?俺のせい?」

何でここで俺のせいになるんだ?

「あの女の子とはどんな関係なんですかぁ!!」

突如遠藤さんが声を荒げたので驚いた。

突然の事に、ただただ目を見開く事しか出来なかった。

「あの女の子って誰の事?」

「昨日来てた山下さんのお友達です!!」

お友達?

お友達…お友達…

「賀喜さんのこと?」

「そう!かっきー!」

「知り合いじゃないんだよね?」

「今名付けました!」

「そ、そっか」

かっきー…意外としっくりくるな。

遠藤さんは意外とネーミングセンスあるかもしれない。

「さくビックリしたんですから!山下さん女っ気無かったから!!」

「い、言い過ぎでは…?」

確かにないけど…。

「どんな関係性か白状するまで帰れまてんっ!!」

「それは昨日も言ったでしょ?顔見知りなんだ」

「どこで知り合ったんですかぁ!!」

遠藤さんはベッドをバンバンと叩いている。

「公園で声掛けたんだ」

「な、ナンパじゃないですかぁぁあ!」

「ちょ、声大きいよ。あとナンパじゃないから…」

俺は賀喜さんとの事を説明した。

彼氏が仲の良い友達と浮気していた事を知って、公園で一人泣いていた事。

それを見かねた俺が声を掛けて話を聞いた事。

たまたま店で再会し、別れることを決心した事。

「とまぁ、こんな感じかなぁ」

賀喜さんと連絡先を交換した事は言わなかった。

今の遠藤さんにそれを伝えたら何となく面倒な事になりそうな気がする…。

「なんて最低な彼氏だ…」

「ほんとだよね」

「男の人って浮気する生き物なんですか…?」





その問いに、一気に心臓が加速する。

少しづつ、視界がぼんやりとしていくのが分かった。

心臓の鼓動だけが頭の中に響いていく。

ある光景がフラッシュバックする。

何度思い返しても、慣れることの無い光景が。

「…さん。山下さん!」

霧が晴れていく。

気が付けば遠藤さんの顔が目の前に迫っていた。

「え、あ、何?」

「だーかーらー、何で男の人は浮気するんですか?」

ムスッとした表情の遠藤さん。

不思議なことに少しずつ心が凪いでいく。

濁った水の中に落とされたたった一滴の雫でその全てが透き通ってしまうような、上手く言えないけれど、そんな感じだった。

「うーん…確かに男の方が浮気するイメージあるけど、浮気したことない俺に言われてもなぁ」

「確かに山下さんは好きな人には一途って感じがしますね!10ポイントあげます!」

「そのポイントが何に使えるか分からないけど…ありがとう」

「すみましぇん、さくお手洗いに…」

「あぁ、うん。行っておいで」

「…覗かないでくださいね?」

「それお風呂の時にやるボケだから…」

欲しいツッコミが貰えたのか、“うひひ”と笑いながらトイレへと入っていった。

「ふぅ…」

遠藤さんが戻ってきたら帰るか…

「今何時だろ」

スマホを付けて時刻を確認すると、丁度日付が変わったところだった。

そのまま適当にスマホを弄っていると、突如着信音が鳴り響いた。

画面には

“遥香”

と表示されていた。


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