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格闘技の魅力について語りたい

先日、『怪物に出会った日 井上尚弥と闘うということ』というスポーツノンフィクション書籍が出版された(読んでない)
日本ボクシング界最高傑作と称されるモンスター(怪物)こと井上尚弥チャンピオンに敗れた選手たちにスポットライトをあてて、リング内外を綿密に取材したそうだ。
彼らは恐ろしく強い怪物と闘うことをなぜ決意したのか、リング上で対峙して何を感じたのか、怪物の前に散った夜にどう想ったのか。
それを描いているんだと思う(読んではいない)

敗者に焦点をあてたノンフィクション。敗れた男の人間ドラマ。それこそが格闘技の魅力であり、醍醐味だなと僕は思う。
どんなスポーツであれ、あるいはどんな業種であれ、頂点に立つ人間はとんでもなく凄い。それは言うまでもないだろう。
井上尚弥はもちろん凄い。大谷翔平も、羽生結弦も、藤井聡太もみんな凄い。どちらが凄いとか、そんなことは誰も比べられないだろう。
勝者は凄い。ただ格闘技に関しては、凄い人間と向き合った敗者もまた、本当にカッコいいのだと僕は言いたい。

たとえば大谷翔平と野球で対戦できるとなれば、ファンなら誰しも喜んで対戦するだろう。バッターボックスに立って大谷翔平の投げる豪速球を間近で体感できるなんて、ファンならずとも僕だって叶うなら経験してみたいほどだ。
藤井聡太と将棋で対局したらあっという間に王を詰まれるだろうが、盤を挟んだ対局者として彼の凄さを体感できるのなら是非とも一局お願いしたいところだ。
しかし格闘技の場合は気軽に体験することはできない。井上尚弥のプロ戦績は現在25戦25勝22KOだ。つまり、彼と今までリングで相対した全てのボクサーはボッコボコにされ、うち9割は意識を飛ばされるか悶絶するかして立ち上がれなくなるダメージを負ったということだ。一流のプロボクサーでもこの結果なのだから、甚大な力量差があれば命に関わるダメージを受けてしまうだろう。格闘技は、ファンが遊びでスーパースターの本気を受けてみたいだなんて言えない世界なのだ。

だからこそ、想像してみてほしい。
怪物と呼ばれる選手と闘うことを決めた人間の勇気と覚悟を。
恐怖に呑み込まれそうになる瞬間を必死に振り払って練習に明け暮れる努力の日々を。
いつも応援してくれる家族や仲間が浮かべる不安な表情に自信が揺らぐ切なさを。
心配する身内に向けて根拠のない「大丈夫だから」を試合まで何度も口にする健気さを。
死が頭をよぎり眠れなくなる夜の心細さを。
それでも怪物と同じリングに上がる、怪物ではない人間の気高さをどうか称賛してほしい。

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僕が小学6年の頃、コロシアム2000という格闘技興行があった。
メインイベントはヒクソン・グレイシーvs船木誠勝。黒船と呼ばれたグレイシー一族。その一族最強と呼ばれるヒクソンに、日本最後の砦としてパンクラスのエース船木が挑んだ一戦だ。
400戦無敗の男(誇張だろうけど)ヒクソンの不敗神話に終止符を打つべく数々の日本人ファイターが挑んでは散ってゆき、そして最後の希望は船木に託された。
その重圧たるや凄まじいものだっただろう。
和装に日本刀を帯刀した出立ちで入場してきた船木は、端正な顔立ちもあってまさしく侍の様相だった。鬼気迫るとも闘志満々とも当てはまらない静謐を湛えた表情は、子どもながらになんてカッコいいんだと惚れ惚れするほどだった。
対するヒクソンも悟りの境地にあるかのような荘厳な佇まいで、武士の果たし合いを思わせる異様な緊張感があった。
結果、船木もヒクソンの牙城を崩すことはできず、最後はチョークスリーパーを決められてタップすることなく目を開けたまま失神した。
ちなみに当時の実況が「船木落ちていない!落ちていない!」と叫んでいてうるさかったし、完全に落ちてんじゃねーかって子ども心にも思っていた(笑)
試合後に潔く礼を述べて引退宣言した姿も含めて、怪物の前に散った敗者の船木誠勝は、とにかくカッコよかった。
……これ、一切確認せずに当時の記憶で書いてるからね。絶対間違ってない自信がある。それくらい小6の僕にとって印象的だったのだ。

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さて、今日はキックボクシング団体RISEの中に新設されたOFG(オープンフィンガーグローブ)のキックボクシング大会Fight Clubの旗揚げ興行があった。
メインイベントはYA-MANvs朝倉未来。
結果はネタバレになるけど、不利を予想されていたYA-MANが1ラウンドKO勝利で持ち前の勝負強さと本職の意地を見せつけた格好だ。
これは格闘技だ。勝者がいれば敗者もいる。敗れた朝倉未来は直後にSNSで引退を示唆する投稿をしたが、進退はどうなるのだろうか。
ただ、YouTuberとして大成功を収めて一躍日本格闘技界一の億万長者になったにも関わらず、自分の土俵ではない不慣れなルールの試合に出てこのルールの第一人者であるYA-MANに真剣勝負を挑んだ朝倉未来の覚悟には敬意を表したい。これで2戦連続良いところなく敗れたとはいえ、強豪相手に真剣勝負を挑むことの凄さは格闘技をあまり知らない人もわかってほしい。
朝倉未来選手、お疲れ様でした。

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勝者だけでなく敗者もまた美しいのが格闘技だ。
敗れてもなお立ち上がる人間の気高さが、一人でも多くの人に伝わってほしい。怪物ではない人間が闘うことを選択する怖さは僕だって知ってるつもりだ。ハタチでプロになってから35歳になる今まで通算15年プロで闘い続けた僕は敗れた試合の方が多い。
恥ずかしながら順調に勝ち進んだ時期なんて一度もないのに、それでも闘い続けてきたんだからある意味才能に恵まれた人間がやる格闘技よりもよっぽど大変だし覚悟がいるよね。

……これで皆さんもわかったと思う。
結論、俺が一番カッコいい!!(笑)

ps.本、いつか買います。

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