怨親調和していくリトリート
これは2023年6月7日から8日にかけて北鎌倉にある臨済宗大本山円覚寺にて開催された「調和と対話のリトリート」のレポートです。
この文章は藤代健介の他に共同ホストである木村素子さん・吉岡洞然さんと共に書き上げました。
気がつけば僕にとっての対話のリトリートシリーズも五回目となる。前回の白光真宏会の本部である富士聖地での開催から約一ヶ月という短い期間での開催となった。
参加メンバーは富士聖地から続いて5名、新たに5名が参加して計10名の参加となった。ホストは富士聖地から続いて僕と木村素子さん、円覚寺塔頭傳宗庵の副住職を務める吉岡洞然さんで、この場で皆さんを迎えた。
後述するカズさんの来日に合わせて急遽開催が決まったのが、24時間という限られた時間であってもリトリートとしての質感は十分に深く響き合うものだったと感じる。
まず最初に、円覚寺の境内を吉岡洞然さんに案内していただいた。
山門を見上げながら階段を登ると、正面には仏殿がそびえ立つ。円覚寺は、華厳経の教主である毘盧遮那仏を本尊とし、華厳の教えに基づいて創建された。円覚寺の仏殿は別名、大光明宝殿という。大光明とは、華厳の世界観を表す。それぞれの存在がそれぞれの光を放ちながら、その光が一つに溶け合って、全体が一つの大光明の中にあるとされる世界観である。 本尊に皆で合掌をした後、普段は非公開の国宝舎利殿、明治以降の歴代老師の塔所を御参りさせていただいた。舎利殿の隣には坐禅堂があり、現在も雲水が日夜修行に励んでいるという。坐禅の修行において、朝晩の明暗のグラデーションの中で坐り、諸行無常を否応なしに体感することを大事にされているという話は印象的だった。
これまでこの地で育まれてきた空気感に、丁寧に馴染ませてもらった後に、円覚寺の塔頭傳宗庵に場所を移して、調和をテーマにした対話の場へと進んでいった。
多様な背景の参加者の物語がクロスする
今回も多様な人々がこの24時間のために国内・国外から集まっていただいた。魅力的な方々なので簡単に紹介させていただこう。
キング牧師の非暴力・紛争和解の手法をベースにアクテイビズムとスピリチュアリティの交差するところで活動を展開する日系アメリカ人のKazu Hagaさん、曹洞宗永平寺の修行を経た後に糸島とベルリンで寺に所属することなく僧侶活動を続ける星覚さん、農村伝道神学校で牧師になる学びをしてキリスト教・禅・レイキ・ボディワークなどスピリチュアリティとヒーリングの交差するところで実践と探求をする上杉理絵さん、ジェノサイド研究を専門とする国際政治学研究と隠岐の海士町で教育事業の経験を統合し次の展開に向かう澤正輝さん、アメリカでリベラルアーツを学んだ後にヒマラヤでヒンズー密教を修めた青木光太郎さん、白光真宏会次期会長でこのリトリートから直接アウシュヴィッツへ平和の祈りへ向かった西園寺由佳さん、実家のお寺の後継ぎであり現在は円覚寺で勤めながら将来的には海外での布教活動を視野に入れている羽賀浩大さん、円覚寺の横田南嶺管長を補佐しながら次代の僧侶育成の任に当たる吉岡洞然さん、日本文化の真髄を国外に伝えながら非暴力コミュニケーションとハートの叡智を活かして多文化共生に取り組む木村素子さん、最近あらたなアイデンティティ発芽期間に入っている僕という顔ぶれだ。
Kazuさんの台湾人のパートナーであり占星術士・ファシリテーターでもあるLiZhen Wangさんは今回はご家庭の事情で急遽参加できなくなってしまった。また、ゲストとして一つの対話の場に参加いただいた円覚寺派管長の横田南嶺老師にも、夕方の対話の時間に輪に加わっていただいた。
このリトリートは、前回から完全招待制となっており、テーマに沿ってバイブスが共鳴しそうな人に一人づつお声がけをするようになった。半分が過去の参加者、半分が新規の参加者とすることで、メンバーシップクラブのような壁を設けずとも自ずとコミュニティになることを意図し始めた回でもあり、それが機能するのを感じている。
また、今回の新たなチャレンジはKazuさんの参加に合わせて、バイリンガルで開催したことだ。素子さんの通訳を中心に、由佳さん、光太郎さんのサポートも得ながら、繊細な対話を自然な流れを損なうことなくでできたことに感謝している。
善も悪も溶け合えば平等
今回のテーマは「調和」。その背景には円覚寺の建立された背景と関係がある。
円覚寺は鎌倉時代後半の1282年に北条時宗公が南宋より招聘した無学祖元禅師により開山され、国家の鎮護や禅を弘めたいという願い、そして蒙古襲来による殉死者を「怨親平等の精神」で(敵味方の区別なく平等に)弔うために建立された。そこに今回のテーマである「調和」の所以を感じたのだ。
対話が始まると、調和というテーマに符合するようなエピソードをKazuさんがシェアしてくれた。キング牧師の提唱する非暴力をベースとしたアクティビストとして、刑務所における和解と癒しの活動を行う中でのエピソードだ。
アメリカのとある郊外で、ある男性が、少年時代、野球仲間だった友人を殺害した罪で収監されたことから物語は始まった。
Kazuさんは、犯罪加害者と被害者の対話と和解を調停する活動をしているが、事件から20年経った後に被害者の母親からの申し出を受けて加害者との対話に備えるために、半年ほど両者と深く共感的に対話をし続けた。
そして母親が少年の刑務所を訪れる日がやってきた。両者は極度の緊張状態にあったが、加害者の男性は被害者の母親の顔を廊下の遠くで見た瞬間に膝から崩れ落ちて泣き続けた。母親はその少年をそっと抱きしめ(その時をまるで永遠のように感じたらしい)、それから8時間も話し続けたそうだ。
被害者の母親は「昨日、あなたの夢を見て、息子を殺めたこの手との関係性を変えなければならないと思ったの」と言って加害者の男性の手を包むように握った。そしてこの対話を通して、被害者の母親は30年前に加害者の少年が抱えていた寂しさに気づいていたことを打ち明けた。自分の息子を野球の練習に車で送り迎えする中で、いつも一人ぼっちで歩いていた加害者の少年の存在に気付き心を寄せていたのだ。自分の姿は誰にも見えていないと思う少年の孤独を被害者の母親が見ていた、というその事実に加害者の男性の深く傷ついた心は30年の時を経て癒されたのだった。
確かに現実としては殺害した人と殺害された人という社会的な善悪はあるかもしれないが、二人が話し続ける姿を見て本質的には善悪などは簡単に割り切れるものではない、とKazuさんは語る。
「最初から暴力加害者である人は一人もいない」というのがこれまで何人も刑務所で話を聞いてきたKazuさんの確信だそうだ。
憎しみは憎しみを呼びチェーンとしてつながっていく。しかし、スローダウンして、ゆっくり話を聞けば、どんな人も、必ず先に痛みを経験していることに気付く。だからこそ目の前のあなたから癒されていかなければならないという話には納得感があった。
表層的なDoingを超えて深層的なBeingでつながること、そこに怨親平等の精神があるのかもしれないと感じた。
これは華厳の世界観でもあると洞然さんは言う。怨親平等とは、寛容な心で赦しましょうということではなく、自ずとそうならざるを得ないダイナミズムの中で感得されるものなのである。
私が呼吸している空気はあなたにも流れている。つまり私の一部はあなたの一部でもあり、範囲を広げれば庭の木々や鳥たちも同じ空気を共有している。
私たちは前提として一つであるのだ。
他者の立場に立って状況を見直してみる「視点取得」に留まらず、根本的なワンネスの視点に立つことで可能となる癒しがある。
理絵さんや素子さん、そして僕がプラクティショナーであるクラニオセイクラル・バイオダイナミクスにこれらと面白いつながりが感じられる。この施術では、骨・筋肉・膜などの組織、脳脊髄液・血液・体液などの液、磁場・量子場などのフィールド、に意識をスイッチしながら向けることができるようになるプラクティスを重ねていく。それぞれが波動的な動きをしているが、順を追うほど四倍づつゆっくりと繊細に深くなっていく。観察者がいることでクライアントの身体は自ずと癒やされていく。摩訶不思議のようであるが、まだ明かされていない科学がそこにあるような気がしてならない。
僕たちの存在もまたどこに意識を置くかによって表層的に生きるのか、深層的に生きるのかを選択できるのかもしれない。それは本質的には仏教でいう空の世界に近づくことと同義かもしれない。
この二つの話から「違いを超えて一つに溶けていく」ということへのヒントを感じることができる対話であった。
日本が背負うコレクティブトラウマ
次に、円覚寺における調和というテーマへの投げかけを洞然さんがしてくれた。
円覚寺では僧侶のあるべき姿として「全てを敬い平等に扱う」といった旨の覚書を定期的に確認し、反省することを続けてきたという。しかし、現実にはともすれば暴力的にも見える治外法権のようなあり方が残存していた。
ある日、雲水の一人が、横田老師に覚書と現実の乖離を訴えたことがあった。すると老師は言下に「そんなものはただの紙切れだ」と仰った。
覚書を定めれば、現実が変わるのではない。言うは易く行うは難しである。
このエピソードに呼応してコレクティブトラウマというキーワードがKazuさんから提示された。個人のあらゆる行動の問題が心理的なトラウマに起因するように、組織や国家レベルでも同じようなことが起きていることを確信しているようだ。
横田老師は、戦後あらゆる組織において軍隊の負の遺産が継承され、様々な問題を引き起こしてきたとご指摘された。
宗教組織は伝統を重んじるが故に、前例踏襲主義が蔓延り、治外法権の様に放置されて諸問題があった。横田老師は常々、釈尊の教えにたちかえりこれは違うと十数年かけて改革をおこなってきた。
人間は自分が受けてきた苦しみの経験に意味を見出し、正当化したくなる傾向があり、それに気付いたら一つずつ外していかないといけないと学んだそうだ。昨今のハラスメントに対する意識が高まり、世の中の潮流が改革の追い風になったという。
輪になって起こるコレクティブヒーリング
リトリートも終盤になってコレクティブトラウマというキーワードから連想されてこの場はコレクティブヒーリングなのではないかと澤さんが言った。
二日目の朝には数名の雲水も交えて対話会を行なった。その時にみんな口を揃えて、安心した場所で自分の気持ちを吐露できる対話の重要性を感じたと伝えてくれた。
日本は伝統的に男性が人前で嘆きを素直に表現することを避ける文化があるが、Kazuさんの在り方をみて、心で感情を味わうこと、嘆きを表現することの重要性に皆が気付き、場に響いた。その結果、ある男性参加者が夜に今まで秘めてきた話をシェアしたことで彼自身も癒やされ、その話を受けて他の男性にもそれが伝播していった。
円覚寺での雲水の生活を見て、農村伝道学校の日々を理絵さんは思い出したと言った。深い部分で宗教施設が出している空気感は同じなのだろう。その上でその場を客観視できるような視座からみることは癒しにつながるのかもしれない。
禅も武士道も本質的には反骨精神であり、絶対否定である。痩せ我慢の美学、生き方がそこにはあるのだろうと思う。一方で、心を抑圧させない絶対肯定の場も大事なのではないかとリトリートの時間を通して皆感じたのではないだろうか。
今回のメイン会場である傳宗庵は、円覚寺の離れの様な存在であり、修行僧を育成する僧堂と、在家向け道場である居士林とは別に、円覚寺らしいリトリートセンターになっていったらと願ってやまない。
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